四章 サイゴの果てのキボウ3
《秩序》は混乱していた。
ありえないはずだった自然災害に混乱し、様々なものが伝令を飛ばして《秩序》の長である《道化》の判断を仰ごうとしていた。
彼はその一つ一つに冷静に対処していた。いつも通りのにやにや顔で、その傍らには魔女が経っていた。
「どういうことだ、《道化》?」
彼女は自信に驚いて立ち上がったものも、あまりにも平静を保っている《道化》の姿にそのまま立ち尽くしていた。
鋭い眼光で、彼を睨む。
「この、異常事態は……」
「《預言者》に、儂はこの島の操行をゆだねている」
簡潔に返された言葉に、魔女は更に眉根を寄せる。
「それはつまり」
「《預言者》がやったのじゃよ」
そのあっさりとした解答に、魔女は歯を食いしばる。目にも留まらぬ速さで刀を生成し、玖首元に押し付ける。
「何を、隠している」
低い声にも、喉元に当てられた刃にも、《道化》は頓着せず、また一羽飛んできた伝令の鳩を指に止まらせるとぽつりと呟いた。
「……地下の、アレがばれたんじゃ」
その答えに、魔女の顔が蒼白になる。
道化と魔女の知識と技術の結晶。地下に隠し、誰にも告げなかったのはある娘が絶対にその仕組みを許さないことが分かっていたからだ。
その為の防御策も、侵入者があった時にわかるような仕掛けもしてあったはずなのに――――
「
「ぜ~んぶ、壊されてしまったよ。二週間ほど前かの? さすが、《反逆者》くんが現れる前は、彼女こそが当代一位の潜在力の持ち主じゃったことはある」
「……ッ」
「だから、おぬしを呼んだのじゃ」
「なぜ止めなかった!」
魔女は怒鳴り、道化に掴みかかろうとして……、
「まさか、これは決まっていたのか?」
道化は嗤う。幼い少年の顔立ちには似合わない、暗い笑み。
「あぁ、そうじゃよ。儂に許されていたことは、おぬしを今日ここに呼ぶことだけじゃった」
この世界で終わりが定められているように、《運命》と呼べる最初から決まっている事柄がいくつかある。《神の全知》は予言の業は使わない、しかしその《運命》だけは世界に定められた理として知っている。
でも、かといってそれを変えることは許されない。
「儂は何もかも知っている。だが、全能は許されていない」
道化の口元は笑みに歪んでいる、しかし眼には何の光も灯っていない。時の闇を想起させられる色をした瞳で、魔女を眺める。
「昔、むかーし、全知をもらう代わりに、神と約束したからのう」
何もしない、何も話さない、《運命》に触れない。
彼は《全知》であるだけで、《伝道者》ではない。
その身に唯、知識をため込んでいるだけ――――
「ここから、先は」
全てをわかった魔女は、彼の理解者として簡潔に尋ねた。《道化》はひゃはっと乾いた声で笑った。
「儂には何もできないことしか、わからんよ」
それを聞いて魔女は飛び出す。
一瞬にして姿を消した彼女に、興味が失せたように道化は窓へと近づいた。
夜に沈んだ世界。今日は、星が見えない夜だった。
「残念、じゃのう」
漏らした吐息は、何にもなれずに溶けていく。
×××
「やめろ!」
カードがビー玉に触れる間際、俺は反射的に身体を強化して跳びかかって、エレミヤの肩をつか――、
「あれ……?」
エレミヤは振り向いていた、そのままカードを俺に向けてきて、
「―――――っ!!」
爆発と衝撃。地面に散らばる大量のビー玉が転がる。
とっさに身を逸らし直撃は避けたが、辺りはもうもうと煙が立ち込めよく見えない。
さっきのは……、身体強化でもしない限り対応できるスピードだったはずなのに。
視界が悪い中、彼女の姿が見えず俺は叫ぶ。
「エレミヤ! どうして、こんなことを」
「お母、様のため……」
煙の向こう側から声がする。
まだ、ビー玉の近くにいるのか。
「エレミヤ、やめろ。それは、エンドにとって」
「苦し、めるもの……だから」
聞こえてくるか細い言葉の意味を、俺はすぐに理解した。
エレミヤにとって、エンドの望みなんてどうでもいいのだ。エンド――母の幸福だけを彼女は求めている。
「だからって、それを壊して《絶対終末》を妨害したところで! エンドは喜ばない。むしろ、あいつの今までの人生をすべて否定することに――」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!」
今まで感情の色が乏しかった声に宿るのは、紛れもない怒り。
「そんなの、どうだっていいの! お母様が、可哀想。お母様が可哀想。お母様が可哀想! 怒られたくなかったけど、怒られたくないけど、私は私は私は味方だから、お母様を愛してるから、私は私は、お母様を、お母様を……」
壊れたラジオから流れるような声。煙が晴れてきて明瞭になる視界で、エレミヤがくの字になって頭を抱えて叫んでいる姿が見えた。
ふざけるなよ、まったく。
お前ら、本当に親子なんだなぁ。
「人のことを自分の物差しで勝手に可哀想って決めつけて、幸福押しつけていい御身分だなあ!」
俺は再度エレミヤに飛び掛かる。こんどこそ、ビー玉から引き離すために。
でも、まただ。
するり、とエレミヤはかわしてくる。そして、すぐに反撃が……。
「っ!」
また、大きく距離をとる。エレミヤの位置は変わっておらず、ビー玉を背後にこちらを達観するように眺めている。
既視感を覚える。《芸術家》と、戦ったときのような。でもこれは――、
「それが、予言ってやつなのか?」
感覚を研ぎ澄ませても、全くエレミヤが業を使っている様子を感じない。エンドは予言に大量の想片を使用しているから、はっきりそうだとわかったわけじゃない。
でも、事前に攻撃が読まれているかのような対応。スピードはこちらが圧倒的に上回っているのに。
「…………」
「返事は、なしか。教えてくれるわけないよな」
でもこれを予言と仮定して、どうする?
俺は予言の仕組みなんて何も知らない。俺の行動が全て向こうに筒抜けだとしたら、打つ手はない。
ごくりと唾を飲み込み、右手に意識を集中させる。しゅるしゅると赤い包帯が集まり、一つの形――武器の姿をなした。
すっかり使い慣れてきた銃を構え、様子を見る。
エレミヤに反応はない。これはわかっていたということなのか、それとももともと俺の力を知っていたのか。
銃口を向けながらも、撃つことなんてできなかった。もう扱いになれて、脅しに使うやり方もエンドから教えてもらっている。でもエレミヤは《秩序》のメンバーで、エンドの娘。まだあって一日も経っていないが、彼女に悪感情なんてこれっぽちも持っていない。
説得、したいところだが、彼女とまともに会話出来るとも思えないのが苦しい。
俺とエレミヤはにらみ合うだけで、こう着状態に入るかと思ったが――――、
「あなた、大っ嫌い」
いきなり、発せられた言葉、こんな状況なのに俺は思わず「はぁ?」となった。
「お母……様を、苦しめる、から」
「エレミヤ……俺は、そんなことしない」
首を振って否定する。エレミヤが発する言葉の方が苦しそうで、彼女が追い詰められているかのようだった。
「俺が何をしてでも防いでやるから。エンドに、こんな業を使わせないから」
「あなたが、いるから……それだけで。そばに、いるだけで……お母様は辛いの」
そんなの、知ってるよ。
俺がエンドに鈴璃を見てしまうのと同じように、彼女は俺に自分の過ちを見ている。
でもお互い、それぞれ受け止めてやってきたんだ。
エレミヤはそれさえ許さないって言うのか。
「大っ嫌い」
それだけの言葉に詰められた敵意。
ふいっと視線を逸らすと、彼女はまたビー玉にカードを当てようとする。
何度も何度も、遂げるまでは諦めないという風に、
「エレミヤっ!」
俺は跳躍して、その腕を掴もうとして――――
「あっ」
また避けられた、だけではない。
エレミヤはもう片方の手で仕込んでいたナイフを取り出し、俺に突き刺した。
俺が飛び込んでくる位置に、正確に、
後ろを、振り返ることもしなかった。
「やっぱり、予言かっ!」
だけどこの攻撃は、俺には何の意味も持たなかった。
さっきは避けられたエレミヤの腕を無理やり掴んで、思いっきり放り投げた。
巫女服はやはり動きづらいのか、エレミヤは床に情けないくらい派手に転がる。思いっきりやってしまったので、脱臼させてしまったかもしれないが……、あとで治癒できるし、今回は許してほしい。
手加減できなかったのは、何よりショックが大きかったからだ。
まさか、ここまでするとは考えてなかった。
否理師にとって殺人は唯一の禁忌のはずだ。そう《秩序》で定められているのに。
エレミヤに間違いなく殺意を向けられたことに動揺していた。
「おっ……」
ふらりと、身体が揺れてビー玉に手を置いて支える。頭がくらくらして、目をやるとナイフが脇腹に刺さっていてかなりの量を出血していた。
これに比べれば、エレミヤの脱臼とかかわいいものだろう。
ナイフを抜くと、血が勢いよく吹き出してきたが、包帯がそこに何十にも巻きつく。
赤に赤で、血が止まっているのかよくわからないが、こうやって治癒の業を使っていれば大丈夫だろう。
「さ、てと……エンドでも呼ばないと」
エレミヤがうつぶせになったまま動かないのを確認して、ケータイを取り出そうとした時、
ガラスが弾ける音がした――。
「さようなら」
その言葉がほぼ同時に聞こえた。
ビー玉に当てていた手が最初に切り刻まれた。
背中に、無数のガラス片が突き刺さる。「ぐはっ」と、血を吐いて、俺は前のめりに倒れた。
あの、中心ともいえるビー玉の爆発。
何が起きたのかわからない。
「これ、は……どうして」
「だから、ここまで、飛ばして……もらったの」
エレミヤの声が近くで聞こえた。つまり、彼女はこうなることもすべて、わかっていたという事か。
「カード、いっぱい貼り付けた。あなたが、触ったら……発動、するように」
そのカードをあの煙の中で付けたのか、それとも事前に準備していたのかはわからない。
今は、どっちでもどうでもいい。
頭が、重い。
ねむ……い?
はっとなり、意識を覚醒させようとする。
痛みなんてないんだから、こんなの血を少々失ったくらいで大したことないはずで――
「もう、立て……ないよ」
意思に反して、視界はどんどん暗く、狭くなっていく。
「今も、ガラスで致命傷……いっぱいだけど、それよりも、最初のナイフ」
目が開かなくなっていく……、全てが遠ざかる。
「あれ、かなり……深くて、内臓……傷つけた」
…………。
「抜かなければ、まだ……よかったのにね」
……………………………。
遅くなりましたっ(汗
やっと更新できました。
もうすぐ冬休みなので今の内にどんどん進ませたいですw
在須~が~死んだ(?)です。
ので、次話には主人公出ません。
いつ出るのか分かりません。