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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第四部:歪なヨゲン
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四章 サイゴの果てのキボウ2


 何で気づかなかったのだろうかと、身体をぶるりと震わせた。

 全身にまとわりついてくる重たい空気。これは、想片のエネルギー……なのか。部屋を埋め尽くす大量のビー玉の光が怪しく輝いて、目が眩む。数だけではない、一つ一つのエネルギーの密度も異常だ。

 これほどまでの力が蠢いているのに、どうして。


「この部屋は……何だ」


「地下、室」


 それはわかってるって。

 俺の反応をうかがうようにじっとこちらを見ているエレミヤの表情は変わらず凍り付いていて、何を思っているのかなんて全然わからない。


「エンドがやったんだよな?」


「そう」


「こんなに、いったいどれだけ……」


 どれだけの人から奪ったんだ?

 デュケノアでさえ、この一掴みさえ持っていなかったはずだ。

 背筋がぞっとしたが、少しむっとしたような顔のエレミヤが言った。


「勘違い……してる、よね? お母様が、したの、《収集器(コレクト)》だけ……」


「いや、無理だろ」


 自分も使っているからどれだけ非効率的なのかはよく知っている。一体何年、いや何百年かかってもここまで集めるには《収集器》だけでは無理だ。


「できるよ」


 エレミヤはあっさり言った。


「《道化》が、いるもの」


 ぽつりぽつり語られた話によると、ここに集められた想片は、中心にある大きなビー玉を親としているらしい。それ自体も《収集器》の役目があるが、本来の目的は全世界にばらまかれた《収集器》が集めるエネルギーを一手に引き受けるものだ。たとえ世界の反対に《収集器》があっても直接回収しに行く必要がなく、自動的にここへ転送されてくる。それこそ空間移動の業でも使っているかのように。

《道化》だから、できる。と、エレミヤは言った。


「はぁ、そうか…………?」


 エレミヤの説明は曖昧で、深く聞こうにも話し方の調子が相変わらずなので聞きづらい。でもやばいことをしたとかではないようなのでほっとした。あとで《道化》やエンドにまた詳しく聞いてみればいい。


「こんな簡単に想片を集める方法があるなら、フォルケルトとかから奪う必要なかったんじゃ……」


 安易に考えてしまいそうになって、はっとする。


 どうしてここまでの想片を集めなければいけないのか。こんな塔の奥底に隠すようにあるのか。

 答えは簡単。


「《絶対終末》のための想片か……?」


 エンドが絶望の果てにすがりついているもの。

 世界が終わる前に、気づく暇も、苦しむ暇も与えず人類を全滅させるという、狂った優しさが生んだ最悪の最終手段。


「違う」


 だが、エレミヤは不機嫌そうな顔して、簡潔に否定した。


「じゃあ、何に?」


これ(・・)が、《絶対終末》を起こすの」


 エレミヤは恐る恐る巨大なビー玉に近寄る。触れるのを躊躇うようにして、それでもそっとビー玉に頬をつけ、囁くように言う。


「世界が終わる間際、お母様は発動させる。これ(・・)で強制的に人の想いを全て奪う。想いを奪われたら、死んじゃう。みんな死ぬ。これで終わり。みんな終わり」


 呟かれる一言一言は、淡々としていたからこそなのかまるで物語を語るようだった。


「そんなに簡単に、できるものなのか?」


 あまりにも信じられなくて尋ねた。《収集器》の強化版のようなものを、俺は先日見たばかりだ。それの応用と考えることもできるが、あれは近くにいる者にしか影響を与えていなかった。

 エンドがいくつ世界に、それ(・・)とつながる《想片》を仕込んだのかはわからない。だが、あいつの思惑通り一瞬で世界中の人から《想い》を奪うなんて果たして可能なのだろうか。


「お母様が《魔女》な理由。わかる?」


「……否理師として、特殊すぎるからだろ?」


 弟子を必要とせず、身体を変えて生きることで己の目的を遂げようとする特異な否理師。

 エレミヤは頷いた。


「お母様はね、《想い》がなくならない、からだよ。普通は少しづつ、生きてる間減る。でも、お母様は、周りから吸収できる。吸収したものを自分の《想い》のエネルギーに変換できる……業。だから、死んでも在る」


 それがエンドの、ある意味での不死の仕組みだった。

 あいつは煙に巻くようにして一切答えてくれないので、初めて聞く内容のあまりの突拍子のなさに唖然としてしまう。エンド自身が《収集器》のようなものってことだろう?

 そんな業を、エンドは使ったと言っていた。しかも、エンド一代で。そこまで圧倒的に世界を歪めてしまう業をいったいどうやって生み出したのだろうか。


「このビー玉は……お母様」


「…………?」


 エレミヤがいとおしそうにビー玉を抱くようにする。


「お母様が、自分の《想い》を削って作ったんだよ」


《収集器》は空間に漏れた人の《想い》を集める。しかしどれだけ強化しても、やはり文化祭の時のもの程度が関の山らしい。

 でも、エンドの《想い》は減少すると、自動的に彼女を補うように周りの《想い》を吸収する。通常では《収集器》程度のものだが、もしも大きな欠けが生じていたら?

《想い》は人から取り出して、《想片》にした段階でただのエネルギーに変わる。でも、もし元の《想い》に変換可能であったら……彼女の一部であった《想い》は誤認する。彼女を維持しようとして、強引に《想い》を人の身体から奪う。

 でも彼女自身でない《想い》は限界を定める器がなく、際限なく吸収していってしまう。

 ここにある巨大なビー玉を中心に、世界中に仕込んだ彼女の《想い》が一斉にそれを行えば――エンドが望んだ最善の終わりが訪れる。

《絶対終末》をもたらす術。


「想像もつかないな……」


 話がぶっ飛びすぎていて、想像力が乏しい俺にはエレミヤの曖昧な説明からはよくわからない。

 だけど、エンドの《目的》は、このままだったら必ず叶うことが確定しているのだろうという事は理解した。俺は何も進めていない。その《目的》をぶち壊して、世界を救うみたいなことを言っときながら、スタートラインさえどこかわかっていないのだ。

 逃げているつもりはなかった。でも――舐めていたのか?

 エンドの今の鈴璃としての生は、《道化》と同じく全てを終えた後の余生だという事を、まるで知らなかったのだ。


「ねぇ、お母様は、すごいでしょう」


「…………あぁ、本当にな」


「でもね、可哀想……なの」


 エレミヤは眉尻を下げた、その瞳は潤んでいて――と、思うとぼろぼろと大きな涙の粒がこぼれだした。


「おいっ、どうした!?」


 ただ泣き続ける彼女に近づこうとすると、エレミヤは腕を挙げた。来ないで、とでもいうように。ビー玉にすがるように顔を寄せる。


「これは……お母様。だから、お母様は大量の、力を得るの」


《想片》を自分の《想い》に還す。その影響というか副作用により、エンドとそのビー玉は再び繋がってしまう。


「お母様は生き続けなきゃいけない。これは、お母様だから、お母様の力になっちゃう。体が無くなった後も、《想い》だけの状態で。一人ぼっちの世界で」


 幽霊のようになって、

 一人さまよい続ける。

 およそ七十億人の《想い》を消費しきるその日まで、終わってしまった世界に一人存在し続ける。

 それを負う理由は、彼女が《魔女》だから。


「ふざ……けるなよ」


 聞いて理解した瞬間、うなるように口から声が漏れた。脳みそがぐらぐらして、体全体が熱い。

 腹の中が煮えくり返っていた。もうそれ以上言葉も出ずに、ぐっと拳を握る。

 どうせあいつは、それを贖罪だとしてあえて背負おうとしているんだ。

自分が歪めた理を利用して《絶対終末》を引き起こして、そうすることに後悔はないとか言いながら、間違っていない、これしか道はないからと言いながら何十億、いや下手すれば何百、何千億と後悔するんだ。

 どこまで狂った善意を貫こうとするんだよ。

 いい加減にしろ。


「怒って、る?」


「あぁ! そうだよ!!」

 別にエレミヤは悪くないのに、怒鳴ってしまう。

 だけど彼女は、うっすら微笑んだ。


「よかった……」


 嬉しそうに笑った。エンドにではなく初めて俺に向けてくれた笑顔は、子供のような無邪気さがあって虚を突かれた。

 俺へと向き合い手を組んで、祈るようにして言う。


「ねぇお母様を、助けて」


 その雰囲気の変わりように戸惑わないわけがなかったが、俺はぐっと唇を噛んで断言した。


「――あぁ、やるよ」


 まだ終わっていない。

 だから、今からスタートラインを探して何が悪い?


「無理だ無理だと何回言われようとも、俺は絶対にあきらめない」


 不名誉なこの二つ名にさえ、反逆してやる。

 俺が話し終わった後も何かを待つようにじっと見てくるので、さっき言ったセリフが思い返され少し気恥ずかしくなり、「えっと」と言葉を濁す。


「そろそろ戻るか? あれでもエンドたちが気にしているかも……」


「えっ?」


 エレミヤが目を見開く、突然驚かれて俺も慌てる。


「どうした?」


「なにも、しないの? 壊さ……ない、の?」


 エレミヤにビー玉を指し示され首を傾げる。


「あっ、あぁ、別に……」


 と、言ったところで思い当たった。もしかして最初エレミヤがやたら警戒してきたのは、俺が《絶対終末》の仕組みの要であるビー玉を壊してしまうと思ったからではないのだろうか。

 母と慕うエンドの大切なもの。それを守らなければと思いながらも、台無しにしてしまう危険性を孕んだ俺を連れてきてくれたのは、エレミヤも《絶対終末》を否定したかったんだからだろう。

 あの涙と、笑顔。

 なかなか進めない俺に、道化のように諭してくれようとしたのだろう。

 ありがとう、と言おうとしてそれは違う気がして、言葉を選びながら呆然としているエレミヤに話しかける。


「俺、確かに何もしてこなかったけど、自分としてはやってきたつもりだったんだよ」


 覚悟を決めて、毎晩業を身に着けようとして――刻々と近づいてくる終末に対して愚鈍の歩みだったが進もうとはしていたんだ。


「《目的》に捧げてきた時間や想いって、そのままプライドになる気がする。否理師が意固地になって拘ってしまうのも、きっとそういうわけだろ? だから今、それを壊すのはエンドのプライドを踏みにじることになる」


 俺の《目的》を無意味だ、無理だといいながら尊重し、認めてくれたエンドにそんな真似は出来ない。エレミヤが顔を伏せる。彼女からしたら、あまりにもふがいないことを言っているのかもしれない。


「まぁ、最終的には踏み潰してやるけどな。今の俺には、まだその資格はない。――でも《絶対》に、これを発動させなくちゃいけなくなる前に、何とか終末を回避する方法を見つけるから」


「できないよ」


 声が響いた。

 どこかで聞いたような、音。


「無理だよ」


 エンドが終末を語るときのような、暗い絶望を孕んだ声。

 エレミヤは肩を震わせる。その肩を両腕で押さえようとしているが、その異常な震えはおあさまらない。


「いっ、いやあ。一人、一人きり……?」


「エッ、エレミヤ?」


 錯乱したように呟くエレミヤに声をかけると――彼女は爆ぜるようにして叫んだ。


「一人ぼっち真っ暗、真っ暗、赤い赤い赤い空、いやああっ、あっ、崩れ……あああああああああああああああああああああああああ!!」


「エレミヤ!」


 頭を抱え絶叫した彼女に近寄ろうとした。が、また腕を挙げられ拒絶された。

 俯いた顔がゆっくりとこちらを見る。泣きはらした顔に、先ほどまでの笑顔はない。今までの無表情さも、なかった。

 瞳を爛々と輝かせ、痛みに耐えるように顔を歪めていた。


「やっぱり……嫌い」


「えっ…………」


 エレミヤは目を細めて俺を睨む、その視線にあるのは――明確な敵意。


「あなた、ダメ」


「どっ、どういう」


「頑張って、この部屋を見つけたのに」


 苦虫を噛み潰すように、酷く顔をしかめた。


「内緒だって、誰も教えてくれないから……頑張ったのに」


「!」


 ここは、エレミヤにも知らされていない場所だった? 

 だから地震なんか起こして、こっそり俺を連れてきた。


「何で」


「あなたが、壊してくれると……思ったのに」


 再びエレミヤは、ビー玉に全身を預けるように抱く。表情は見えない、だが、嗚咽が聞こえて彼女が泣いていることがわかった。


「残念」


 そう呟いていて、俺はただ呆然と眺めるしかない。

 何が起こっている。

 一体、どうして……?


「お母、様に……嫌われたく、なかったのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 次の瞬間――カードをもう一枚、涙声で絶叫しながら取出して…………



 やっと投稿できました!

 遅くなってすみません(汗


 今回は《絶対終末》の核心にふれた説明だったのですが、無事に書き切れたかどうか不安です。


「……? つまり、どういうこと?」など、さっぱりわからない、ここがわからないというという事がありましたら、教えてください。

 お願いします。


 次回、発狂してしまったエレミヤちゃんをどう静めるのでしょうか……。

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