四章 サイゴの果てのキボウ1
塔の中は、相変わらず人の気配が少ない。いや、昼間よりもさらに減っている気がする。
きっと、さっきの地震のせいだ。
『みんな、大忙し……。塔は、安全。壊れない。だから……壊れた家、を、直しに行く・・・………』
エレミヤが音が跳んだラジオのような話し方で、ぼそぼそと言ってた。
それを狙って行った初めてのイタズラ。道化がエレミヤがこの島を操縦していると言っていた。その役目を担っている彼女ならば、人為的に地震を起こすことはたやすかったのだろう。この島は否理師によって作られた、通常の法則を無視した島なのだから。
今のところエレミヤの思惑通りことは進んでる。確かにいるとしても、塔の高い方にしか誰かいる感じはしない。
こんな――、地下の辺りには、誰も。
「エレミヤ、どこまで降りるんだ?」
「もっと」
簡潔に言うと、彼女は振り向かないまま俺の腕をぐっと引いた。階段で足を踏み外しそうになり、慌てて体勢を整える。
かなり高い塔だったのに、地下もこんなに深くまで続いているなんて……。
俺の右腕を掴んだまま前を行くエレミヤの奥には、ぽっかりと濃厚な闇が口を広げていた。しかもただ上を目指すだけでよかった上階とは違い時折階段が分岐していて、もう自分がどのような道をたどってきたのかも曖昧だ。
会話が続かない彼女に何度聞いても、俺をどこに連れて行きたいのか、何のためなのか、どうして地震まで起こしたのか、それらの理由は全く分からなかった。
無理やり二人だけで話があると言われて、断ることもできないままのこのこついて行った結果がこれだ。もし反発するかなんかしてエレミヤの機嫌を損ねれば、ここに放置されるかもしれない。
エレミヤが持つろうそく以外には、この闇を照らす方法はないのだから。
「……なぁ、俺にだけ話したいことって何だ? その為にあんなことまでして、後々問題になるんじゃ」
気に障らないように言葉を選びながら話しかける。エレミヤはやはり簡潔に、
「下」
とだけ、言った。俺の問いに答える気なんてさらさらないかのように。
数度の問いに全く同じ答えが返ってきて、俺はついに諦めて自分でも考えてみることにした。
エレミヤが俺にだけ話したいことって、何だ?
今日、いや、もう昨日のことにはなるが、会ったのはほんの十数時間前だ。道化とエンドと話やゲームをしている間にずっと同じ空間を共有していたが、エレミヤはゲームには参加せず、終始エンドにべったりくっついていた。
話しかけてもこの様子なので、彼女のことはまるで分らなかった。ただ、エンドが育ての親であるということ、そのエンドをやばいレベルで愛しているということだけ。
俺はわかるとして、道化さえエレミヤは眼中にいれていなかった。
と、なると推測できるのは一つしかない。
「エンドが、関わっている話なのか」
そう聞くと、エレミヤはちらりと後ろを見た。その今までとは違う反応に俺はほっとしたが、次に発せられたのは低く冷たい声だった。
「その名前、いや」
短い言葉に圧縮された感情が伝わってきて、俺はごくりと喉を鳴らした。
「お母様、かわいそう」
「え……? でもこれってエンドが呼べって」
「かわいそう」
……こんなに言葉が通じない人を初めて見た。
しかし、エンドの話題には食いついてきた。周りを見渡しても暗闇ばかりの状況に耐えきれず、とにかく会話を続かせようと、エンドについて振ってみる。
「あ、っと……前のエン……《終末の魔女》ってどんなだったんだ?」
「お母様」
「え……と、質問聞いてた?」
「お母様、みたいな、人」
そう言われて、何を言えばいいかわからず口を閉ざした。だが一方で、飛び飛びな話し方で把握しにくいが、エレミヤの方から積極的にエンドのことを語りだした。
「私は、捨てられ……てた」
エレミヤは物心つく前に捨てられた。何十年前のことかはわからないが雰囲気からしておそらく戦時中か戦後間もない頃だろう。
幸いにもすぐに教会かどこか、とにかく孤児院のような場所に引き取られ浮浪児になることは免れたらしい。
しかし、安寧の地ではなかった。
エレミヤには幼いころから、未来を知ることができた。
「否理師になる前から……、業も使わず?」
「才能。お母様、言っていた」
当然、周りからは気味悪がられた。大人からも子供からも距離を置かれ、それなのに時に近寄ってきて酷いことをしてくる。人が苦手なのはそのせいだと。体を小さくして、言葉をだすことにも怯えていた。
でも、エンドがふらりと現れ、その孤児院で働くようになったのをきっかけにして。エレミヤの世界は変わった。エンドだけは違った。優しく微笑み、時には厳しいが心の底から愛してくれる。そんな理想の母親像を体現したような存在にエレミヤには見えた。そしてそのぬくもりを、エレミヤにも平等に与えてくれた。もう少しで言葉を封じ込みそうになっていたエレミヤの話を聞いてくれ、わかってくれた。
「お母様、私を……助けてくれた」
エンドは孤児院をやめたときに、エレミヤも一緒に連れて行ってくれた。
否理師としての才を見出し、《起源》としての力もつけてくれた。
どんな時も一緒にいたと。
自分を愛してくれたと。
母のように。
「だから、私も……お母様、大好き」
地下へと進む塔の中に風は吹かない。だが、ろうそくの火が不意に大きく揺れた。
「………愛してる」
ぞくりとするほどの、情がこもった言葉。
表情が見えなくて、よかった。そう思ってしまうほど、底知れないものが彼女の中に渦巻いていた。
言葉が途切れてすぐに、ただ続いていた暗闇に変化が訪れた。
「光?」
淡い幾色もの光が、階段の奥深くにぼんやりと見えた。
エレミヤは足を止めない。光はどんどん近づいてきて、ろうそくなんかなくても辺りがはっきり見渡せるほどになったころ、
「もうすぐ」
ぽつりと、彼女は呟いた。
さまざまな色が踊る、塔の底の広い空間。
淡く輝き、それは不規則に色を変えていく。
俺はそれが何か、よく知っている。
「…………すごい、でしょ?」
エレミヤがようやく腕を離した。
それを踏まないように気を付けながら数歩歩き、髪をなびかせて振り返る。
眼の中に飛び込んでくる光景は――――。
床一面に広がった、星の数以上の大量のビー玉。
そして空間の中心に鎮座する、五メートルはあろうかというビー玉と呼ぶのを躊躇うほどのガラス球。
一つ一つが淡く輝き、視界が色に埋め尽くされる。
「エンド…………」
あいつの顔しか、頭に浮かばなかった。
いよいよ見せ場に突入します!
エレミヤの立場がまだあいまいな点がありますが、それは次回に発覚させたいと思います。
最近投稿が滞りがちですが、今週は少なくともあと一話は更新したいです。