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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第四部:歪なヨゲン
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三章 タエズ知恵をモトメル1

 塔の一番上の部屋。先ほどまで子供たちと戯れていた部屋。

 今は長い時を生き過ぎた魔女と、全てを知りすぎてしまったピエロが向かい合って茶菓子をつまんでいる。

 二人の容姿はどう見ても彼らこそ子供のはずなのに、その場にある落ち着いた雰囲気は彼らがただものではないという事を知らしめていた。


「……と、いうわけで、アフリカでの状況はこんなものかの。ひゃははは、《狩人》は相変わらずパンツだけでライオンと戦っておるわ。どうするのか……、ほう、皮膚を鋼鉄化させたか。でも、構成がまだまだ甘いのう」


 クッキーをかじりながら、まるでその場を見ているかのようににやにやしながら話す道化。いや、実質彼にはすべてが分かっているのだ・

 彼が望みさえすれば、この世の始まりから今日までどれほどの命が生まれ、消えたかも把握できる。この先のことだって――、

 それが《神の全知》。

 すべての理を知るもの。


「惜しむべくは、儂が全能ではないという点かの」


 馴染の友人と二人きりになると、彼はいつも自虐するように呟く。


「《狩人》が歪めたい理の構成はわかるし、歪める方法も分かるんじゃが、儂が実現するのはたやすいが《狩人》に伝えることができん。世界のとらえ方が違うからのぅ。他者の世界全てを網羅することはそれこそ《神》にしかできん」


 魔女が顔をしかめて紅茶をすする。それを見て道化は笑う。


「ご息災じゃろうか? 上野唄華さんは」


「約束をすっぽかされて、在須に電話してきていたよ。うまくはぐらかしていたようだが、帰ったら何かしらあるだろうね」


「そりゃあ……おっ、手錠か? それは……、あ、違う、首輪と来るか。大きな金庫まで用意して……おっ? ……ひゃはは、回線切断されてしまったようじゃ」


「神の部屋まで覗き見していたのか? 怖いもの知らずが」


「ひゃはは、畏れ多い存在じゃぞ? 毎朝、彼女のいる方向に向かって礼拝させてもらっているほどじゃ。ただ、十三代前が会ったきりで、儂は一度も拝ませてもらったことがないのでな。ここから見るだけじゃ、テレビの向こう側のような存在にしか感じんのじゃよ。……神の恐ろしさを、否理師の中では誰より知ってるおぬしほど萎縮できんのう」


 その言葉に幼い顔をより一層しかめて魔女は紅茶をすすろうとし、すでにカップが空になっていたことに気が付いた。

 しかし、パチンと軽い指を鳴らす音が聞こえるのと同時に、そこからみるみる新しい紅茶が湧きだしてきて――。


「手品と見るか、魔法と見るか」


 ほんのわずかな動作で理を歪めて見せた道化は、にやにや笑っている。


「幼いころの儂は――技術と見た。だからこそ、今ここにいるのじゃ」


 道化が先代の《神の全知》に弟子入りしたのは、彼がまだおおよそ五歳のころ――つまり、現在の容姿の時だった。

 貧困層の生まれ、栄養状態の劣悪な環境、子供が半分も大人になれない世界。もうそろそろ百年前になろうかという時代には、決して珍しくない状況だった。

 道化は現代でも難病とされる病にかかっていた。もう助からない――、親は彼を捨てた。

 身体が動かず、木の下で寝転がって死を待つしかない道化の頭にあったのは、世界についての果てしない興味だった。

 まだ価値観もろくに身についていないほど幼かったが、以前遠目で異国の人間の姿をみたときからずっとその好奇心は胸にあった。


 世界は広い。 

 僕はなぜ生まれてきたのか?

 空が青いのはどうして。

 ただ死ぬために?

 お日様が熱いのはどうしてなんだろう。

 死んだらどうなるの?

 空に輝くキラキラしたものは何なの。

 

 ――終わりって、何?


 死の間際の彼に通りかかったのが、先代の《神の全知》。彼が明かりをとるために理を歪めたのを、たまたま見てしまったのが出会いだった。

 それを手品という騙しの手法ととらえず、魔法という夢にもとらわれず、「どうやってやるのか」その仕組みを尋ねたことでその資質を認められ、命を救われ、弟子になり――否理師になった。


「儂の体の成長が止まってしまったのは、理を歪めた副作用……《全能》ではないという証明のようじゃ」


 道化の昔語り。

 これもまた、魔女は彼と会うたびに聞いてる。

 自分の過去を反芻することで、知識に埋もれそうになる自分を探っているのではないかと思うことがあったが、道化はその真意はまだ一度も語っていない。


「師匠も変わったお人じゃったのう。いつも暗~い顔して、《神の全知》を引き継ぐことばっかり考えて、儂に何を教えるでもなく、ず~っと酒を飲んでふらふらしておったなぁ」


「あぁ」


 魔女も覚えている。

 先代の《酒精》と呼ばれるほど、溺れるほど酒を飲んでいた彼のことを。その癖異様に強く、つき合わされると、次の日魔女だけが二日酔いになって酷いことになった。精神が弱い男であったから、何も目的がない己に耐えきれなかったのだろう。

 そんな彼の気晴らしにもなるのではないかという考えもあり、《秩序》の長を頼んだのだ。


「結果、師匠はそれから二十年は生きた。儂に代を譲ると同時に自殺してしまったが、それでもそこまで生きてくれたのはおぬしが役目を与えてくれたからじゃ。儂も……唯生がいて、《預言者》がいて、たまに来客に会って話をすることで暇せずにすんでいる。感謝しとるよ」


「似合わないセリフだな」


 道化は人をからかうセリフはよく吐くが、自分の本心を漏らすことは少ない。「いやぁ、儂も歳じゃからの」と、笑う彼を見ていると――終わりが近いことを実感せざるを得ない。


「やはり弟子はとらないのか」


「とって何になる? 《芸術家》といっしょじゃよ。あやつも……あっさり逝ってしまい追って。思い出話をする相手が減って、すこしざびじいじょ~」


「お前様子がおかしいと思ったら、紅茶にアルコール混ぜて飲んでたな?」


 よく見たら顔が真っ赤になっていて、焦点が合ってなく、呂律もまわってない。


「酒は嫌いだといっていなかったか?」


「じゃいきん、めざめたんじゃよ。特にお気に入りはまっこりじゃ」


 目が半分閉じていて、すでにこっくりこっくりと船をこいでいる。体は子どもなのだから、そんなに強いわけではないと依ことはわかりきっているだろうに。


「だいにょーぶ、だいにょーぶ。肝臓に届く前に、分解してるのにゃ~」


「また豪快な想片の使い方をして」


 あきれてため息を吐くと、魔女は眠たそうな道化の介抱をしに行く。

 この部屋に布団はなさそうなのでどうしようか思案していると、そろそろと道化が近寄ってくるので驚いて体が固まった。


「あともう少ししたら唯生が布団持ってきてくれるから~、それまで待ってー……」


 そううつらうつら呟くと、魔女の膝を枕にしてすーっと寝息を立てた。

 ほっと体の力を抜くと、彼女は彼の顔を見た。

 あどけなく眠る彼は、見た目は本当に幼い子供のものだ。年齢相応に見せようと下手な老人言葉を使っているのを見るのが、哀れに思えてくる。


「私が《罪人》で、とても《秩序》に携われる立場じゃない。だから……すまないな」


「いえいえ」


「寝てたんじゃないのか!」 


 あっさり返事が返ってきて、思わず飛び退きそうになったのをとっさに堪えた。

 見ると道化は目を閉じたままで、現実と夢の境目にいるようにふわふわとした様子で言った。


「ひざ、かたい。もっと太れ~」


「うるさいっ! 小学生は、これくらいが平均なんだ。こらっ、撫でまわすな」


 すっかりおっさん癖が付いていて、幼いころから知っている魔女は切ない気持ちになる。

 あぁ、エレミヤも小さいころはもっと素直で、私のいうことをキラキラした眼ですべて「はい」って言ってくれたのに。


「《はんにゃくしゃ》は、かわゆい……ねぇ」


「あ、あぁ」


「彼に、期待して……りゅ?」


「……それは、ない」


 ここで嘘でも希望を吐けない自分は融通がきかなすぎると内心呆れながらも、魔女は言った。


「そうじゃよのう……」


 道化はぽつりと答えた。

 それからしばらく沈黙が続き、魔女はとうとう彼が寝たものだと思っていた。

 しかし、不意に弱々しい声がした。


「《終わり》は、任せた……じゃよ」


 全てを知っている存在。

 魔女が未来を知るその前から、《神の全知》はその事実を知っていて――抗うことなくしたがっている。

 それがどうしようもないことを、嫌でもわかっているから。

 まだ魔女は今日どうして《秩序》にわざわざ呼ばれたのか教えてもらっていない。だが、道化が話相手が欲しいと思った――ただそれだけの理由でわざわざ来いと言ってきたのではないのだろうかと思えてきた。

 道化の気持ちに、強く、深く彼女は頷いた。


「もちろん。私は《終末の魔女》だからな」


 今度こそ、返事は聞こえなかった。


土曜日に投稿しようと思っていたのが、次の日(日曜)になっていました(汗


今回は寝落ちとかじゃないです!

ちょっとあーだこーだしていたら……


今回は古い友人同士の飲み会!でした。

次回は、若いもんも出しますよw

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