二章 サイカイへのミチノリ2
《道化》によると、この塔は一番上の部屋を除いてはすべて階段になっていて、居住スペースは塔を取り巻く城のような部分だそうだ。この部屋は、客人が来たときのみ、開けるのだという。
「よい眺めじゃろ」
その話を聞いた時は、そんな手間かける必要ないだろと思ったが、窓の外から見える景色にすべて納得させられてしまった。
果てしない空と、海の青。緑に囲まれた灰色の城壁、童話の扉絵のような風景に目を見開いた。自然と調和した世界は、心奪われるものがあった。
「それなのに……もっとこの部屋キレイにしとけよ!」
《道化》を怒鳴りつけると、そっぽ向いてにやついていた。
せっかく景色は最高なのに、部屋の乱雑さは頭が痛い。壁にはおそらく《道化》が描いたのであろうライオンやキリンらしき絵がでっかく占領しているし、天井には風船が浮いていて、パーティのような和飾りもつけられていて、片づけられない子の子供部屋という感じだった。
床にも折り紙や、トランプ、おはじきなどこれまた子供らしい遊び道具が……と、辺りを見回していて一つだけ違和感を放つ物に気が付いて、それを手に取った。何かの雑誌……最初目を疑ったが、正気に戻った俺は、
「せーの」
即投げた、窓の向こうへと。
「何てことするんじゃああああああああああああああ」
「お前考えろよ! ここにはエンドと、エレミヤさんがいるんだぞ」
なんで女性陣の眼にさらしてはいけないものを、こんなに堂々とおいてるんだよ!
椅子がないこの部屋には子どもっぽいファンシーな柄のカーペットが敷かれてあり、そこにエレミヤさんとエンドは直接座っている。正確にはエレミヤさんの膝に、エンドが座っている形だ。
「って、さっきエレミヤさんはこの部屋から出てきたよな」
見られてないよな。いいや、別に俺のではないからいいのだが、そう考え始めてしまうと余計エレミヤさんに話しかけるのが気まずくなる。
「…………でいい」
ぼそりとか細い声に、はっとして見ると、エレミヤさんは聞き取りづらいほど小さな声で呟いた。
「エレミヤ、でいい。さんは……いらない」
「あ、あぁ。わかりました」
「敬語、も。あと……私、読んで、ないから」
「…………はい」
きまずい……!
まぁ、でもエンドも、そしておそらくエレミヤさん、もといエレミヤも見た目通りの年齢ではないのだから、そこまで気遣わなくてもいいだろう。うん、そうしよう。
「青少年じゃなあ。初々しいのぉ」
「変態じじい、黙れ」
と、そこで不意に気付いて辺りを見回す。
「あれ? そういえば、フォルケルトは……」
「おう、あの坊やならさっきアキバに行かせたぞ」
早っ! いつの間に!?
「おぬしたちがこの部屋に入るときに、一番最後にこっそり入ろうとしおったから、バンッと鼻先で閉めてやったわい。ひゃははは、しじみちゃんを手に入れるまでは、この舞台に入れてやるものか」
フォルケルト……、短い再会だった。こんなにあっさりいなくなるとは思っていなかった。
「まぁ、もともとあやつはこの為にだけ呼んだからの。用事が済んだならば、さっさと次へ逝ってもらわけば」
「この為だけっていうのも、哀れさを感じて仕方ないんだが。行って、だよな? 逝くって……」
「ん? まぁ、しじみちゃんに会うには……亡者の群れをかき分け、地獄の荒波を越えねばならぬからのう」
にやりと本当に底意地の悪そうな顔で、《道化》は笑った。
……かわいそうに。
ほんの数カ月間の間に、あいつがこんな苦労を背負わされているとは。なんか雰囲気も変わっていたし、であったあの時がもう数年以上前にも感じられた。
そうか、たった二、三か月前のことだったのか。
真実を知って、終わりを知って、痛みを失って否理師になった。
もう随分、昔のことのような気がするのに。
「何をぼけっとしておる。さぁ、おぬしも座れ」
《道化》がそう言いながら背後に回ってこようとしたので、さっとすぐにその場へ座った。もうこいつに背中は見せられない。
だが、《道化》は別段悔しそうな顔もせず、平然と帰ってきて俺の膝の上に座った。胡坐をかいていた中に、無理やり割り込むように堂々と。
「……何、してるんだ?」
「儂はただ、《終末の魔女》にならっただけじゃが?」
その言葉にエレミヤの膝に座っていたエンドがかっとなる。
「《道化》! 私は別に好きで座っているわけでは」
「お母様~……」
身を乗り出したエンドを背後からぐっとエレミヤは抱きしめる。軽くではない、あのエンドが苦しそうな顔を隠せずにいるほどがっちり捕えている。ウェディングドレスが皺くちゃになっているが、そんなことを気にする様子もない。
「……大丈夫か、エンド?」
「あ、あぁ…………」
エンドは真っ青な顔でしきりに頷く、エレミヤをかばっているようにも見えたが逆効果だ。
「エンド……って?」
不意にか細い声でエレミヤは聞いた。拘束が緩まったのでエンドがその隙に必死に呼吸をしているのをちらりと見ながら、俺は言った。
「その、えっと《魔女》の、というか……名前だろ?」
エンドが自分に対しての自虐のように言う《終末の魔女》というのが呼ぶのを躊躇われて、たどたどしくなってしまった言葉に、エレミヤは首を傾げる。
伝わらなかったかと、改めてどう言おうか思案していると、エレミヤはぽつりと言った。
「お母様……エンド、違う」
「え?」
俺はエンドを見る。エンドはふてぶてしく言った。
「ただ君が私を呼びやすいように適当にその場で考えた通称に過ぎない。《私》に名前はない。ただ否理師としての《終末の魔女》という二つ名があるだけだ」
「そう……お母様は……お母様ぁ」
エレミヤが気の抜けたおっとりした感じで言う。
「そうだったのか。俺はてっきり、前の身体の名前、かと」
勝手にそう思っていて、聞けなかったのだ。鈴璃の身体を使っていることに最初のころとはいえ敵意をぶつけてしまったことから、そう軽々しく過去の話を聞き出すことができなかった。
でも、今がチャンスなのかもしれない。そう思い、俺は一歩踏み込んで聞いた。
「エ、エレミヤが娘ってことは、エンドが前の身体の時に……」
「孤児院で働いていた時に面倒を見た子の一人だ。その後、《起源》として否理師になったため、私が連れ出して師匠のようなことをしていたために、この子は私を母として異様に慕うようになってしまったのだ」
エンドもエレミヤの行動には思うことがあるようで深くため息を吐く。
「私の前の身体が死んだ時も、人見知りが過ぎて一人に出来なくてな。結局《秩序》に預けて、そのまま書類整理などに携わっていると聞いていたが……。《道化》、今日エレミヤはこの島にいないと聞いていたぞ。だから、わざわざこの日まで待ったのに」
エンドは《道化》をきっと睨みつけたが、《道化》はどこ吹く風で、
「はてな? 《預言者》はこの十三年間、一度も島の外に出たことはないぞ?」
その言葉にエンドは肩を落とし、深くため息を吐く。エレミヤが不安そうにエンドの顔を覗き込む。
「お母様……、エレミヤのことが嫌いなのですか?」
人形のような瞳が涙で潤む、エンドは慌てて否定する。
「そうじゃない。ただ、エレミヤ、私はもっとあなたに自立してほしいと思って」
「嫌です。嫌です。お母様がいいです。お母様がいいです」
駄々をこねるように言い、エンドに全身で抱き着く。もちろん体格が子供のエンドに支えきれるわけは
なく、とても苦しそうな声が聞こえてくる羽目となった。
「ひゃはははははは。美しい親子愛じゃなぁ」
俺の胡坐の上に座っている《道化》が、どこからともなく扇子をとりだしてわが身を仰ぎつつ、豪快に笑う。その動作一つ一つが癪に障ることは言うまでもない。
「《預言者》っていうのは、そのまんま予言が得意とかなのか?」
苛立つ自分の気を逸らそうと、《道化》に話を振った。
「まぁ、そうじゃな。《預言者》が否理師になったのも、それゆえじゃし。ほれ、《預言者》。何か今晩のことを先見してくれるかの?」
《道化》がそう振ると、エンドとじゃれていたエレミヤは少し首を傾げた。ちらりとエンドをうかがい、彼女が頷いたのを見て「わかった……」と、呟いた。
名残惜しそうにエンドから離れると、ベールの所に手をやる。少しばかり髪をいじっているかのように見えたが、ベールの隙間から取り出したのはカードだった。
「ルーン……」
ぽつりとどこを見るでもなくそう言うと、せっせとカードを並べ始める。
カードには文字のようなものが書いてあるが、それが何を意味しているのかがさっぱりわからない。だが妙な沈黙が部屋に満ちていて、《道化》もじっとエレミヤの動きを見ている。
カードを全て配置すると、両手で器をもつようにして胸の位置に置く。小さいが、先ほどまでと違い、よく通る声が聞こえた。
『ねぇねぇ、教えて。ノルンのお姉さまたち』
ベールがふぁさっと風もないのに揺れた。赤い髪は少しも揺れてなかったから、それはほんの一瞬で見間違いだったのかもしれないけど。エレミヤはすっと厳かに目を開けた。
「わかった……」
そう言い、エレミヤは手を元の状態に、というかエンドに抱きつきに行った。
「今日の晩御飯は……、お母様がミソスープを作ってくれる。ミソスープ……」
「それは予言ではなく、あなたの願望だろ? エレミヤ」
エンドがまた深くため息を吐いて、《道化》が笑う。
「え……? 今のって」
「今日の《預言者》は調子が優れんようじゃ。残念じゃが、予言はまた今度じゃな」
まだ笑っている《道化》はどこからともなく取り出したポテチ食べてた。
先ほどまでの沈黙はどこ行ったのやら。
「まぁ、心配せずとも、見る機会はまたある。《預言者》は、ここ数百年の中でもかなり正確に運命を見ることができる逸材じゃしの! さすが儂の考えた二つ名、名は体を表す!」
「二つ名……ね。あっ!」
重要なことを忘れていた。
「《道化》、俺の二つ名の由来はまさか」
「《夢裏の反逆者》か? もちろん、ア――」
俺の身体は考えもなく立ち上がろうとした、が、
「ア――ナコンダではないぞ。もちろんアリ――塚にあるわけでもなく、いやいやアリスーートレスでもない」
中途半端な体勢で、俺は怒鳴りつけることもできずただ拳を握りしめる。確実に怒るタイミングを失っってしまっていた。
「よいではないか。なぜ儂は言ってはダメなのじゃ? こんなにプリティなお子様は嫌いか?」
「プリティとか自分で言ってることは置いといて、ダメなものは駄目だ」
びしっと断言すると、《道化》は不満げに指を噛んだ。
「つれないのう」
いじいじして、ちらちらこちらを見てくるが断固無視を貫く。その間、エンドはエレミヤにぎゅっとくっついていて、エンドはもう瀕死状態のようになり目が死んでる。
否理師って、やっぱり変人の類なのだろうと疑いなくそう思ってしまった。
昨晩投稿しようと思っていたのに寝落ちしてましたw
こつこつと遅筆ながら頑張っています。
ちなみに、もう本当にこの部でフォルケルトが出ることはありません。
彼は遠くに行ってしまいました……
再登場するかどうか、それもまだ不明ですwww




