一章 アラタで懐かしきメグリアイ3
島に着いてまず目に入った光景は、木々が松明のように燃え上がり、古めかしい建物の多くが燃え崩れ落ちていく――そんな凄惨たる光景だった。
気が狂いそうになるほどの赤さを背景として、そこに立つ一人のまだ少年の面影を残した青年、《魔女狩り》はけだるそうにこちらを見ていた。
「何のつもりだよ……フォルケルト」
口の中が乾いて掠れて出てきた声で、俺は戸惑いを隠せず聞いていた。
そんな俺を見て、フォルケルト・ホプキンスは心底嫌そうな顔をした。
「そんな目で見るんじゃねーよ、俺が悪いみたいじゃねぇか。こうなったのも、全部お前らのせいだ。お前らが、いや《魔女》がおとなしく殺されていれば、俺はこんなことをせずにすんだんだ。なぁ、《終末の魔女》。あんたには、どうしてだかわかってるんだろ?」
相変わらずの饒舌なようで、ぺらぺらとそうまくしたてる。服装は秋物に変わっていたが、他にはなに一つ変わった様子はない。一つに縛った金髪、病的なまでに付けられたアクセサリー、そしてエンドを見る憎しみのこもった目。
エンドはその視線を冷めた表情で受け流し、ただ呟くように尋ねた。
「……《道化》に、聞き出したい情報でもあったのか?」
その問いに、フォルケルトは更に顔をしかめる。俺には何が何だかわからない。
「エンド、それってどういう……」
その時、俺達とフォルケルトの間に火を纏った巨木が音を立てて倒れてきた。
慌てて後ろに飛び下がって避ける。幸いまだ身体強化の業が切れていなかったようで、海の中に無様にすっ転ぶ形になったが間一髪というところで避けることができた。
すぐに起き上がるが、フォルケルトの姿は炎の向こうとなり全くうかがうことができなかった。ていうか、さすがにこの火勢はさすがにあいつでもやばいんじゃあ……
「フォルケルト!」
「おっ、無事に生きてるみたいだな。少しはましになったか? ガキ」
とっさに叫んでしまったが、すぐに飄々とした声が返ってきた。俺と違い、華麗に着地していたエンドが、呆れたように言った。
「火は《魔女狩り》の専門分野だ、焼け死ぬようなバカなことはない。在須、君はおもしろいな」
「な、何が」
「一度死闘を繰り広げた間柄だというのに、そんな相手の生死を心配してやるなんて」
「……うるさい」
別に、そんなつもりはなかった。ただ、反射的な行動で――目の前で人が死ぬところを見たくなかっただけだ。
そう自分の気持ちを思い返してみると、確かに少しおかしかった。甘いというか……なんというか。
だが悩む暇もなく、激しい鼓膜を打つ音がして、フォルケルトがいるはずの所に火柱が立った。炎の塔が点を貫いたのは一瞬で、すぐに収縮して消えた。と、思うとさらにその奥――城へ近づいた辺りで、まだ同じ炎が上がる。
途端、エンドは表情を厳しいものに変えた。
「誘っているようだな……行くぞ」
「あっ、ああ」
戸惑いながらも、俺は走り出したエンドに続く。体に不気味にまとわりついた赤い包帯を視認して、身体強化の業を再度意識して行使する。
途端、視界が明瞭になり、猛火の隙間を抜けて町へと入る。
「これは……」
走りながらも、自然と声が漏れた。
家々はほとんど墨屑に近い状態になっていて、それにも関わらず火の勢いは不自然なほど衰えていない。
「町の人は……」
「いない。これらは《道化》が趣味で作っただけで、誰かが住んでいたという事は一度もない。客があっても、城にも十分な部屋があるからな」
それにしても、まるで文化遺産のような建物だったことがかろうじてわかるものがあった。こんなことになってもったいないというか、冒涜のようなものさえ感じてしまう。目に映るものすべてが赤赤しく、これはほんの数週間前の俺だったら耐えられなかったかもしれないと思った。
今でこそ冷や汗がほんの一滴伝う程度にまで克服したとはいえ、あのころは結構辛かった。唄華のおかげ、ということなのだが。
「どうして、フォルケルトはこんなことを……」
俺は理解できず、エンドに聞く。火柱を追いながら、エンドは渋い顔をして答えた。
「《道化》とは……、否理師としての二つ名ではない。あいつ自身を指すときだけに使われ、否理師として呼ぶときには違う名がある」
二つ名。エンドは《終末の魔女》と呼ばれ、俺にも否理師になった際、《夢裏の反逆者》という名がつけられている。
そう言えば、この名も《道化》がつけたって……。
「それが、何か関連が?」
「《道化》の否理師としての名は、《神の全知》。あいつに、知らないことはない」
きっぱりとエンドは告げた。
「だから私は、彼に《秩序》を任せた。ただ《罪人》を定める機関では、浸透するには時間がかかっただろうが、《神の全知》がいるなら話は別だ。対価はいるが、求めればどんな情報でも手に入る。一方、《罪人》の管理も容易――、《秩序》は彼がいなければ成り立たない。彼こそが《秩序》と言っていいほど」
「えっと、話が大きくなってわからなくなってきたんだが」
全知?
知らないことはない?
そんなことが可能なのか? いや、それを成し遂げたというなら、なんでこんな島に住み、《秩序》なんかやっているのか。そんなにすごいやつなら、もっと――
「あれ……?」
そこで、思考が止まった。
その、先は。
「気づいたか、在須。そうだ、あいつは自分の目的を達成してしまった否理師。やらなければいけないことなど、何もない。だから、あいつと会う時には覚悟がいる」
ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。
まるで想像できない境地に達してしまった人間。当初に想像していた《道化》とはまるで違っていて――
「って、フォルケルトはやっぱり何がしたいんだ?」
そんな奴に敵うわけないのに、こんなことして。
エンドは知ってそうなのに、追うのに集中しているのかもう言葉を返さない。
ふと、広い場所に出た。エンドが突然立ち止まったので慌てて俺も止まる。そして、すぐにその理由は分かった。
城を目前とした広場のような場所、フォルケルトは手持無沙汰といった様子で俺たちを待っていた。
エンドが一歩足を踏み出す。
「……こんな形で再開とは、悲しいな《魔女狩り》」
「俺だって、もうお前らとは会いたくなかったが……《魔女狩り》として、逃げるわけにもいかねぇしな」
以前の好戦的な表情ではなく、どこか気鬱な様子なフォルケルトは俺をじっと見た。
「お前がいなければ……」
殺意のこもった低い声に、俺はたじろぐ。
まさか、ここまで恨まれているとは思わなかった。必死で自分が使える業を頭の中にいくつか浮かべて――はっとなる。
「《道化》は……?」
こんな騒ぎになっているのだ。気づかないはずがない。
エンドがいうほどのやつなら、こいつなんてあっという間に……なのに、どうして?
「《道化》? はっ、そいつなら上だよ」
フォルケルトが鼻で笑って指し示す。つられて上を向くと――
「あああちちちちちちいちちちちちちちちち!!」
落下してくる悲鳴を挙げる火の玉が――違う、あれは
「子供!?」
「うわああああああああああああああああああちちちちちちち!」
全身を火に巻かれた子供が俺の所に落下してきて、とっさに手を差し出し受け止めようとするが――
「たあああああすすすけてぇえええええええええええええ!」
子供は自ら俺に抱き着いてきて、って。
「うわああああああああああああああああああ!!」
今度は俺も悲鳴を挙げる番だった。火の玉のようになった子供を抱きとめた結果、火が俺にも燃え移って……
「あ、あれ……」
すぐに俺はハッとする。体全身が日に巻かれてしまった、なのに。
「あっ、熱くない」
「ひゃああああああああああああああああはははははははっはは!」
抱いた子供が哄笑を挙げた。
火に包まれているのによく見れば火傷した様子一つないそいつは、大口を挙げて俺の腕の中で笑い転げる。
「ひゃはははははは! 《魔女狩り》ぃ、もういいぞ!!」
その言葉にふっと、炎は消え去った。俺たちに纏っていたものだけではなく、町の者も、すべて。子供越しに目に入ったフォルケルトは《器》であるジッポをめんどくさそうにいじっていた。
「これは……」
「ひひひひひひひひひひひひひ、おぬし、なかなか反応がよいのぉ。気に入った」
子供は俺の眼を覗き込むように顔をグイッと近づけてきた。
先ほどまで火に覆われて見えなかったが、子供は五歳くらいの男児だった。着ている白衣にはわずかな焦げもなく、子供自身にも傷一つ見当たらない。
純白な白衣と相反して、短い黒髪、黒い肌に黒の瞳。全てが黒い子供だったが、俺を見る瞳はなお黒く――年不相応な鈍い輝きをしていた。
「初めまして、じゃの。《夢裏の反逆者》、愚かで可愛い小僧よ」
対応できないでいる俺に、子供は口が裂けそうなほどの笑みで言う。
「儂は《道化》と呼ばれておる否理師。本来の名は《神の全知》。また時に人は、儂を《蛇》と呼ぶ」
神の園の知恵の樹の果実を、人に食べるように唆した《蛇》。
自分がそれだと言って、子供はべろりと俺の首筋を舐め――笑った。
どっきりでした~……というオチ。
私は子どもが好きなんでしょうか……書いてていろいろと不安になってきましたが。
次話からの《道化》を書くのが、今から楽しみです!!
フォルケルトも……タイトル通り、書いてて懐かしかったです。