一章 アラタで懐かしきメグリアイ1
母は今日、地域の集まりで帰りが遅くなると言っていた。父は出張中で、家には俺とエンドしかいない。
つまり、エンドが羽目を外せる日という事だ。
あと、俺が笑いを堪えずに済む日。慣れてきてはいるが、でもギャップが半端ない。エンドも多少無理はしているのだろう。リビングに入るがそうそう、ランドセルを投げだし、ソファに座って深くため息を吐く。
その雰囲気の端々から外見不相応の風格が漂っていた。
「んで、あいつは何だったんだ」
「……同級生だ。私のクラスの、学級委員長をしている」
「は?」
学級委員長?
あの格好で。
「まぁ、態度、服装には大いに問題があって、まともに業務をしているとは思えないが……人望はある
ぞ。実質、クラスの雰囲気を彼一人で操っていたのだから」
ふっと、エンドは笑う。
「操るって……」
「気に入らない授業のボイコット、担任教師へのいじめ、集団早退などなどの中心人物だった」
エンドの言葉を飲み込むのに少々時間がかかった。俺が小学校の時とは、まるで違う殺伐とした内容に、耳を疑う。
「……お前、クラスの関係は良好だとか言ってたじゃねぇか」
転向初日、食卓で楽しそうに語っていたのを思い出す。
「良好にしたんだよ。裏からの情報作戦、時には一部の保護者にリークして、一週間ほどで生徒が自分の椅子に座ってまともな授業風景を作り出したんだ。不自然なほどに自然に、いつのまにか――もちろん、私が全てを動かしたとは悟られないように」
「お前、『これから楽しみ』って言ってたのは……」
「もちろん、このことだ」
あきれてものが言えない。想像は容易だった。崩壊しているクラスほど、エンドにとってはやる気が出る対象だったのだろう。
「んじゃあ、あいつはお前がコテンパンにのしたとか、そういうことなのか? 学級崩壊の要因だっていうなら。それで、恨まれたとか」
そんな反応じゃなかったが。案の定、エンドは首を振った。
「そんなことはないさ。彼がもがいていたのは、ただ誰かにわかってほしかっただけなのだから。子供が
暴れるのには理由がある。そしてそれは大抵、本人ではなく周りにあるのだ。それなのに、彼一人を排除しても何も変わりはしない。だから、ただ利用しただけだよ」
さらりと、情のない言葉を口に出す。俺は思わず眉をしかめたが、エンドはそれを見て笑ってくる。
「新学期に入る前から、いろいろ探りはしていたからな。彼の家庭環境などもすべて把握していたし、どうすればコントロールできるかも策は練済みだった。彼さえどうにかすればことはうまく運ぶはずだった。自分が他者に与える影響力をよく知っている彼がその気になれば、騒乱に満ちていたクラスを平定するのは簡単だ。そう……こんなにも早く」
急に、エンドが頭を抱えた。俺が聞く間もなく、呻くように語る。
「……当初の計画では少なくとも一か月はかかるだろうと思っていたんだ。なのに、雨井くんが」
エンドは顔を俯けたまま、ランドセルを探る。取り出してテーブルに置いたのは一枚の封筒。
「これは?」
「ラブ・レターだ」
「はあああああああ?」
とんでもない驚きの言葉を口から発してしまった。エンドは「笑えばいい、笑うがいいさ」と暗く笑っている。
「いや……確かにあいつ、エンドに気があるそぶり満々だったけど。今どき、ラブレターって……」
古典的な代物だ。意外とピュアだな、あの小学生。
「お前、何したんだ? 利用したって、一体どうしたんだよ」
恐ろしい光景が、頭に浮か……
「言っとくが、私は何もしてないぞ。ただ、言っただけだ『雨井くん、かっこ悪い』と」
エンドはふんと鼻を鳴らした。
「家庭内の不和、あの髪色も親から強制されたものだそうだ。彼はそのことでずいぶん荒んでいた。だからああいうアピールの仕方をする。しかも、容姿を重点的に改造するという事は、自分が少しでもよく見られたいからだ。だから、彼のプライドを少し傷つけてあげた。さりげなく、効果的に。君を『かっこいいお兄ちゃん』と引き合いに出してみたり」
それか。
そのせいで、俺はあんなライバル認定みたいなことをされてしまったのか。
エンドは軽く言うが、絶対トラウマになるレベルで責め立てたのだろう。無邪気な笑顔で、何気なく、すばっと……かわいそうに。
「私としてはこれを機に少しは己を振り返ってくれはしないかと、その程度のきっかけみたいな作戦だったのだが。効果は絶大だった」
絶大すぎたんだな。エンドが自虐の笑みを浮かべ、投げやりに笑う。
「あっという間にクラスの良きリーダーになり、揉め事をすべて平定してしまった。服装関係はまだあんな感じだが、先生に対する態度もがらりと変わって、そして――そして、だ」
震える指で、エンドは封筒を指す。
「これがロッカーに入っていたのだ」
俺は封筒を手に取り、すでに開封されているそれから一枚の紙を取り出した。そこには……
『かっこよくなってやるから、俺と付き合え』
……なんてピュアな奴だ。
さっきまでのあいつへのわだかまりがすっと溶けていくのを感じた。
だがエンドは苦悩で頭を押さえる。心なしかツインテールもしょげている。
「さっきの消しゴムもな。あれ、盗まれたんだよ。わざわざこの家に来る口実を作るために、だろうが」
というか、なぜこの家の場所を知っていたんだ。と、ぶつぶつエンドは呟く。
新鮮だな。いつもは人(俺)を振り回す癖に、今回は全然そんな否理師とか関係ない一般人に振り回されてるなんて。
思わず顔がにやけてしまうのを押さえられない。
エンドはそれを見て、睨むような顔を一瞬したが、すぐに戸惑いの表情をあらわにした。
「なぁ、在須。どうすればいいだろうか」
まるですがりつくかのように、彼女は言った。
「お前な、これは想定していなかったのか?」
不良少年。おせっかいやきな女子に恋をすることによって更正する。
唄華が好きな少女マンガの展開によく似ていた。
「いや……まさか、こんなことになるとは」
「今までの人生ではこんなことなかったのかよ」
「……君には悪いが、この体は不都合が多すぎる」
申し訳なさそうにそう言うと、エンドは自分のちまっとした体を見る。
「今までは自立した女性でいればよかったが、子供の身分ではそれは不自然すぎるだろ? このキャラが一番合っていると判断した結果だったのだが……私は、間違っていたのか」
あ、とうとう自分のぶりっ子キャラも否定しだした。
珍しくしどろもどろになっているエンドが、少し哀れに見えてきた。
「きっぱり断ればいいじゃねぇか」
「で、でも、断るのも、彼がまた逆戻りする可能性もないとは言えないし、かといって優しくすれば気があると思わせてしまう……。在須、私はどうすればいいのだろうか」
……これは、完全に混乱しているな。
俺に頼ってくることなんて、今まであったか? 何でも自分でやろうとするこいつに、劣等感や無力感を感じていた。しかし、こんなことでここまで取り乱してしまったこいつを介抱する役を追うなんて。
俺は何だかおかしくなってきて、エンドに半ば笑いながら言った。
「いいじゃないか。あいつ、ませてはいるが、お前に対してマジなんだろ? 嫌なら断れ、興味あるなら付き合ってみろ。俺としては、このまま付き合ってみたほうが面白……」
「私は、恋などしない」
軽くからかっただけのつもりだったのに、エンドは強くはねのけた。
「在須。私はこの六百年で様々な役を演じてきた。味方も、敵も、英雄も、化け物も、裏切者も、仲間も、教師も、生徒も、姉も、妹も、娘も――母も」
全て、誰かのために。進んでその立場を演じた。
「だがね、私は《妻》と《恋人》にはなったことがない」
「……」
「これからも、ありえはしない」
きっぱりとそう言われ、俺はさっきまでの浮かれていた気分がすっと覚めていってしまったことに気が付いた。
何か言いたかった。その常に一人でいようとする生き方に。何か、言いかけて――口を閉ざす。
「……それでお前がいいなら、俺は何も言わない。お前は俺をそう言って認めてくれたから」
俺の立場から、エンドの主義を責めることはできない。
これは、俺が口出しできることじゃない。
「だがこれだけは言わせてくれ。その道を選んで、お前は本当に幸せなんだな」
他者の幸せばかりを祈り続ける。ずっと、違和感だったのだ。自分は――お前自身はいいのかよと、言いたかった。
エンドは当然のごとく笑った。
「馬鹿なことを言うな、在須。私の幸せはみんなの笑顔だ。私は――幸せだよ」
予想通り過ぎる返答に、俺はそっと目を伏せた。
あの文化祭の日から、俺とエンドの関係はぐっと近いものになっていった。でもこうして、どうやっても分かりあえないものがある。
否定し合わない代わりに、干渉しない。そんな条約をいつの間にか取り付けてしまったのか、近いのに――遠い。
暗い考えになりそうになって、頭をふるう。
「ま、いいか。そういえばさ、そのさっきのあいつの名前なんて言うんだ?」
話題を変えようと唐突に切り替えると、エンドは少し躊躇しながら言った。
「……雨井がおうくんだ」
「……は?」
がおー……ライオンか!?
「牙の王で牙王だよ。かっこいいと賛美する者も取り巻きの中にいるが、彼自身はあまり気に入ってる様子はないな。呼んだときに振り返る必死さが、君にそっくりだ」
雨井牙王。
自分の身体か傾きそうになるのを感じた。
哀れ……。
自分の幼少期が思い出されて涙ぐみそうになる。
「君の名と、いい勝負かな」
「うるさい! 大体、こういうのは親の身勝手だ。子供がどんな気持ちで過ごす羽目になるか真面目に考えてみろ。絶対つけられないはずだ。俺は自分の子供はごくごく平凡な普通の名をつけると心に決めている」
立ち上がり怒鳴りつける俺を見て、エンドが先ほどの嘲笑うような笑みではなく、くすくすと小さく――少し鈴璃に似たような感じで笑った。
「さて、相談事はこれだけじゃないんだ」
自分の中で区切りでもついたのか、エンドは話を変えた。
「在須。明日からの三連休、空いているだろう?」
「…………空いてる」
……沈黙に意味はない。
断じてない。
この返答が後に後悔をうむと分かっているが、俺はこの道を選ぶ。
心の中で葛藤している俺に気づくはずもなく、エンドは迷いもなく頷いた。
「ちょっと用事があってな――《秩序》に、行くぞ」
更新遅くなりました!
今月はこんな日々が続きそうで、忙しすぎます……
でも、諦めず書き続けます!
頑張ります!!




