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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第四部:歪なヨゲン
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序章 改革・恋

 平和な世界でも、完全な平穏などありはしない。そんな切なすぎる現実を痛いほど認識させられるほどの無秩序さだ。

 授業中だというのに生徒は走り回り、少し高齢に見える担任教師が声を張り上げてもまるで言う事を聞かない。

 事前調査によると、この学年の生徒は去年、新米だった担任教師に子供らしくない陰険な方法で嫌がらせをし、危うく自殺未遂にまで追い詰めたらしい。

 だが子供たちは自分たちがしたことのその結果を知らない。

 なぜなら、「自殺」という不穏な言葉を子供に直接的に背負わせるのは酷だと、大人たちの独善的な配慮で穏便に依願退職としたらしい。


 間違っていると、私は苛立ちと共に思う。

 この子たちは自分の過ちに気づかずまま、大人になるだろう。その先で待っているのは、冷たく、荒みきった世界だ。

 他人を傷つけても分からない。自分たちの傷にしか目がいかない。自分のことだけに泣きわめき、他者は簡単に踏みにじる。よしんば気づいて、助けを求めても、誰がそんな彼らを助けるだろうか。

 その負の連鎖は続く。彼らの子供たちへと――。

 そんな未来を、次代に与えたいのか?


 全く始まらない授業。担任が声を張り上げているが、クラスの嬌声は収まらない。五年になってもう半年も過ぎているのに、私が以前通っていた小学校が六月にしていた内容だった。まぁ、これでも、この状況でよく進んだものだ。内容が彼らの頭に入っているかは別だが。

 さて……どうしたものか。

 私はひっそりと、ほんの少しだけ口角を緩ませた。

 これから「お友達」となるクラスメイトだ。ぜひとも仲良ししておきたいと思う。

「みんな」と。

 クラスをよくよく眺めていると、この場の雰囲気について行けない子たちがちらほらいるのが分かる。俯いて座っている気弱そうな女子。ノートを破かれ、あきらかにいじめられているのを必死に耐えている男子。うんざりという目つきで、教師を睨みつけている少女。われ関せず、と既に大人びた雰囲気で塾の宿題を一人せっせと進めている少年。

 さて――みんなと仲良くするためには、何をすべきか。


「あれ? あなた、だれ?」


 隣の()に座って、友達ときゃはきゃは騒いでいた女子が今頃私に気が付いて声をかけてきた。

 先ほど担任から紹介してもらったのだが、やはり聞いていなかったのか。


「初めまして。尾城儀鈴璃って言います。今日から転校してきたの。よろしくね」


 私は呆れながらも顔には出さず、親しみをもって返答する。

 途端、転校生? と周囲の者たちが浮き足立ち私の周りを囲む。


「どこの学校から来たの?」「好きな芸能人は?」「なぁ、なんで突然転校してきたの?」「好きな人はいる?」


 矢継ぎ早の質問に答えながら、私は生徒それぞれのポジションを探る。

 おとなしめだが暗いわけでもない、普通の女の子を演じながら。

 その時、不意に視線に気が付いた。

 ちらりと目をやると、子供たちの隙間からこちらをじっと見てくる少年がいた。

 まだ小学生というのに髪を茶髪に染め上げている少年は、まだ幼さい顔をこちらに向け睨むようにして様子をうかがっている。

 あの子供は……確か両親がモンスターペアレントじみていて一年のころに些細なことで教室に押しかけてきたがため、教師陣から悪い意味で一目置かれている少年だった。確か、去年の出来事も、新任教師が義務感から彼の親に彼の授業態度等について面談をしたことがきっかけで始まったのだったか。

ほんの少し観察しただけだが、クラスの雰囲気もこの少年が中心と言っていい。

 まっすぐにここに混ざってくると思っていたが、唇を尖らして睨んでくるだけで何もしてくる様子がない。違和感を覚えたが、すぐにそれを意識の外に置き、とにかく現状の情報整理を優先する。

 そしてその対応策も。


 これまで私は自分の子は持たなかったにしろ、様々な立場で多くの子供の「教師」、または「母」になった。

 子供の扱いに関しては自信がある。 

 確かに争いの場にある子らの不幸と、この場とは不幸の形が違えど、子供たちの欲求は同じである。

 このような子供時代を過ごした経験はなかったが、小学一年生からやっているためだいたいの振る舞い方は身についている。

 さて――始めようか。

 悪いが私の独善で、この教室を改革させてもらう。


×××


 二学期が始まって二週間が経った。高校二年生の二学期となれば、早い奴は受験について悩みだすし、俺みたいな適当な奴にはとくに変わり映えのない学校生活が再び始まるというだけだった。

 そして、唐突だが、


 家の前に不審者がいる。


 ……と言っても、なんとなくいるなと分かるだけで、まだ姿を見たわけじゃないが。

 学校から帰宅途中、家も間近に迫ってきたころ(ちなみに未だに徒歩通……。体力がつくだろうと、もう諦めた、いろいろと)、なんか家の辺りに人がいる気が何となくした。通行人というわけでもなく、同じ人物がずっと俺の家を見張っている。

 おそらく、今、俺が背を向けている電柱の陰に。

 植え込みとかあって、うまく隠れていればなかなか見つからない場所に誰かいる……気がする。

 唄華じゃない。一瞬、思ったが、あいつはうまく言えないがもっと違う感じだ。

 それに――、こんな殺気を俺に向けてくるような奴じゃない。

 はた目から見れば、ドアに手をかけたまま立ち尽くしている俺に、明確な殺意をぶつけてくる。

 とうとう俺はこんなものまでわかるようになったのかと、自分の逸脱さを感じた。

 これは俺の勘ではなく、再開されたエンドとの修行によって培われた経験則だというのが辛い。

 今までのあれでも手加減されてたんだな……と懐かしく、ほんの一、二か月前を振り返る。いや、《魔女》ってのは伊達じゃない。痛みがあったら、俺は今頃発狂していたのだろう……。


 ま、それはともかくとして。

 唄華じゃないとして、この家を狙う存在は思いつく限り、《否理師》――それだけしかいなかった。

 警戒しながら、ズボンのポケットにそっと手を入れ、軽く《想片》に触れる。しゅるしゅると指に巻きついてきた感覚があった。

 仕掛けるか?

 自分の中のはやる気持ちを抑えるのが大変だ。先日の文化祭の事件は記憶に新しい。エンドは完璧に興味を失くしていたが、俺はその見ぬ相手に憤りを抱いていた。

 こいつがあの否理師かもしれない。

 疑念が頭の中で広がり、無視して家の中に入ることも、相手に対峙することもできず、ただ沈黙が続いていた中――


「あれ? 雨井くんだ」


 幼い少女の声が耳に飛び込んできた。

 ばっと振り返ると、俺がいると目星をつけた場所の前にエンドがしゃがみこみ、話しかけている。

 ランドセルを背負っているのを見るからに、ちょうど今帰ってきたところという感じだった。


「……、……」


 植え込みの中から何を言っているかはわからなかったが、子どものような声がした。

 エンドが、少し怒ったような表情をして茂みの中に手を突っ込む。


「そんなところに隠れてないで、出てきてよ。ほら」


「……わかった」


 ぼそりと呟くとそいつはエンドに腕を引っ張られたまま、渋々と言った表情で出てくる。植え込みの葉や枝が髪や服についていて子供らしいという感じだったが、立ち上がる間際にぎろりと俺を睨んだ表情は、可愛げがなかった。

 まだ幼い顔立ちなのに、ませているというか、今どきというか、茶に染めた髪がうっとうしいくらい長く、前髪も目を覆いそうなくらいだ。格好もちゃらちゃらしていて、ごつい指輪とか装飾品も多い。おとなしめのワンピースを着ているエンドと並ぶと、違和感がより一層際立つ。

 今どきの若者は……という言葉は嫌いだが、俺の小学校時代にはこんな奴がクラスに一人もいなかった。唯一かぶるのは、乱暴に扱ったせいでぼろぼろになったランドセルくらいだ。


「なんだよ……」


 意図せずにじろじろと眺めてしまったらしく、少年はより不機嫌そうな顔になってがんを飛ばしてくる。


「あん? 俺のどっかがおかしいか? おい、言ってみろよ、くそじじい」


 ……俺は短気な方だと思うが、流石に小学生に言われてもな。

 古臭いヤンキーみたいだ。声変りに入る前の中性的な声音で言われても、がんばってるね……と冷めた気持ちしかわかない。

 こういう時、唄華だったら乗ってやるんだろうが。どうすればいいかわからず、俺は何も言えず固まるしかない。


「耳でもわりぃのかよ。この、カス。人様の問いにはきちんと答えるべしってのは、子供おれたちでも知ってるんだぜ? あぁん? 見下ろしてんじゃねぇよ。人を見下して、そんなに楽しいですかぁ。何様だお前、王様か? 神様か? なめてんじゃねぇぞ」


 ……俺はあまり子供の扱いは得意じゃない。

 だから黙って耐えるべきかと思っていたが……これは、何かしなければいけないんじゃないか?

 教育とか、しつけとか、世間の厳しさとか、礼儀とか。

 ちなみにこうやって俺が悶々としている間にも、少年の罵倒は続いている。

 俺が堪えている理由は一つしかない。

 少年の後ろで、エンドが声も出さずに呟いたからだ。


『私に任せろ――さもないと』


 読唇術も学んでいる最中だ。 

 まだまだなんだが、瞳孔を開ききらせて先ほどの少年の比ではないほどの殺気をぶつけられたら、人間だれだって頑張る。

 

 そうやって、ひとしきり少年に喋らせてあげた。がんばった……おれ。

 ふぅと一息つくと、そいつはエンドを振り返り言った。


「おい、尾城儀。こいつ、誰だよ」


 やっとかよ!!


「この前話した、鈴璃の従兄のお兄ちゃんだよ。かっこいいでしょ」


 自慢げにエンドは言う。

 普通に考えたら照れるところなのか? だが、嘘っぽい。そこだけ棒読みな気がするぞ。(いい)みたいな。仲が良い従兄関係をアピールするために言った言葉ととらえたほうが正解だろう。

 エンドの演技が、最近見抜けるようになってきた。 


「ふうん……」


 少年の目がより一層細くなって、俺を睨む。おいおい、狐みたいになってるぞ。俺、何かしたか?

 戸惑うばかりの俺に構わず、エンドが話を進める。


「で、なんで雨井くん。鈴璃の家の前に居るの? 学校終わった後、雨井くんすぐに出て行っちゃったから、竜田くんが探してたよ」


「……別に」


 ぷいっと雨井と呼ばれた少年はそっぽを向く。と思うと、自分のポケットを探り、ふんとエンドに何かを差し出した。


「これ……鈴璃の消しゴム?」


「拾った……」


 ん?

 心なしか、少年の顔が。いや、完全に真っ赤になってる! これは……そんな。


「失くしたと思ったのに。届けに来てくれたの?」


「……ん」


 もはや一言ずつしかしゃべらなくなった雨井の手からエンドは消しゴムを受け取る。


「ありがとう」


 にっこりとエンドはほほ笑んだ。雨井はちらりとそれを見る……と、あ、耳まで真っ赤になってる。なんてベタな。


「じゃ、じゃあ」


「あっ、雨井くん」

 

 走り去ろうとした少年を、エンドは引き留める。


「なんだよ」


「お兄ちゃんに、謝って」


 今更かよ!


「前、言ったよね。鈴璃、そういうこと言う人、いやだって。かっこよくないって。雨井くんは……私に、悲しい思いさせないで」


 ……エンド、瞳を潤ませて俯く。

 雨井少年、悔しそうに俺を一瞥して、


「悪かった」


 …………こんな見え見えの茶番劇を前に、俺はどうすればいいのだろうか。

 笑ったりしないように、顔を制御するので精一杯だ。

 今度こそ、そいつは走り去る。

 そして、俺の横を通り過ぎようとした。その刹那――小さく、ぼそりと、


「調子に乗ってんじゃねぇよ」


 ……俺は、お前に何かしたか?

 小さな背中が遠くなるのを、俺はただ呆然と見ていた。

 そんな俺の隣にエンドは並んで、同級生を見送る。その顔に張り付いた、純粋無垢な可愛らしいという言葉がぴったりな笑顔――だが、よく見ればわかる。その口元が、わずかながら引き攣っていることを。


「……もういいんじゃないか」


 俺がそういうと、エンドは肩を落とし、「実」年齢相応の深い、深いため息をついた。


「ただいま……在須」


「おかえり。んで、いろいろ聞きたいことがあるんだが」


「奇遇だな」


 エンドは気丈に言い放つ。


「私も君に相談したいことがある」



四部、スタートしました!

在須視点復活で「秩序」編です。


キーワードを挙げると、「愛情」「優しさ」「道化」「罰」です。


いっつも優しさ出るなぁと思いますが、こんな感じでw

そろそろ「終末」にも触れていきたいと思います。


アドバイス&感想等、いただけたら幸いですwww



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