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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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終章 手のひらにある『温度』

「この枝は《収集器》の強化版……といったものかな。周囲から強制的に《想い》を吸い取る。波長が合った者には特に顕著に効果が表れたのだろう」


 彼女と別れ、私は在須と彼の教室に戻った。生徒の姿は未だなく、中途半端に片づけられた教室は散在としていた。

 私は彼から渡された枝を見分していたが、不愉快な気分になり無造作にへし折った。


「おい! 何やってるんだよ!?」


 私が放り投げた枝を慌てて在須が拾うが、それはすぐに光の粒子となり散った。


「ふん。これを調べても、何もわからないさ。それに、それを生み出した否理師はもうすでにこの街にはいない」


「……なんで、わかるんだ?」


 在須が首を傾げたが、私は答えずにただ窓の向こうを睨むように見る。

 人の《生命》と《記憶》を操る否理師。

 もし彼がこの街に残っているというなら、唯生(いお)が見つけていてすぐに私に伝わってくるはずだ。唯生は決して無茶はしない。

 たとえその相手が、自分の全てを賭けてでも見つけたいと望んだ存在であっても。


「まぁ……教えてくれないなら、いいや」


「ほう、珍しいな。君が簡単に引き下がるなんて」


 笑って茶化してみたが、内心かなり驚いていた。在須は頭を掻く。


「いや、今回は俺の方がいろいろお前に黙っていたし。どうしても、俺の力で何とかしたくてさ。……嫌でも、先輩の気持ちわかる様な気がするから」


 片手で目を押さえ、上を見上げる。その姿はまだ痛みを引きずっているかのように見えた。

 だが――違うんだ。


「何笑ってんだよ」


 私を見て、在須が不快そうに眉を寄せた。


「笑ってないよ」


「笑ってる」


 私は自分の顔を触る。

 …………。


「ほら、どこが笑っているのだ」


「自分の頬いじって、平静を保とうとしてるやつに言われても」


「笑ってない!」


 必死に主張するが、それでも自分の顔がにやけるのを止められない。諦めて、私は聞こえないように顔を俯けて小さく、小さく呟く。


「……強くなったな」


 泣いていた少年はどこにいったのか。

 守らなければと気張っていた自分が恥ずかしくなるほど、彼は……。

 思考を止める。

 この先は、あまりにも悔しすぎる。


「ふうん……」


 在須が反応したので、私は顔をばっとあげる。

 必死に吹き出すのを押さえて、また変な顔になっている在須がいた。


「ドッ、ドウシ、タンダ?」


「ロボ風に動揺されても、誤魔化されないからな」


 聞かれてた! 


「聞くなー!」


「聞こえたんだよ。俺に八つ当たりされてもなぁ」


 にやついている在須。あれっ、私たちはこんな関係だったか?

 もっとシリアスで……間にあった壁はどこにいった!?


「あー、どうしよう。こんなこと言うの恥ずいけど……嬉しい」


 そんなこと、言わないでくれ。

 素直に喜ばれると、私はどう反応すればいいのだ!


「これで、唄華にいじめられた分が報われる……」


 あぁ、と在須は突然頭を押さえる。


「ど、どうした、在須?」


「エンド……」


 彼はふらりと私を見る。


「世界には、知らないほうがいいことでいっぱいだ」


「……はい」


 蒼白な顔、完全に死んだ目に、私はうなずく。


「毎日、毎日、毎日……」


 ぶつぶつと呟いている。 

 何があったんだ…………。


「まぁ、お礼として、俺からもお返しに言ってやるよ」


 正気に戻ったらしい在須が、まっすぐ私を向く。

 その表情は苦笑、に近いのだろうか。呆れるような顔をして――



「お前は、変わらないな」



「……何のことだ?」


「《慧子》さんが最後に喋ったのは、お前が動かしたからだろ。いや、それだけじゃない。《慧子》さんが、永河原先輩を助けたのも」


「そりゃそうだろ?」


 私は嘲笑う。


「人形に意思があるわけない」

 

 やはり、在須にはばれてしまったか。

 あの人形の業の構成は、持ち主の意思に反応するようになっているため、ひどく簡単で干渉しやすい。彼女が飛び降りようとした時私がとったとっさの行動は、在須のように駆け寄ることではなく――自分の《想片》を用いて人形を操作することだった。


「彼女の最後の言葉は、永河原絵亜が言ってほしかった本当(・・)の言葉だよ。表面の言葉しか反映できなかった人形の性能を、引き上げたんだ」

 

 ふてぶてしく応える私に、在須は嘆息をつく。


「何でそんなことを……と聞いても、答えはもう決まってるんだろ」


「それが、彼女の幸いだと思ったから」


 永河原絵亜が落ちる前に、在須は間に合っただろう。彼が身体強化の業を使おうとしていたのが、目の端に映りわかった。

 でもそれでは、彼女は救われない。 


「永河原絵亜が泣き続けると思うと、私は耐えられなかった。その涙を止めるなら、どんな嘘もつくし、どんなに非難されようと騙しとおす。それが、彼女の笑顔につながるのなら」


「…………」


 笑う私に、冷たい視線を在須は向ける。

 君は、そんな優しさは間違っていると言いたいんだよね。

 だが他に彼女を救えry方法を思いつかないから、黙っているしかない。

 優しい君は、他者を自分と同じ茨の道に突き放すことができない。それは甘えだと思っても、《私》の嘘を君は他者に打ち明けられない。

 強くなった。変わろうとしている君は、悔しいほど素晴らしい。

 だが、変わらないね。その《優しさ》は。


「……俺にはいらないからな」


 在須は静かに口を開いた。


「俺には、そんな《優しい》欺瞞はいらない」


 私はゆっくり頷く。


「茨の道こそ、君にとっての幸いと言うならば」


 私は、その幸せを認めよう。


×××


 生徒たちの嬌声が、グラウンドから聞こえる。

 騒がしく、でも決して耳障りには聞こえないそれを、俺は目を閉じて聞き入った。


「深漸くん、はっけ~ん!」


 がらりと、教室の扉が開かれる。暗闇に閉ざされていた部屋に、廊下の光が眩しいほど差し込んできて目が眩んだ。


「あれ? 何で。真っ暗なのかな~? 何も見えないなぁ。これじゃあ、何をしちゃっても不可抗力だねっ。ふふふ、深漸く~ん」


「そう言いながら、まっすぐ俺に向かってくるなよ」


 ずんずん近づいてくる唄華の気配に向かって言い放つ。


「愛の力で! 深漸くんの位置なら、宇宙から探索中なり!!」


「またGPSか!? 二回も同じネタを使うな!」


 いや、それでもこんなに細かい位置はわからないだろ。ここにいるのがばれたくなくて電気も消してたんだし。

 匂いで~とか、獣並みに夜目がきくから~と言われても対応できないから、もうつっこまないことにする。興味もない。

 そのはずなのに過剰反応してしまうのは、完璧に癖になってしまっている。


「後夜祭、参加しないの? 楽士くんたちが、キャンプファイヤーが始まってから姿が消えたって騒いでたよ」


「あぁ、なんか気分じゃなくて」


 今回は、いろいろ疲れた。

 情報もないし、エンドの力も借りなかったから、ほとんど《勘》で進むしかなかった。自分で選んだことだったけど、今思えば無謀だった。


 他人事に思えなかった。


 人じゃない《彼女》を見て、

 別人の《従妹》を重ねた。

 すべて推論で導き出した答えに、何の非難の言葉も、同情の言葉すら浮かんでこなかったのは、俺と彼女の違いが《わかってしまう》かどうか、それだけだったのだから。


 知らなかったら、よかった。


 幾度となく思った言葉。本当に知らなかったら、俺はあの幸いを受け入れていただろうから。


「でも、それができない。それが深漸くんなんだよ」


 唄華の声がする。


「深漸くんは、そんな自分を不幸だと思う? 普通の人の方が、よかった?」


 いつもの軽い調子で聞かれて、俺は鼻で笑って言った。


「さぁな。俺は俺だ。いくら変わりたいって望んでも変わらないそれだけは、どうしようもないだろ」


「もしもね」


 唄華が俺の隣から尋ねる。


「私だったら変えてあげれるよって言ったら、どうする?」


 神妙な声で言われて、俺は吹き出す。


「何だ? お前は人の人格に干渉できるスキルも持っているとかいうつもりか? どんだけお前万能なんだよ」


「できるよ? 深漸くんのトラウマ克服に貢献してあげた時みたいにっ」


「あぁ……」


 地獄の光景が脳裏に浮かんだ。

 想片を再びスムーズに使えるようになるためと、赤い物への耐性をつけるためだという連日の謎の修業。

 ある意味で……エンドのものより過酷だった。


「またあの拷問……いや、特訓してあげようか?」


 拷問って言ったよ……。この人、認めちゃったよ……。

 人の(トラウマ)ぐりぐり抉って、高笑いしたことを…………。


「ね? どうする? 楽になれるかもしれないよ」

 

 それはお前に殺されるという事か、そういう事なのか?


「違うよ~。ね、今回だけは私の話もマジだよ。たぶん」


 適当すぎる……。しかも今回だけとか。

 呆れながらも、少し考えてみる。


《普通》の自分。

 

「――いいよ。俺は、俺のままで」

 

 答えはすぐに自分の口から出てきた。


「俺は《俺》とも戦ってるんだ。強くなるために、変わるために。もしそんなことをしたら、敵前逃亡みたいなもんだろ。そんな情けないこと、俺はしたくない」


 唄華はきっと俺の答えを当然のように知っていた。

 その証拠に小さく笑う声がして、そっとその体が俺にもたれかかってきて――

 まぁ、今日はいいか。

 方法はどうあれ、いろいろ手伝ってくれたのは事実だ。

 感謝してる。


「ふふふ。深漸くん」


 幸せそうに、唄華は言う。


「私はそんな深漸くんのことが、大好き」


「それは俺が『普通じゃない』からか」


 以前から思っていた疑問。

 平凡を厭う彼女がこんな俺を好きだという理由は――そこしか思いつかなかった。


「ばーかだなぁ、深漸くん」


 だが、唄華は俺の手に自分の手を絡めて笑う。


「私はそんな、自分に厳しくて、でも優しい――深漸くんの人柄が好きなんだよ。こんどそんなこと言ったら、指を二本折っちゃうぞ?」


 ぎゅっと指を強くつかまれた感覚がある。

 これ……本当は相当痛いパターンじゃないのか。


「深漸くんが悪いんだよ。乙女心を傷つけるから」

 

 拗ねたような唄華の声。

 まぁ確かに。唄華の言葉の真偽は置いといても、俺を「好きだ」と言ってくれる奴に言うには失礼なことだったかもしれない。

 まぁ、すまないと思っておこう。


「口に出してくださーい」


「それより、唄華。暑い。手を離せ」


「ふんっ。罰として、しばらくはこのままなんだからね」


 ぎゅっと手を握られた。その強さに、これはしばらくどうしようもないと観念する。

 エンドとは違うけれど、同じように《変わらない》唄華。俺が迷うたびに、(くさび)になってくれる彼女。

 これでも――感謝はしているんだ。心から。


 まだ熱気が残る、夏の終わり。

 汗ばんでいく、二人の手のひら。 

 



第三部、終了です!

読んでくたさった皆様方、心より感謝です!!


三部は「仲直り」「優しさ」を主軸に置きました。

一応の仲直りができて、ほっとしてます。

その結果、二人の関係は今までのものと少し違うものになった様な気がします。


次部から在須視点に戻ります。(《秩序》出てきます!)


エンド視点はある意味試みだったのですが、書いてる感じは違和感なく、とくに在須視点と変わらず……でした。

どちらのほうがよかったか、よろしければ感想などいただければ嬉しいですwww


相変わらず未熟な作品ですが、少しずつでも成長できていけたらいいなと思っていますw


これからもよろしくお願いします。


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