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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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四章 コウカイに塗れたネガイ3

 永河原絵亜。深橋高等学校芸術科三年E組。油絵を基本とし、風景を題材に描くことが多い。柔らかで優しい画風が注目され、数枚は既に高値で売られたと噂されている。

 小学生のころに通っていた絵画教室でその才を発揮、中学校に進んだころにはすでにその界隈では将来を有望視されていた。

 本人の性格は至って穏やか、率先して人前に立つことはないが自然と人に慕われ、その容貌もあって近寄ってくるものは少なくない。だが、どこかしら孤高な雰囲気が漂っているためか、親友と呼べるような人間、恋人と呼べるような異性がいたことはない。取り巻き、うまくいっても友達といった人間関係しか築けていない。これは幼いころからそうだった。

 そんな彼女の孤独を癒していたのは、双子の姉である慧子だった。

 

 慧子の性格は控えめ、悪く言えば引っ込み思案で、おとなしいというより暗いという印象を与えてしまうコトがある。気が弱く、中学生のころは軽いいじめに遭っていた経験もある。だが、絵亜といるときは微笑んでいることが多く、お姉さんらしく励ましたりする。

 今垣慧子。旧姓、永河原慧子。彼女たちがあれほど瓜二つであるのに噂にならないのは、姓が違うことも一つの要因になっている。

 

 彼女の両親は、彼女らが小学校二年生の時に離婚している。絵亜は母に、慧子は父に引き取られた。父はその後すぐに他界し、慧子は父方の祖父母に育てられてきた。

 当時、慧子は絵亜と同じく絵画教室に所属しており、父が生きていたころは父の実家に近い教室へ場を移してもなお絵を学んでいた。しかし、その擁護がなくなると厳格な祖父母は「何にもならない」絵を描くことを禁じた。もともと慧子たちは、父が母と駆け落ち同然に家を出た結果生まれた子であり、長男であったのに家を捨て、しかものうのうと帰ってきたと祖父母は父に業腹だった。

 それから慧子は古い格式ばった家で、趣味に時間を費やすこともできず、祖父母の癇癪と説教にさらされ続けることになる。

 

 二人は偶然同じ高校に進学し、そして手紙ではやり取りを続けていたものの、七年ぶりの再会を果たした。それからは美術室などで、二人が会っていることを度々目撃され、事情を知らない者たちによってドッペルゲンガー説が流れたこともあったらしい。

 でも、それは一年生の時の話。

 二年に進級することになって、徐々に慧子は学校を休むことが多くなった。一方、絵亜はコンクールに積極的に出展するようになったことで美術室にこもることが多くなり、二人一緒にいる光景が見られることは徐々に少なくなっていった。

 

「実はね、慧子さんは二年生の後半からずっと休学してるんだよ。家庭の事情……だったかな。そして、絵亜さんは三年に進級したばかりの四月からつい最近まで同じく休学。しかも、海外留学が決定した矢先だったから、それなりに教師陣は揺れたらしいよ~って、いうのが、私が教えられることかな」


「……本当は、あなたには全部わかっているのだろう?」


 未だ正体不明の否理師がだれかも、謎の失神事件の真相も、在須の異変の理由も、何もかも。


「ネタバレしちゃったら、つまらないんだよ? 鑑賞する方としても興ざめだし~」


「……」


 ため息を吐くことでしか、神を非難することができなかった。


 文化祭終了のアナウンスが流れ、生徒のほとんどが行動へ向かってしまいほぼ無人となった校内に、神の手引きでこっそり侵入した。

 それでもこうして堂々と廊下を歩けているという事は、やはり神の計らいによるものだろうか。


「今日もなかなかの盛況ぶりだったよ! 一般の人たちが混じる初日も楽しいけど、生徒だけしかいないっていうのもはっちゃけ具合が違うんだよね~。楽士くんが、ま~た深漸くんにあの服着せようとして……みんなで楽士くんに経を読んであげたんだよ。アーメン!」


「いろいろ混雑しているぞ」

 

 いつものように浮かれている神に、適当に相槌を打ったりしながら校内を進む。

 正直なところ、私はどこへ向かっているか知らない。さっきから階段を上ったかと思うと下りたり、同じ廊下を三度も歩いたりするなど無駄なことをしている。


「いい加減、どこに……」


「もうちょっと待って。今回はちゃ~んと私が舞台を作ってあげるから」 


 ……本当に、不気味なくらいだ。

 神がここまで私の手を引いてくれるなんて。


 嫌でも、あの時を思い出す。あの時、私を導いてくれたのは神だった。

 この《魔女》となる道を開いてくれたのは、神だった。

 だから、信仰していた。すがっていた。期待していた。

 終わりを知った後も、それがどういうことかわかった後も、完全に信じることができなくって。

 ――裏切られて、裏切った。今でも鮮明に思い出せる、私にとって終わりが始まったあの夜から、神に、(あなた)に、何かを願おうということはやめたのに。


「エンドちゃんはね、最初から間違ってたんだよ。私は別にあなたを裏切ってないよ」


 数歩前をいく神は、嘲笑うでもなくただ事実を語る。


(わたし)はもともとこういうものだよ。だって、人じゃないもん。今はおもしろいから人型をとっているだけで、過去にはバクテリアにも、恐竜にも、植物にも、虫にもなったことがあるんだよ。なんで、人類(あなたたち)だけに

肩入れしなくちゃいけないの?」


「……在須は、別なのだろう」


「だって、恋しちゃったんだもん」


 両手を広げ、くるりとその場で回る。満面の笑顔を、私に向けてくる。


「私はこの世界そのもの。だれの味方でもなく、感情(こころ)なんてないんだから慈悲なんてものもこれっぽちもない。でも、深漸くんは違うの。彼と会うためだけに、きっと私は神になったんだよ」


 心がないと言いながら、誰も救わないと言いながら、たった一人の少年にはそのすべてを捧げようとする。矛盾だらけで、整合性がない。本当が見えない。

 煙に巻かれているような気がして、不快だった。理解しようとするから、わかりあおうとするからこうなるのだ。――もうとっくに諦めたはずなのに。


「おっ、到着だよ~」


 そう言い、神は突然立ち止まり、私は軽くその背中にぶつかる。少しよろけながら、私はその扉を見上げる。


「ここは……」


 美術室。いつのまに、ここまで来たのだろうか。途中から話に集中していて、自分がどこに向かっているかなどすっかり意識の端に追いやっていた。


「んじゃ、頑張ってね」


 当然、神も一緒に来るかと思っていたのに、彼女はあっさりそう言ってその場を去ろうとする。


「あなたは行かないのか?」


 思わず聞いてしまった問いに、後ろも振り返らず彼女は言った。


「こういうのはね、見ているだけの方が面白いんだよ~。それに、深漸くんとエンドちゃんに仲直りしてもらいたいん

だよね。だから――」


 瞬き、なんてしてない。 

 だが、彼女の姿は一瞬にして消え、いつものように後には私の心をかき乱す言葉だけが降ってくる――


『認めてあげてよ、深漸くんのこと』


 一人取り残された私は、扉の前で呟く。


「……認める、か」


 彼の決意の気高さ、眩しいほどの誓い、私はそれらを認めているつもりだ。

 ただ……、彼がこのまま傷ついていくことを受け入れられないだけ。

 何を認めろと? 悲惨な最期にしか進まないであろう彼の姿を、どうして認めなければならない。

 ……理解する必要はない。

 私はそう心の中で言い切り、迷いを断つ。神の言葉など、真面目に受け止めても何にもならない。私は《魔女》として生きる私を貫くだけだ。

 静かな絶望の闇が広がる自分の心を自覚し、全ての神経を研ぎ澄ます。

 ――私は、《終末の魔女》。悲しみを見たくないというエゴで、世界を絶対終末に堕とす者。

 ゆっくりと、扉に手をかけた。

 神に導かれた舞台。

 息を整え、一気に引こうとした瞬間。


「やめてください! 永河原先輩っ!!」

 

 在須の必死な叫びが耳に飛び込み、物が崩れ落ちるような激しい音がした。


「在須っ!」


 さっきまでの冷静になっていた意識が一瞬にして吹き飛び、部屋に飛び込んだ。

 思わず目を見開いてしまった光景は――。


 椅子やカンバスが散乱した美術室。


 悪鬼のような表情をした永河原絵亜に馬乗りにされて、首を絞められているのを必死で抵抗している在須。


 そして呆然とそれを見守っている、窓際にたたずむ今垣慧子だった。



そろそろ三部も終わる気配ですね~。

ちゃんと仲直りしてください。これは神からではなく、作者からもお願いしたいです。


四部もこのモードって……結構大変そうです(汗

頑張れ、エンド!

そして、何気にピンチそうな在須もファイト!!

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