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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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四章 コウカイに塗れたネガイ2

 あの時、なんて悲しいのだろうと思った。

 

先代の体を失った私は、懐かしき日本で自分の次に肉体を探すことにした。世界の終わりは故郷で……というのは《終わり》を知った時から密かに胸にあった想いだった。

 身体がない時の私は、まさに《幽霊》という表現がふさわしい。

 誰の目にも留まらず、言葉を交わすことも、触れ合うこともできない。ただ、私の《想い》がそこにあるというだけ。

 私の想いは消滅しない。だからこそ可能なことではあったが、何もできないというのは――恐怖だ。

 自分の存在の希薄さに、初めてその状態になった時は危うく発狂するところだった。今ではさすがになれたが、自分が《いる》のに《いない》というのは、好きには決してなれない。

 

 適当な肉体を求め数年放浪した私は、たまたまこの街を訪れた。思えば、神にさりげなく誘導されてたのではないかと疑いたくなるが。

 街中を歩き、私は病院を探していた。日本は私が昔いたころに比べ、とても治安が良い国になっていた。そう簡単に行き倒れや、死体が転がっているという事はまずない。《想い》が失われたことによる死を迎えるものは、実はそんなに珍しくないが、私は女性の身体しか使うことができないし、またそれなりに素質がある者の身体を得る必要があった。《思い》と《身体》の境界線が薄い者。そういう人間が理に触れやすい。

《想い》そのものである私にとって、それを見極めるのは簡単だった。だが、様々な身体を見る必要があり、平和な土地では病院を虱潰しにすることしか方法がなかった。

 本当は、それはとてもいいことなのだが、どうしても他人の体を使わなければならない私としては複雑なものがあった。そのことに関する罪悪感は、人を捨てた時に一緒に捨てたはずなのに。


 身体探しが困難を極めていた時、私は偶然、一人の女性が向かいの歩道にいる兄妹と思われる少年、少女に手を振っている場面にでくわした。

 信号が青に代わり幼い少女が横断歩道を走り、母へと向かって来た。私はその光景を微笑ましく思い、女性の隣に立ち少女が来るのを見守っていた。

 だが、それに続こうとした少年が不意に立ち止まり、引き攣った顔で突然辺りを見回して――その穏やかな日常の光景は刹那の内に崩壊した。

 私が異変に気付いた頃には、もう既に彼の眼はそれをとらえていた。

 一台のトラック。猛スピードで突っ込んでくる恐ろしくなる光景を。

 少年の声。立ち止る少女。叫び声を挙げ、飛び出す女性。

 私も、手を伸ばした。だが――私には、《幽霊》である私にはできることなどなく。

 

 ――だからすべてが終わってしまった後、少年の涙を止めることだけが頭を占めていた。今思えば迂闊だった。この少女の素質は低いと知りながらも、迷うことなく選んでしまった。

 身体にうまく私の《想い》が馴染み目を覚ました後、周りの者が奇跡だと歓喜するのを見て私は自分の判断を間違いだったとは露ほども疑っていなかった。彼女として、かの少年の涙をぬぐいたくて、病室に駆け込んできた彼に笑いかけた――まさか、それが余計に彼の傷を広げたのだと、愚かにも最近まで気づかず……。

 

 とんだ偽善だ。

 彼にとって自分が殺したと思っている死者がいるということは、どれだけ辛いことだったろうか。

 自分の浅慮が腹立たしい。私の自己満足が彼を苦しめ、終末を知られ、ついには否理師の道にまで引きずり込んでしまった。

 後悔に身を焼かれそうだ。

 私はどうすればいいのだろうか。

 どうすれば、彼に償うことができるだろうか。


 ピリリ……ピリリ……

 不意に無機質な電子音が耳に飛び込んできた。

 自分の部屋のベットに寝転んだまま、私はその源である枕元のケータイに手を伸ばした。

 過保護なこの娘の父親が心配して持たされた、GPS付きのケータイ。海外に行っている空からはほとんどかかってこないし、この家の住人のアドレス等は既に登録してあるが、滅多に一人で外出しない私にかけてくる用事もない。GPS機能も、もらってすぐに業を使い狂わしているから、このケータイは飾りみたいなものだ。

 しかもこんな深夜に……世に聞くいたずら電話か。

 だが、液晶に出ていた文字を目にして、私は目を見張る。


神様(わたし)だよ》


 何の冗談だ。

 見た瞬間に絶句し、見なかったことにしたいと全力で願ったが、唐突に音楽が切れ勝手に通話中の文字が出る。

 仕方なく、私はケータイを耳に当てた。


「……もしもし」


『ハロ~! ハウ、アー、ユ~?』


 わざと崩したとしか思えない英語が耳に飛び込んできて、私の眉間に自然にしわが寄ってしまったのがわかった。


「何の用だ?」


『あれあれ? 突っ込みは? 何で、電話番号を! ……とか、聞いてくれないの?』


「あなたに常識を求めたら負けだ」


 すべての理は、彼女の手から生み出されたもの。歪ませるのも、消し去るのも、彼女の思うが儘。


『つれないなぁ。こっちは心配してあげてるんだよ。まぁだ、深漸くんと喧嘩してるんでしょ』


「あなたには、関係のないことだ」


『手伝ってあげようか?』


 ケータイ越しの声、そのはずなのにすぐそばで吐息が聞こえた気がした。

 すぐ後ろに神がいて、耳元で囁かれているような――


「断る」


 甘い甘い声音を、私は突っぱねる。


「これは彼と、私の問題だ。君に関わられて、引っ掻き回されたらたまったもんじゃない」


 神は、ふふふと笑う。


『深漸くんと、同じこというんだね』


「彼、が?」


『そう』


 神は楽しそうに語る。


『深漸くん、すごっく頑張ってるよ。自分の罪悪感(トラウマ)と戦うために、何度も傷口を開くような真似をしてそれに慣らそうとしたり、PTSDについての本を読んだりしてね』


 途端――視界が、ブラックアウトした。


 誰かに目隠しされているかのような、暗闇。そこに見えたのは、目ではなく脳に流れてきた映像は、在須の姿だった。

 苦しみ、もがいている彼。歯を食いしばり、こぼれそうになる涙を必死に抑えようとしている。痛々しく、だが気高い姿。


『私にもね、いっぱい相談してくれるの。《罪の告白は、立ち向かうための一歩》みたいなのを本で読んだんだって。あぁ、深漸くんがこのことで頼ってくれるのは私だけ! 本当に、本当にうっれしいなぁ』


 神ははしゃぎ続けるが、私は目を閉じても逸らすことのできない彼の姿に、胸が締め付けられるようだった。

 お願い、もう頑張らなくていい。 

 なぜ、そんなになっても立ち向かおうとする。自らを傷つけてでも、進もうとする。

 もう、いいから……


『そんなこと言うんだぁ。だから、偽善って言われるんだよ』


 不満げな声が言った。


『エンドちゃんだって、彼と同じでしょ? 終末に立ち向かって、抗って……あぁ、違うね。あなたは諦めちゃったんだった』


 そりゃ眩しいよね。

 神は全てを知っているかのように告げる。

 馬鹿にするな。(あなた)こそ、人の子の気持ちなど少しも意に介してないくせに……。


『なんで深漸くんのこと、わかってあげられないの? エンドちゃんにも深漸くんのようなところは、ミリでもマイクロでも、いや、《魔女》になることを選んだ時は、キロ単位であったんだよ。だったら、知ってるはずでしょ? 人だから、彼は抗っているんだよ』


 無理な現実(こと)でも、精一杯に反逆(たたかって)しているんだよと、まるで自分のことのように誇る。


『認めてあげないの?』


「あなたには、耐えられるのか?」 


 私は唇をかみしめる。


「彼が苦しんでいる姿を、黙って見ていることに」


 昔、私はこれと似た質問をしたことがある。神は嗤って、答えさえしなかった。

 でも、彼ならば。 

 唯一愛した人間というならば。


『耐えるも何も、私にはあの姿すっごくかっこよく見えるんだけど』


 飄々と出てきた言葉。神は少し考えるそぶりを見せたが、あっけらかんに言う。


『そりゃあ、深漸くんが嫌って言うなら何とかしてあげるかもだけど、深漸くん自身が受け入れた悲しみだよ。戦おうとしている相手だよ。そこに介入しようだなんて、それは無粋じゃないかなぁ』


「もういい、神と話しても無駄だ」


 価値感が違う。それはそうだ、神には心などないのだから。

 あくまでも私たち人の、模倣をしているのだから。


『そうだけどさぁ……この恋している気持ちは本物だと、私は思うなぁ』


「……神には心がないと、私をつっぱねたのを忘れたか」


 助けてくださいと、無様に願った私を神は嗤った。

 何で? あぁ、ごめん、わからないや。だって――(わたし)には心がないから。


『深漸くんがくれたんだよ~とか、なんちゃって』


 くすくすとケータイ越しから聞こえる楽しそうな声。私自身の心がかき乱されそうな気がして、いら立ちを露わにして言う。


「もう、切ってもいいか?」


『あっ、待ってよ。せっかく、助けてあげようと思ったのに』


「いらないと言った」


『エンドちゃんみたいな、苦しみから救ってあげようみたいな気は全くないけど、そろそろ深漸くんの頑張りが少しは報われなきゃいけないと思うし。ほんの少し、背中を押してあげるくらいはいいかなぁ、と。嫌と言っても、私の好きにさせてもらうねっ!』


 こうなることを、神はもしかしたら予想していたのかもしれない。

 いや、最初に私に『遊ぼう』と誘ったのは、このためで――


『さてさて、深漸くんのためなら、私は一肌……いや二肌、三肌…………ねぇ、素っ裸になっちゃってもいいんだよ?』

 

 ストリップショー、楽しみにね。と、蠱惑的な声で囁いた。




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