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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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三章 オトズレによる移ろいのシラセ3

 個展会場である芸術科の棟に行くと、途端に人がまばらになった。飲食店は少なく展示を中心としているからかもしれない。

 だが、その永河原先輩という人の会場には、それまでの閑散とした印象を払しょくするほどの人が行列をなしていた。


「こんなに、永河原先輩は有名なの?」


「あぁ、この学校で知らない人はまずいないだろうな。いや、その筋の人たちの中でも、永河原先輩は希代の絵描きとして知られているらしい」


 見上げてみると在須の顔も期待に満ちていて、それを見るだけであの紗智という少女がファンと言った様子がありありと分かった。私たちの間にあった溝のことなど忘れてしまったかのように、在須は饒舌にしゃべる。


「一年の時に先輩の絵を見て、なんて暖かい絵を描くんだろうなって。俺は絵についてさっぱりだけど、でも何だかほっとするというか、そんなため息が出てくるんだ。水彩画やってる紗智もすごいって尊敬してて、この科内では、いやこの学校内ではもうプロの芸術家と並んで目されているくらいだ」


「カメラ持ってきている人もいるけど、そんなにじっと見ていたい絵なの?」


 私は列に並ぶ数人の男子がインスタントカメラやまたはデジタルカメラを持っている様を見て指摘すると、少し在須は渋い顔をした。


「いや、あいつらはきっと……。その、なんというか、永河原先輩は美人だっていうことでも有名人なんだ。この学校一の美貌だって。まぁ……あの唄華が三位で、それより上っていうから、俺も興味ないわけはないけどさ」


「彼女よりも……」


 神よりも美しい人間。

 まぁ、神にとって容姿とは好きに変えられるものだ。その順位も意図して選んだのだろうが、それでも興味をそそられる。


「永河原さんが一位で、唄華お姉ちゃんが三位だったよね。二位は誰なの?」


「さあな。楽士なら知ってるかと思って聞いてみたことあるが、あいつリアルには興味ないとか言いやがったから。……コスプレが似合う唄華は別枠だそうだが」


 久しぶりに会話が弾み、お互い視線が合わないままだがぎこちなさが少しほぐれてきたよう気がする。ほっとした時、前の人が進みだし、私たちは五分ほど待って、ようやく会場に入ることができた。

 普通の教室の一.五倍の広さを持つ会場だった。普段から芸術科の生徒の作品を展示するためのスペースらしいが、この文化祭だけは天才画家と呼ばれる永河原絵亜の個展として使われている。

 ロープが引かれ、一定以上の距離から絵に近づけないようになっており、進行ルートもきちんと定められていた。そうでなければこれだけの数の人に対応することはできなかっただろう。

 入場する際に小さなパンフレットのような冊子を渡され、そこには簡単なそれぞれの絵の説明がなされていた。今回、この会場には大体二十ほどの絵が飾られており、この高校に入学する以前に描き上げたものも展示しているそうだ。

 その文章を読みながら、人ごみに流されるまま一つずつ絵を鑑賞していく。

 基本は風景を題材としたものが多く、いくつか動物が描かれているものもあったが、そのどれもが暖かく不思議な色彩で表現されていた。

 大海、公園、花畑、農場……各々に目を引かれ、思わず吐息を漏らしてしまいそうな、そんな印象を受けた。ただの絵なのに、感傷や、郷愁、愛しさ、様々な感情を引き出されてしまう。

 

 ……確かに、これはとんでもない。

 

 多くの国へ渡り、芸術と呼ばれるものをたくさん見てきた。その中の現代まで残っているものを見た時と、近い衝撃が全身を走る。

 気づくとカメラを手に持った者たちも、声も出ずただ見つめている。隣にいる在須を見上げてみると。何とも言えない顔で食い入るように絵を眺めていた。

 人波はゆっくりだが着実に進んでいく。まだ見たりないと思っても、後ろ髪をひかれる気分でしかたなく前へと進む。

 時間がとても短く感じられ、気が付くと既に最後の絵が近づいてきた。

 パンフレットを開くと、この中でもっとも大きな絵画で先日美術館に展示されたものだそうだ。

 たどり着いたはいいものも、なかなか人が去ろうとしないため絵の前に多くの人が溜まっていた。


「んーっ。んー、んーーーっ」

 

 頑張って背伸びするが、とてもではないが見れそうにない。普段ならこの体の数少ない特権として、背をかがめてくれたり、前へと優先的に行かせてくれるのだが、学生ばかりで幼い子供がいるとは考えていないのか誰も配慮してくれる気配がなかった。


「あっ、在須お兄ちゃん」


 不本意な手ではあるが、在須に肩車してもらうことさえ考えながら彼を見上げると――在須は、呆然と目を見開いていた。 

 先ほどまでのような感動に輝く目ではなく、信じられないものでも見ているかのような驚愕の表情。


「こっ、これは……」


 かすれた呟きが、口から今にも零れようとした時――、

 小さな悲鳴が廊下から聞こえた。すると「大丈夫か?」「救急車……」と言った言葉が混じってどんどんざわめきが大きくなっていく。

 個展会場の静寂な雰囲気が打ちこわされ、それぞれが顔を見合わせざわめく。

 明らかに流れ出した不穏な空気。

 それがなんなのかを確認する前に、私の体は駆け出していた。


「エンド!!」


 在須の呼ぶ声。

 馬鹿者、今この場でその名を呼ぶな。誰か私のことを知っている同級生でもいたらどうするつもりだ。 

 そう吐き出したい言葉をぐっとこらえ、人込みをかきわけ進む。

 息を切らせ廊下に出ると、ほんの数メートル先にすでに野次馬が群がってざわめいていた。

 迷わずその中に飛び込むと小さな体を活かし、人の隙間を縫うように進んでいくと、人込みの中心に男子学生が一人倒れていた。

 友人と見られる人物たちが、必死に彼を揺り起こそうとするが苦しそうに呻くだけ。


「エっ、エンド。これは……」


 遅ればせながら現れた在須は、その光景を見て息をのむ。その反応に私は眉根を厳しく寄せた。彼の言いたい意味はすぐにわかった。


「どうかしたの?」


 突然、伸びやかな澄んだ声が空気を震わせた。


「永河原先輩!」


 群集の一人が声をあげた、その名を聞いた者たちがざわめく。彼らの視線が倒れた男子から一気に彼女の方へと移る。

 美しい、少女だった。

 背中の真ん中より少し下までふわりと広がる、鴉の濡れ羽色の髪。半袖のためあらわになっている細く白い腕。ほどよく曲線を描いた肢体。整った顔立ちに、意志の強そうな瞳はよく似合った。

 その美しさは、神のものとは種類を別にしていた。神は無邪気でどこか幼くかわいらしいという表現がよく似合っていたが、この少女は綺麗――女性として成熟した大人びた美しさだった。


「…………永河原、先輩」


 在須の息をのんだ声が耳についた。



遅ればせながらの投稿です。

最近、若干の不定期ですが……大きく更新速度に変更がある場合はきちんとお知らせします。


これからの話の流れとしては前回の《芸術家》と絡めながら、一人の絵描き、芸術家について語っていきたいと思います。


これからもよろしくお願いします。

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