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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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三章 オトズレによる移ろいのシラセ2

 唯生(いお)の話によると、その情報が彼の手に渡ったのは三日前らしい。


『魔女へ伝えてきてくれ。あっ、あと――そういえば、今思い出したんだけどさ……』

 

 と、突然《道化師》がモノのついでみたいな感じで言ったらしい。

 一か月前……。デュケノアが、ここ紙邱に現れ、危うく大惨事になるほどの事件を引き起こした時期とちょうど符合する。

 デュケノアが提供した情報とは、この紙邱にとある否理師がいた痕跡があった。と、いうひどく漠然としたものだった。唯生から聞く限り、彼は《道化師》に紙邱という土地の詳しいデータと引き換えに差し出したという事だったが……。

 この街の滅亡危機に《道化師》が関わっていたとはな。

 あの業を使うのに必要な情報を、何をするためか知らずとはいえ簡単に罪人に売るなんて。いや……あいつのことだ。デュケノアが何をするのかわかっていて渡した可能性の方が高い。あいつの歪んだ性格はどうにも御しがたい。

 しかも、一か月前の情報を今更唯生に伝えてどうする。手がかりを求めてデュケノアの足取りを尋ねられたが……それも全部、あいつは把握しているはずなのだ。

《秩序》にある膨大な情報は、ほとんどあいつ一人で収集しているのだから。

 師匠を気取っているくせに、一体《道化師》は何がしたいのか。

 理解不能だ。


「鈴璃、それはあっちに置いておいてくれ」


「あっ、はい!」


 散乱したゴミや器具を片づけながら物思いにふけっていたが、在須の声にはっとなり慌ててクッキングシートを指で示された場所に運んでいく。

 唯生は私から知りたい情報だけ聞くと、すぐに去って行った。しばらく日本に滞在し、探るとのことだった。

 手伝ってやりたいが、不審な行動をとるとすぐに在須に感づかれる。今の在須には、まだ、まだあの世界から距離を置いておいてほしい。

 傷が、癒えるまで。

 どうか、この平穏な世界に。


「おい、深漸。もうすぐ十二時になるぞ。お前、実行委員の仕事で見回りをしなきゃいけないんじゃなかったか?」


「あっ、そうだった」


 クラスメイトの指摘で在須は慌ててエプロンを脱ぎ、適当に折りたたんで放る。


「んじゃあ、たぶん一時間ぐらいで帰ってくるから。他の飲食やってるところに人が流れ出したし、大丈夫だよな」


「うん、任せといて」


「それより、深漸くん。鈴璃ちゃんも連れて行ってあげなよ」


 女生徒の一人が卵を生地を混ぜながら言う。


「せっかくうちの文化祭に来てもらったのに、ずっと手伝いさせちゃかわいそうだよ」


「そんな、私は」


 大丈夫、と言おうとしたが、そこで言葉を切った。あまりに聞き分けがよすぎると、子供らしくない。


「あぁ、そう……だな。じゃあ、行くか」


「うん! ありがとう、お兄ちゃん」


×××


 文化祭というのは、中々に楽しいものだと思った。

 生徒主体だからか、ユニークなものが多い。

 在須のクラスの童話喫茶もおもしろいが、とあるクラスはミニ縁日と称してスーパーボールすくいやヨーヨー釣りなどを開催し、懐かしのべっこう飴も売っていた。写真館というところでは、有名人の写真を引き伸ばして貼ったパネルを顔の部分だけ切り取り、そこに自分の顔をはめ込むことで合成写真のようなものを撮ってもらうことができるらしい。飲食店も充実していて、ご当地グルメのような少し珍しいモノがあり、もちろん定番の焼きそばなども売ってある。

 在須の母からお小遣いはもらっていたので、たこ焼きを買って食べてみたが、なかなかにおいしかった。アレンジにチーズやウインナーも入っていて、キムチをいれているものもあった。意外な組み合わせをすることがなんとも高校生らしい。

 在須の実行委員の仕事というのは、出し物をしているところに顔を出して何か問題があるかどうか尋ねていくという、とても地道なものだった。それを彼は丁寧にちゃんと一つ一つ欠かすことないように行っていく。

 修行の時から思っていたが、昨今には珍しいほど真面目な少年だ。


「大変だね」


「……本当は、担当を決めて先輩と半分にするはずだったんだ。でも、三日前に校内を見回っている途中に急に倒れたらしくて、それからずっと休んでる。他でもちょこちょこ似たようなことがあるみたいで……熱射病だろうって言われてるけど、クーラーない場所で作業してたやつらもいるから」


 一度もこちらを見ないまま、在須は語った。「そう……」と私は顔を俯かせる。

 あぁ……どうしたものか。

 写真展やクレープ屋などを回るのはすごく楽しいのだが、この微妙な距離はどうしたらいいのだろう。

 この、頑固者が。

 でも否理師には――そういう性質をもつものが多い。

 当然ともいえる。そうでなければ、己の《目的》のためにすべてを賭けることはできない。

 そう思うと少し気鬱になった。彼をこの世界から逃れさせる術は、もうないような気がして……。


「あれ、深漸くん?」


廊下を歩いていると、看板を持った女生徒が首を傾げたかと思うと、とてとて近づいてきた。


「おっ、瀬畑か」


 知り合いのようで、在須も軽く手を挙げる。


「留伊なら、クラスでコスプレ中だ」


「…………知ってるよ。衣装が完成した時、一番に私に着て見せてくれたもん」


「相変わらず、仲がよろしいことで……」

 

 頬を赤く染めた女子に、在須は呆れたというようにため息を吐いた。

 その時、顔を俯けた女子と目があった。すると、途端に彼女は目を丸くした。


「あ……れ、この子、鈴璃ちゃん?」


「―――――あっ、ああ。覚えていたのか」


 動揺を必死に隠そうとしながらも、顔を強張らせて在須は言う。


「久しぶりだね」


 彼女は膝を曲げ、私に目線を合わせた。幼い子供に向けるような笑顔で、すこしおっとりした調子で彼女は聞く。


「え、えっと……」


「あっ、覚えてないよね。私、瀬畑(せばた)沙智(さち)。深漸くんとは小学生からの幼馴染で、鈴璃ちゃんが幼稚園ぐらいの時に少しおしゃべりしたことがあるんだけど……あはは、そんな昔のこともう忘れちゃってるよね」


 覚えている。

 鈴璃の脳内にあった記憶を探れば、すぐに見つかった。優しいお姉さんで、よく飴玉をくれるというような情報も付加されていた。

 だが、私はあえて曖昧に笑う。まずありえないと思うが、『覚えている』という事で違和感を持たれ勘付かれるわけにはいかない。あの事故のこともおそらく知っているだろうと考えられるし。

 本当はこんなこと杞憂なのだが。中身が違うなど、熟練の否理師ですら見分けるのは難しいのだ。

 でも、もう二度と同じ轍は踏まない。

 この後悔は繰り返さない。


「あの頃まだ紙邱に子供少なくて、特に深漸くんの家があるとことは元々その土地に住んでいる人たちばかりがいるところだから、余計にね。だから、もう深漸くんったら鈴璃ちゃんとばっかり遊んでて、私がちょっと遠出して公園に行くと必ず二人で楽しそうに遊んでて……」


「瀬畑、もういいだろう。そんな、昔の話」

 

 慌てた様子で、在須は無理やり会話を遮る。「はいはい」と彼女は忍び笑いをした。その仕草は落ち着いていて、もう既に大人の雰囲気を醸し出していた。


「ところで、お前どうしてこんなところにいるんだ。芸術科は基本あっちの棟でやっていると思っていたが」


「宣伝。永河原先輩の個展をしているから、そのお手伝いにね」


「永河原先輩が!?」


 途端に、在須の眼の色が変わる。瀬畑さんはくすくす笑う。


「深漸くん、永河原先輩の絵のファンだもんね。美術館も行ったんでしょ? どうだった?」


 ――一瞬、ほんのわずか、予測できていなければ気づかなかっただろうが、在須の瞳がひどく揺らいだ。その揺らぎにあるのは、恐怖か悔恨か――それともあの光景なのか。

 だが、ほんの刹那でそれは過ぎ去り、在須は当たり障りなく苦笑して頭を掻く。


「いや、ちょっとトラブルが起こって、結局見れなかったんだ」


「それは残念だったね。でも、あの時の絵もぎりぎりこっちに返してもらえたから展示してあるよ。ぜひ、見に来てね」


「あぁ、実行委員の仕事で全部見回らなきゃいけないし……」


「そんな言い訳しなくていいよ。好きなものは好きって言いなさい」


 彼と同い年であるはずなのにまるでお姉さんのような口ぶりで、ばしっと彼の背中を叩くと看板を掲げて去って行った。

 少し照れているかのように頬を染めた在須が、気まずそうに頬を掻き、


「……行くか」


「うん。私も見てみたい!」


 現代に失望していた《芸術家》が心奪われた絵画。

 あの事件の引き金になるほどの美しさを持つ絵。

 どれほどのものなのだろうか――興味を惹かれないはずがなかった。

 

 

 



ちなみに在須と友人たちは……


瀬畑沙智……小学生から

上野唄華……中学生から

西汽留伊……高校生から

笹塚楽士……高校生から


って感じです。


そこらへんの本編で使えなさそうな裏設定も「~人物&設定~」にいつか加えたいなと思っています。

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