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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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三章 オトズレによる移ろいのシラセ1

 頼まれた物品を速やかに届け、申し訳ないと思いながらお手洗いに行くと言いその場を抜け出した。

 隣の物置として使っている教室。さりげなく在須にここに来る用事があるか聞いたら「ない」とのことだったので大丈夫だとは思うが、一応人払いの業を使った。

 こんなのも、在須にはすぐに見破られてしまうだろうから、あまり意味をなさないけど……。


「待たせたな」


 教室に入ると、窓からにぎわう校庭を眺めていた彼がすっとこちらに顔を向けた。

 その所作があまりに『自然』すぎて、感情がないような気さえする。

 ――人間じゃないみたいで、ぞっと背筋を這うものがある。

 最初に会った時もそうだったな、と私は思い出していた。


「二年ぶりになるか、唯生(いお)


「はい。《魔女》様が、《秩序》を訪れてくださったとき以来です」


 淡々と唯生は答える。機械、のように。


「声変りが始まったのだな、久方すぎて声をかけられたときはわからなかったよ。背も伸びたんじゃないか?」


「この間の検診の時は、半年で三センチ伸びていました」


 身体は成長期の少年らしく、順調に育ってきていた。でもその雰囲気は、微塵も変わっていない。

 三年前に会った彼を思い出す。小さく、幼く、だが今と変わらない儚さを持った少年が、あいつの傍にたたずんでいた光景を。


「……《道化師》は相変わらずか」


「えぇ。最近は《(うろ)》の改装を始めまして、先生の指示のもと皆励んでいます」


「君は、どうだ」


 私は彼をまっすぐに見据えた。


「君も、相変わらずなのか」


「はい」


 間髪入れずに言葉が返ってきて、私は眉をひそめる。


「《秩序》に所属している君は私よりも詳しいだろうが……、でも時間制限(タイムリミット)がいつ来てもおかしくないのはわかっているだろう?」


「もちろんです」


「それでもか、それでも尚諦めないのか?」


 唯生の表情にはほんのわずかな変化も見いだせない。私は目を細め、詰問する。


「たどり着いても、何も生まれないかもしれないぞ」


「それでも僕は、全てを賭けます」


 一瞬の躊躇もなく彼は断言する。


「僕が『僕』としてあるために、必要ですから」


眉一つ動かさないまま、棒読みのような言葉を重ねた。そんな未だ変われていない、だが強い意志を持った彼に返す言葉を――私は一つしか知らなかった。


「そうか」


 心の底から洩れた言葉と微笑み。


「それが君の希望――《目的》だものな。助けがいるようだったら、いつでも声をかけてくれ。私は君の味方だ」


「ありがとうございます」


 唯生はぺこりと頭をさげた。

 素直な少年だな。まったく、在須とは大違いだ。


「ところで、唯生。その格好は何だ? 君は学校に通ったことなどないだろう」


「先生が、『《文化祭》という祭事に敬意を払うには、制服が一番』と仰られ、通販で一般的と思われるものを購入してくださったのです」


「……あの《道化師》め…………」


 唯生が何も知らないことをいいことに、変なことばかり吹き込んで……。

 一瞬、さっきまでの自分の姿が脳裏によぎったが、大きくため息をつくことで掻き消す。


「この近辺に詰襟の制服の学校はないからな、目立っただろう。しかも、冬服……」


 未だ熱帯夜が続く真夏日が続いているのに。奇妙な人物として否応なく目を引いただろうことは極めて簡単に想像できた。


「……暑くないのか」


「暑いです」


 涼しげな顔で言うが、首筋には大粒の汗が大量に浮かんでいる。


「上だけでも脱いだらどうだ」


「この下にシャツも何も着ておりませんので」


「…………」


《道化師》がこの子の保護者をするといったとき、もっと全力で反対するべきだったのかもしれない。

 まぁ、私は自由に動ける身ではないし、彼のような存在を受け入れるのは、《秩序》の中では《道化師》ぐらいしかいなかったから、しょうがなかったのだが……。


「君にまともな服を与えてあげたいところだが、あいにく手持ちもなく立場もあるからな、ままならん。許せ」


「どうしてですか? 別に不自由はありませんし、敬意を払うためならば僕は従います」


 ……いや、そういうことではないんだが。


「例え、先生の悪戯であっても、問題ありません」


 その含みのある言葉に私は面を上げる。


「先生には、感謝していますから……」


 そっと視線を下に向けて、感情がこめられた言葉に私はほうっとなる。


「……気にすることはない。いくら借りがあるからと言っても、遠慮することや、ましてやいやいやあいつの言っていることに従う必要はない。《道化師》も何度も言っておっただろう?」


 俯いてしまった顔を覗き込んで、私は説き伏せるように言う。


「はい。そうですね」


 笑った、様な気がした。口の端が動いて微笑みの形をつくったような。

 それは私が初めて見る彼の笑みだった。

 そうか。

 何だ――変わってきているのだな、彼は。

 ゆっくりでも。確実に。

 そうでなければ、時が存在する意味がない。


「じゃあ、唯生。本題に移ろうか」

 

 こみあげてくる喜びを押さえ、息をつくとあえて厳しい声音で尋ねる。


「どうして、君がここにいる。《秩序》からの何かしらの連絡であれば、《鳩》を使えば済む話ではないか」


 今まで簡潔に即答を返してきた彼が黙す。私へと向ける視線に、込められたもの。


「まさか、ここに……」


「僕がここに来たのは、先生から伝言を預かってきたのと、ここに僕の《目的》がいたという情報が一か月ほど前に入ったからです」

 

 それしかなかった。

《秩序》から彼が離れる理由はそれしかない。

 だが――その先の予想外の言葉に、私は絶句する。


「情報の提供主は、《芸術家(アルティメスタ)》」

 

 懐かしい名前、もうこの世にいない罪人の名前。


「デュケノア・レオ・ジョバンニです」


新キャラ、唯生です。

懐かしい名前も出つつ……そのうち《秩序》についてもしっかり書きたいと思います。

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