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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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二章 ザワメキの中のヨロコビ3

 人、人、人でにぎわう。

 歓声、奇声、騒音が満ちる空間。

 場に溜まっていくエネルギー。

 自然に笑みがこぼれた。

 誰もが待ち望んだこの日。

 きっと、誰よりも私が待ち望んでいたこの日。

 さぁ――祭りを、始めよう。


×××


 深橋高等学校の文化祭は二日間行われる。

 初日は一般公開で十時から五時まで。二日目は生徒のみで行われ、終了後は後夜祭もあるそうだ。刻兎くんが言っていた通り老若男女問わず多くの人が訪れ、かなりの盛り上がりを見せていた。

 二年A組「童話喫茶」にも多くの客が訪れ、活気が満ちていた。洋装、和装、様々な衣装を身に包んだ彼らは「いらっしゃいませ」と客を迎える。メニューは簡単なケーキと紅茶。それだけしかなかったが、客引きに廊下に出ている女生徒の身に着けている衣装に目を引かれるのか、客足が途絶える様子はない。


「かぐや姫さ~ん。こっちにも接客してよ」


「ごめんなさい。私は……もう月に帰らなくては…………」


 現代風に改造したという膝丈までの着物のような衣装を来た女生徒が、声をかけてきた客に涙をぬぐうような仕草をして見せた。その光景を面白そうに他の客も見ている。寸劇も完璧である。楽士くんの指導の下、オープン十分前に復習した成果が出ていた。

 だがこうなってしまうと、こう手ぶらなのは居心地が悪いな。

 隅の目立たない場所で椅子に座っていたが、我慢できずに立ち上がりこっそり厨房へと向かう。

 誰かが働いているのに、自分だけが何もしていないのは性に合わない。

 厨房はあわただしかった。

 メニューが少ない代わりに手作りのものを出しているので、余計に忙しいのだろう。誰もがせわしなく手を動かし、駆けずり回っている。

 その中で手を動かしながら場の指揮を執っているのは――在須だ。


「チョコレートケーキ焼けたか?」


「あと、ちょっと!」


「深漸、小麦粉の入った段ボールどこだっけ?」


「隣の教室の窓側! 食材は全部そこに置いてある」


 ホイップクリームを泡立てながら、声を張り上げ的確な指示を出す。「実行委員になったのは、唄華のせいだ」とか言っていたが、これを見る限り彼女の陰謀だけではなく、他の生徒からの支持もあったのではないかと思った。


 否理師という歪んだ世界に踏み込み戸惑うばかりの彼と、全く違う姿に目を見張る。


「おい! 手が空いたやついるか? 冷蔵庫から卵取ってきてくれ」


「はい! 私行きます」


 在須の切羽詰まった声を受け、勢いよく手を挙げて応えると私は冷蔵庫へ走る。


「おっ、お前」


「お兄ちゃん。私にもお手伝いさせて、ねっ」

 

 手を合わせて頼むと、少しためらっていたが猫の手も借りたい状況だったのか、すぐに「頼む」とぶっきらぼうに言った。


「うん!」


「鈴璃ちゃん、ありがとうね」


 スポンジの焼け具合を確かめている女生徒が、私に声をかけた。


「ううん。お手伝い、すっごく楽しいよ」


 この言葉は本心だ。

 この慌ただしさ。皆で何かをするという事。


 昔――まだ、終末を知らなかった頃、孤児院で幼い子供たちの面倒を見たことがある。息を吐く暇もないほどめまぐるしさで常に駆けずり回っていたが、あの場に妙な連帯感があったことを思い出す。

 私は今の在須の様に指示をする側だった。遊びたい盛りの子供たちをなだめ、時には叱りつけたりして。あおあいて、私の意思に賛同してくれた者たちと一緒に、子供たちのために何ができるだろうかと、努力を重ねた日々を過ごした。

 戦争で親を失った子がほとんどで、一生懸命彼らの母になれるよう、笑顔を守りたくて奮闘した――じぶんの《目的》に迷いもなく殉ずることができた。

 私の幸せだった。

 結局は誰かのためとか言いながら、自分のために、彼らの笑顔を見たかった。そのことをあの時にはもう十分わかっていたが、そのエゴを迷いもなく押し通せた。それは強さというより――ただの無知だったが。

 あの時の私の笑顔の中には、一片の曇りもなかった。断言できる。そんな気持ちでいられた日々は、幸福だった。

 人に笑顔を与えられて、私の方が何十倍も「幸せ」だった。

 

 今は――――、

 

 私は置きっぱなしにされてあったボウルを片づけながら、ちらりと横目で彼を見る。

 額から流れる汗をぬぐう暇もなく、調理に奮闘する彼。

 終末に抗おうとする彼。優しい彼。強くなろうと痛々しいほど、自分を傷つけてしまう彼。

 否理師は理を否定するもの。

 絶対を歪ませるもの。

 でも、破壊することは不可能なのだと知ってしまった私には、彼の姿は見ていられない。

 この活気の中にある喜びに共感し、心の底から一緒に笑いあうことができない。

 苦しみで終わってしまう彼らの生。

 そんなもので、この笑いあえた今日のような日を穢してほしくない。

 だから、私は…………。


「ごめん、鈴璃ちゃん。隣の教室から、紙コップと紙皿持てるだけ持ってきて」


「はーい!」


 私はすぐさま笑顔を作った。心の曇りを覆い隠すように。

 未成熟で扱いづらい体を動かし、急いで廊下に出て、


「お久しぶりです」

 

 突然、後ろから声をかけられた。聞き覚えのない声に、私は思わず振り返る。

 そこに居たのは少年だった。この暑い中、詰襟の学生服を着て、歳のほどは在須よりも若干幼いように見える。

 平凡でどこにでもいるような、個性のない少年。いや――、

 実際、彼の存在は異様なほど希薄だった。そこにいるのに、手を伸ばしても触れることができないような、幻のような霞のような少年。

 その眼からも何の意志も感じられず、私を映しているはずの瞳はただ真っ黒だった。

 彼は無表情のまま、無機質な言葉を発する。


「こんにちは、《終末の魔女》様」



新キャラです!


今部は新キャラがたぶん2、3人くらい出ます。


でも、在須の空気化は……ないです。

だって主人公ですから。空気にさせてはいけないと責任重大です。


……頑張ります!!

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