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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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二章 ザワメキの中のヨロコビ2

 なぜ、私はここに居るのだろうか。


「鈴璃ちゃん……? どうしたの、その格好」


「わぁ、鈴璃ちゃん。すっごく可愛いよ!」


「楽士、まさか……お前が」

 

 なぜ、私はこんなにも人に囲まれているのだろうか。


「やばい! こんな妹欲しい。弟なんていらないよ」


「ごめん……楽士。俺は、お前を変態と見て侮っていた。許してくれ!」


「はっはっはっ!! 今頃、少女の素晴らしさに気が付いたか!」


「ダメだよ、私……。その世界に目覚めきゃダメ。そこに行ったら……ダメだ! かわいすぎる!!」

 

 なぜ、私はこんな格好をしているのだろうか。

 頭に付けられた大きな純白なリボン。これでもかとフリルがつけられたふわふわのドレス。まぁ……ここまではいいだろう。尾代儀鈴璃の父の付き添いで結婚式に参加した時も、こんな服を着せられたことがある。

 でも……これは、六百年間生きてきて初めてだ。


「鈴璃ちゃん、鈴璃ちゃん。お願い! ニャンって言って!!」


「…………ニャン」


「きゃー、かわいいー!」

 

 目が死にそうになるのを必死に堪えたが……どうしよう。すでに、かなり厳しい。

 天使の羽がついているのは、まだ理解できた。純白=天使のイメージであることは一般的だ。昔も今も変わりない。

 でも、なぜ、私は猫耳をつけているのだ。

 なぜ、私はしっぽまでつけているのか。

 いっそその部分まで白くしてくれた方が目立たないかも知れなかったのに、なぜそこは黒なのだ?

 際立ってしょうがない。

 頭(耳)を触られ続ける。

 天使と猫になんの繋がりがあるのだ。

 時代は変わっていた。そして見事に、私は置いて行かれていた。


「鈴璃ちゃん! よ~く、似合っているよ!」

 

 まるで付添い人のように隣にいる神が、にっこり私に微笑んだ。

 睨み付けてこの服装の意味を逐一問いたかったが、この人込みの中では躊躇われた。


「おい、お前ら、もうすぐ始まるのに何やって……んだ」

 

 聞き覚えのある声、はっとして後ろを振り返ると、紙皿を手にした在須が呆然として立ち尽くしていた。


「あっ、在須……お兄ちゃん! これは、その……えっと」

 

 在須は固まっている。返事をしない、身動き一つしない。


「あっ……えっと」

 

 どういうことだ?

 在須を幸せにできると聞いたから、恥を忍んで年甲斐もなくこんな格好をしたのだ。

 なのに――、

 隣を見上げると、神はふっと嗤っていた。

 計られた!


「おっ、お兄ちゃん。これは、唄華お兄ちゃんと楽士さんが……」


「深漸くん、どうしたの固まちゃって~。従妹ちゃんに、メロメロなのかな?」

 

 神の言葉に、在須がはっとして、やっと我を取り戻した。


「いや……そんなことあるか!」


「その間はなんだっ? 答えよ! 深漸」

 

 楽士くんのマイクを突きだすかのようなポーズを受けて、在須は額に青筋を浮かべ、


「どうしてお前らはそんなことしか考えられないんだ? ただの従妹だって言ってんだろうが」

 

 伸ばされたその腕を掴み、先日彼が母にされたように捻じ曲げる。


「てっ、痛い! 痛たたたたたっ! 悪い!! 悪かった、深漸。ごめんよ~」

 

 その時、一瞬、ほんの一瞬だったが、痛がる楽士くんを在須は目を細めて見て……だがそれをはっきりと確認できる前にぱっと手を放した。


「あ~、痛かった。暴力反対!」

 

 抗議する彼を無視して、在須は私とやっと向かい合った。笑っているのか、怒っているのか、呆れているのかよくわからない表情をしていて。私は何だか緊張してさらに自分の格好が恥ずかしくなり、身をちぢこませた。


「えんっ…………鈴璃、お前、何やってんだ」


 やっと、発せられた言葉は、まるで棒読みだった。

 口の端がぴくぴくして、今にも笑いそうになるのを堪えている。

 違う方向から予測もできなかった爆弾が飛来してきたのだと悟った。その爆撃により、無傷であったはずの場所にも深い溝ができた……。

 逆効果だ。

 私は、なぜ神の言葉など信じた。「遊ぼう」と、不穏な言葉を告げられたばかりだったというのに!

 後悔に打ちひしがされ俯く。あぁ……そんな目で見ないでくれ、在須。

 にやにや笑う神が、私の腕を引く。


「さぁ、鈴璃ちゃん。次のお洋服行こうか?」


「えっ? ええええええ!?」


 神が笑う。楽士くんの眼鏡が光る。

 背筋がぞっとした。

 怯えている? この私が。多くの否理師に畏怖された、《終末の魔女》が!?


「あっ、あの、私、もういいで……」


『深漸くんを喜ばせたくないの?』


 また神の声が響いた。私は心の中で必死に反抗する。


(何を言っている。このせいで、在須との距離がさらに広がってしまったじゃないか。私をからかって、弄ぶのが狙いなのだろう?)


『そんなことないよぉ。たまたまそれは深漸くんの趣向にあってなかっただけで、バリエーションはまだまだあるよ』


(断る! 一体、私に何のメリットが)


『みんな、待っているよ』


 はっとして辺りを見る。私に向けられる視線が、ほとんどの生徒の瞳が、期待に満ちていた。


『裏切るの?』


 ……できない。

 私は否理師だ。目的は絶対だ。

 人に幸せを齎すものとして、しなければならないことがある。

 決意をし、自ら足を一歩踏み出そうとして――


「待て、唄華。もうそこまでにしておけ」


 在須がそう言い、神の腕を掴む。

 彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐにとても楽しそうに弾んだ声で笑った。


「どうして、深漸くん。鈴璃ちゃんの可愛い姿を、他の誰にもみせてやるものか! って言う嫉妬心なのかな?」


 答えを知っていて、あえて尋ねているような声だった。だが在須はそれには気づいていないように、素直に答えた。


「そんなんじゃない。こいつ、あんまり目立つの好きじゃないんだよ。こんな服、自分から喜んで着るような奴じゃない。どうせ言いくるめて、無理やり着せたんだろ。一着で我慢して、ここでやめとけ」


「まっ、待て、深漸。次は、次はなっ、妖精さんの衣装なんだ。これで客引きでもしてもらおうかなと」


「楽士。鈴璃が、つまり少女が嫌がることをお前はよしとできるのか お前は清き正しいオタクとか、わけわからないスローガンを掲げていた気がしたが……」


「……くっ、このぉ……」


 楽士くんが悔しそうに顔を歪める。周りの子たちの雰囲気も「そうだったんだ」「ごめんね、鈴璃ちゃん」と様子が変わってきて。

 どうやら着ずに済みそうだが……また、在須に助けられた。そのことにより感じる後ろめたさ。


「あっ、在須お兄ちゃん……」


 私、着るよ?

 みんなが喜んでくれるなら。

 君が、喜んでくれるなら――


「無理すんな」


 口から出そうとした言葉を遮り、目も合わせないまま彼は言った。その有無を言わさない様子に、私は頷くしかなかった。


「あーあ、残念。鈴璃ちゃんの萌え萌え姿もっと見たかったのに」


 不満そうに口をとがらせて、ぱっと神は私の腕を離した。それを見て、ため息を吐きながら彼は言った。


「そんなこと言っている暇あったら、働け。もう始まるのに一時間もないんだぞ」


「心の原動力である『萌え』が足りないよ~。動けないよ~」


「お前……」


 怒りを抑えた低い声に怯えることもなく、神はにっこり笑う。


「ねぇ、楽士くん。萌えが足りないよねー」


「うむッ。僕の主義として、確かにこれ以上鈴璃ちゃんに萌えを追求してもらうことは……もらうことは……しかた……ないな。あき、らめるよ………」


「本心では、諦めきれないと」


 在須の切り込むような言葉に、「うっ」と楽士くんはおののいたが、


「いやっ! 深漸、俺は諦める。日本男児として! オタク国家、日本の男児として! 男としての覚悟だ。……だから、せめてこの願いだけは、聞いてくれ」


 いつの間にか後ろに控えていた神から受け取った袋から、ばっと取り出されたのは――淡い水色のワンピース。私が普段着ているものを豪奢にしたような服。


「さぁ、俺のこの渾身作、『不思議の国のア……』」


 ぐしゃあ! という嫌な音がした。


「ぐわはっ!!」


 楽士くんの体がクの字に曲がり、口から大量の唾液が飛散した。


「楽士、何か言ったか?」


 涼しい顔で、在須は親友に尋ねる。今しがた、その親友である楽士くんの腹に重い拳を向けたことを感じさせない様子で。

 ぷるぷる震え、片手で腹を押さえたまま精一杯の笑顔で楽士くんは服を差し出す。


「さぁ……着るんだ………。あり」


 ぶっ飛んだ。

 綺麗に。 

 廊下まで、「ぎゃああああああああああああああ」という悲鳴付きで。


「焼却炉に行ってくる。すぐに戻ってくるから、それまでよろしく」


 床に転がっている楽士くんの元へ、在須は何でもないような顔で近寄る。ぶん殴られてもなお服を掴んだままの楽士くんは、うめき声を挙げながらも必死に奪われまいと守ろうとする。

 はた目から見て、よく生きて……いや、よく意識があるものだと感心する状況だったが、在須はただ見下ろす。無機質な瞳と表情で、ただ自分の足元に転がるそれを見下ろす。

 前触れもなく、がっと楽士くんの服を掴んだ。


「やっ、やめろぉ………あ」


 その言葉が聞こえるか否か、在須はそのまま歩き出した。床にずるずる友を引きずり、体の痛みで抵抗することもできない楽士くんの「あーーーーれーーーー」という声は徐々に小さくなっていった。


「おーい、深漸。もうすぐ、始まるんだから早く帰ってこいよ」


 誰かのそんな言葉を皮切りに、次々と自分の作業に戻っていく生徒たち。


「えっ、あっ、とっ、止めないと」


 そんな中、取り残されて慌てふためく私に、近くにいた女の子が笑って言う。


「大丈夫だよ。前の時も、その前も、ちゃんと楽士くんは生きて帰って来たもの」


 え……?


「楽士も、あれ絶対、深漸をいじめるの面白がってやってるよな。自業自得ってやつだ」


 そうそう、とその男子の言葉に他の生徒が頷く。

 いや、違うだろう。なぜ、そんな落ち着いていられるのだ。友が焼き殺される瀬戸際だというのに。

 混乱して、固まってしまった私に神はおおげさに腕を広げてみせる。


「大丈夫だよ! 楽士くんなら、不死鳥のように何度もそのオタク魂を復活させ、ここに蘇ってくるから!」


 …………。


 世界は、まだ終わっていない。

 でも世界は、日々変わっていた。



在須は留伊ほどまで鍛えていませんが、楽士はひょろい+スポーツ経験皆無ですから綺麗に飛んでいきましたwww


こんな妙な連帯感があるクラスが、ほのぼのして好きです。

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