二章 ザワメキの中のヨロコビ1
無愛想な表情の在須に連れられて、開始時刻よりも早く訪れた深橋高等学校。広いグラウンドには、既に屋台が立ち並んでいて、準備をする生徒たちの声でざわめいていた。
ずんずん先を行ってしまう在須の背中を追いかけ、二階へと昇る。その間もきょろきょろあたりを眺めてみると、乱雑に統一感もない装飾に目を奪われる。若さと、そして活力あふれた気配に満ちた異世界のように感じてしまう。
「どうした?」
不意に声をかけられ、びくっとして前を向くと、在須が振り返って私を待っていた。気づかないうちにだいぶ距離が空いてしまったようだ。
「ごっ、ごめんなさい」
ぱたぱたと駆け寄る私を見て、在須は顔をそむけると再び歩き出す。
その背中について行きながら、私は彼との間にできてしまった溝の深さに内心ため息を吐いた。
「おはよう」
「おはようございます」
がらっと、教室の扉を開けた在須に続いて私も入り、ぺこりとお辞儀をする。
「おはよ……あれ、深漸くん? 誰、その子?」
「どうしたんだ、深漸。 隠し子か?」
「うおおおおおおおおおおおおおお! 超絶美少女萌え!!」
予想はできていたが、クラスの視線は一気に私に集中する。反応は様々。可愛い子ね、と私の頭を撫ででくれる女生徒、在須にせまる男子、そして…興奮して跳んだり跳ねたり、絶叫する眼鏡の男子生徒…………。
「昨日みんなに話した俺の従妹だ。もうわけは説明したが、今日一日世話になる。改めて、よろしく頼む」
「これが、噂の鈴璃ちゃんかっ! 萌え萌え萌え萌え萌え~!!」
眼鏡男子が、拳を振り上げ叫ぶ。……最近の子は元気だな。
「もちろん。俺はOKだっ! しかも、美少女というならばなおさら……」
「まぁ、楽士くんの言ってることは放っといて、私たちももちろん大丈夫だよ」
「あぁ、家庭の事情なんだからしょうがないだろ。俺らも見てくれる人いると張り合いがわくしさ」
「サンキュ。恩に着る」
本当にいいクラスのようだ。
みんな笑顔で、土壇場で在須に勝手なことをさせたのに暖かく受け入れてくれた。
自然と浮かんでくる微笑みを『ふさわしくない』と必死に抑え、鈴璃らしくにっこりと笑いお辞儀する。
「尾代儀鈴璃です。よろしくお願いします!」
「よろしくね」
返ってくる言葉と、優しい笑顔、それが何よりもうれしい。
×××
もうじき始まる十分前。私はすっかり喫茶店の様相になっている教室の隅に置かれた椅子に座り、きょろきょろあたりを眺めていた。
「不便はないかい?」
そう私に話しかけてきたのは、、桃太郎の仮装をした西汽留伊という、先ほど在須に紹介してもらった少年だった。
「はい、大丈夫です」
「そう? 退屈とかしてない?」
「そんなことないです。みなさん、すっごく素敵なお洋服着てて、見てるのとっても楽しいです」
「そうか」
「あの、在須お兄ちゃんは……?」
さっきから姿を一切あらわさない彼が気になり尋ねてみると、西汽くんは苦笑した。
「あぁ、あいつは例の仮装が絶対に嫌って断り続けてさ……結果として、何の配役も決められないまま客のキッチン専門になったんだよ。それで、今は最後の仕込みをしてるとこかな」
「そうなんですか……」
彼の自分の名前嫌いは相当重症のようだ。
このクラスでも、誰も彼の名を呼ぶ者はいない。この空間で唯一の例外は――私だ。
「あっ、鈴璃ちゃん! 見っけたぁ~!」
聞き覚えの声がしたと思った瞬間、まるで突進のように勢いよく抱きつかれる。
「えっ! ふわあああっ!」
そのまま、バランスが崩れどしんと椅子から二人とも転げ落ちた。
「大丈夫かい!?」
「ごめっ~ん、鈴璃ちゃん。調子に乗りすぎちゃった」
頭を軽く打ち、その痛みに少し顔をしかめながら起き上がると、目の前にいたのは……
「うっ、唄華、お姉ちゃん……」
「久しぶりだねっ!」
よく動く大きな瞳をこちらに向けて、可憐な笑顔を見せる少女。色素が薄い短い髪に、よく似合うピンク色のヘッドドレスをして、これもまた可愛らしいふんわりとしたドレスに身を包んでいた。
誰からも好まれるであろう容姿。そして、見るものを惹きつける感情豊かな表情。
「唄華お姉ちゃん、久しぶり」
私が作り笑いで、子供らしく微笑んでみると、彼女もふっと笑って、また抱きついてきた。
「もう鈴璃ちゃん、かっわい~!」
「わわわわわっ」
私はまた転びそうになるのをやっとこさ堪える。その時、頭の中で声が鳴った。
『待ってたよ。久しぶりに、また遊ぼうよ』
誰の耳にも届かないだろう、直接脳髄に語りかけられる言葉。
目を見開く暇もなく、彼女は私から離れ、その場をくるりと回った。
「ねぇねぇ、鈴璃ちゃん。これね、シンデレラの衣装なの。似合う~?」
「わぁ! すっごく可愛いです」
私も笑顔を作って即対処。不審がられていはいけない。態度と表情をとっさに装うのはとうの昔から慣れきっている。だが、内心混乱の嵐が吹き荒れていた。
神からの遊びの誘い。
それは不吉な予感しかもたらさなかった。
だが彼女はただ無邪気に笑って、「そういえば」と言った。
「楽士くんに、呼んで来てって頼まれてたんだった!」
そういうが早いがぐいっと私の手を引く。少し躊躇したが、西汽くんが「深漸には俺から言っておくよ」と言われたので、連れられるがまま行くことにした。
そう遠くもない隣の、おそらくは準備道具置き場に使っているのだろう教室へ導かれると、「……来たね」とぞくっとくるような不気味な声がした。
「うん、やっぱり俺の考えたとおりだ。これはこの時のために生まれたんだ。まさか、こんなところで出会えるとは、正に天の配剤だっ」
「楽士くん、準備はできた?」
神は床にうずくまってぶつぶつ呟いている少年に声をかける。
「もちろんっ!」
その言葉と共に立ち上がった彼は、あの時確か「萌え~」などと奇妙な言葉を叫んでいた少年だった。
「唄華ちゃん、サイズ調べ等の協力感謝いたすっ!」
「いえいえ、私もロリーな子大好きだし~」
……何の話をしているのだろうか。
状況が進むのを待つしかない私は、ごにょごにょ話している二人を見つめていることしかできなかった。
少し意外だと感じたのは、神の学校生活だった。在須にしか興味を向けていないようだったから、他の人間関係に関しては放棄しているのではないかと思っていたが、むしろこの少年とではある点では在須とより仲が良さそうに見える。
「「鈴璃ちゃ~ん」」
二人同時に爛々と輝く目をこちらに向けられ、びくっとして体が硬直してしまった。
「実はね~、私たちの服、ほとんど楽士くんが作ってくれたんだ。もちろん、これもね」
神が自分の着ているドレスを見せびらかすようにして、私は驚いて声を上げる。
「すっ、すごい!!」
てっきり購入したものだと思っていた。それほど、丁寧でよくできた衣装だった。じっくり見てみると、レースの細かさ、刺繍のデザインの凝りようもとてもではないが素人の作ったものとは思えなかった。
昔は男子が裁縫なんて想像もできなかったが、時代はこんなにも変わったのか。そんな感銘さえ受けた。
「はっはっは! でも、俺が作るのは女性用のだけだけどねっ」
「そういえばそうだったね~。男子のは、みんなで夜なべして作ったんだよ」
……あれ?
それでもすごいことなのに、一気にそのスキルが軽蔑される一因になりそうなのはなぜだろう。
「さ~て、俺をほめてくれた鈴璃ちゃんにプレゼントだっ!」
袋の中から、大げさな動作をつけて取り出されたそれは――
「……えっ?」
「鈴璃ちゃん、さっそく着てみてくれっ!」
「早く、早く~」
「えっ、でもこれ……」
私が躊躇っていると、神がまた私に声なき声で囁く。
『深漸くんと、仲直りしたいんでしょ? これを着ればいちころだよ』
「――!」
なぜ……それを。いや、神なのだから知っていてもおかしくはないが、人の感情の機微には鈍感というか無関心だと思っていた。いや、在須だからか。
待て待て待て! 今、考えることはそのことじゃない。
私は目の前のそれをしっかりと見て、ごくりと唾を飲み込む。
着るのか、これを。
いや……でも、
「深漸くん、絶対喜ぶよ~」
「そうだな、だってあいつ絶対さっ」
二人でにやりと笑い、踊りだす。
「ロリロリロリ~!」
奇妙な唄を歌いながら……。
ぐっと唇を噛む。
彼を少しでも幸せにできるのならば、決断するべきだ。
人を幸せにする。
それが否理師である私の《目的》だ!
諸事情あって遅くなりました(汗
これからもたびたびあるかもです。
でも長期の休みor更新スピードの大幅な変更があるときは、活動報告に必ず一報入れます!!
エンドはおばあちゃんwwwよりも老けてます!
所々で、年よりくさい……
でも、内心はそれでも外見は可憐な少女を装っているので、楽士くんあたりが知ったらどうなるのだろう……新たな境地にはいかないでくれよ、楽士くん。
おばあちゃんで、しかもまだ外見は小学校五年生(しかもお嬢様学校通いでした)なので、常識になりつつある萌えとか全然わかりません。
次回……がんばれ! エンドおばあちゃん!!