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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第一部:ウソで創られた《今》 
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二章 ニセモノが居るセカイ2

「へぇ。あの時にはもうばれていたのか」


 鈴璃のすがたをした誰かは、興味深そうに俺をまじまじと見る。


「よく気づいたね。中身が違うなんてこと、熟年のプロでも一目でわかるかどうか。どうやら、君は百年に一度くらいの逸材らしい」


 にやにやしながら少女は言った。鈴璃の顔に似合わない、人を馬鹿にした表情。


「お前……誰だ?」


 真っ白になりそうな思考の中、俺は何とかその言葉を絞り出した。

 少女は大人びた笑みを浮かべる。


「私は否理師(ことわりし)拾弐回(じゅうにかい)死んで、拾参回(じゅうさんかい)目の生を生きる者。

『終末の魔女』の二つ名を冠する――『尾城儀鈴璃』だよ」


「お前は、鈴璃じゃないだろ!」


 テーブルをバンッと大きく叩いて、俺は立ち上がっていた。


 お前が、鈴璃を名乗るな。

 鈴璃の声で、鈴璃の顔で。

 それは、俺の従妹の――。


 思わず掴みかかってしまいそうな勢いで叫ぶ。


「否理師ってなんだよ! 拾弐回死んだとか、どういう意味なんだよ! 俺の従妹に……鈴璃に何をした!」


「そのまんまの意味なんだけどね。説明してあげるから、大人しく座りなよ」


 俺の剣幕に怯えることなく、少女は異様なほど落ち着き払った態度で俺を諌めた。


「本当は教えてあげる義理なんかないんだけど、上手く隠しきれなかった私にも非がある。そこを汲んで、懇切丁寧に教えてあげるんだから落ち着けよ、深漸在須くん」


「……お前が俺の名を呼ぶな」


 なんとか理性で押さえながら、俺は唸るように言う。


「俺がその名を呼ぶことを許したのは鈴璃だ。お前じゃない」


 少女は俺の顔を見つめると、小さなため息をついた。


「……うん。確かにそうだね。私は尾城儀鈴璃の立ち位置に無理矢理割り込んだ、ニセモノに過ぎないから。よし、わかった。君の名は呼ばない。君もあの名じゃ呼びにくいだろうから――そうだな……エンド、とでも呼んでくれ」


「……エンド」


「そう。だから、落ち着いて話を聞いてくれ。じゃないと何も進まないしね」


 再度なだめる言葉に、渋々だが俺は椅子に座る。

 エンドは満足げに頷いた。


「うん、よろしい。んじゃ、さっそく言わせてもらうけど――君の従妹は死んだよ」


「…………」


 そんなこと、わかってた。


 鈴璃が生きているなんて、そんな甘い幻想を抱けるほど俺はこの世界に希望を持ってない。

 ただ、拳をぎゅっと握りしめた。

 エンドは俺の反応を見て、にやにや笑いながら語る。


「正確には身体は死んでいない。しかし人間にとって必要なエネルギーである心、《想い》が事故の衝撃によって全て失われた。《想い》というのは、俗物的に言えば魂のようなものだ。ただ体が生きているというだけで、彼女自身はもうどこにもいなかった。君の勘は正しい。正にあの時、彼女の体は空っぽ、脱け殻だったんだよ。《想い》を失った、ただの肉の塊。君が誰よりも早く、その事実を直感できたのはね、君が人の《想い》と言うエネルギーを肌で感じることができるからだ」


「《想い》を、感じる……?」


「《想い》の波動は人それぞれだ。人は無意識にその力を場に放出している。オーラとも言えるかもね。君はそれを敏感に感じとる《能力》があるようだ。だから君は、従妹のものとは違う、私の《想い》が尾城儀鈴璃の体に入ってることもあっさり看破できたというわけだ」


 少女は澱みなく言った。

 あまりにも現実離れした話だとおもう。しかし、あぁそうだったのかと、不思議と納得できてしまった。


「稀有な才能だよ。君ほどの感度になると百年に一人いたらいいところだ。なかなか便利な能力じゃないか。他人の気配に聡いと、あらゆる場において有利だ。もっとも、平凡な日々を過ごしている君にはあまり関係はないか。才能というのは決してプラスに働くとは限らないし。君は――どうだったのかな? 知らない方がよかったに決まってるのに。ただ辛い現実が待っているだけなのに、わかってしまって」


「……別に、何でもない」


 俺はエンドの饒舌にあえて投げやりな風にそう言った。その通りだと思ってしまうが故に、こんな風にしか言えない。


「つまり……お前は幽霊みたいなものってことか? 空っぽになった鈴璃の体にお前が入ったってことなんだろう?」


「うーん。正解に近いんだが、幽霊なんてものと一緒にされるのは心外だな。私は魔女だ。人の道を外れたものではあるが、そこだけは譲れない」


「……幽霊と魔女に、なんか違いでもあるのかよ」


「幽霊は人の罪悪感や思慕が生み出した妄想で、実在なんかしないだろう? 魔女は、間違いなく実在するんだよ」


 どこに? そう尋ねる間もなく、エンドは不遜な態度で胸を張る。


「ここにいるでしょ?」

 

 俺が呆気に取られたのを見て、エンドは実におかしそうに微笑んだ。


「私が自らを魔女と称し、魔女と呼ばれるのは、私が否理師の中でも異端だからだ。否理師の説明はまだだったよな? 百聞は一見に如かず。一つ、試してみるか?」


 そう言うと、エンドは椅子からひょいとおりて、テーブルを迂回して俺のところにやってきた。


「なっ、何を」

 

 ガタッと椅子から立ち上がり、思わず後ずさりし、身構える。

 それを見てエンドは、あははと、声に出して笑う。


「心配しなくていい。少しだけ、奪うだけだから」


 そう言って、ギリギリまで背を伸ばし、その小さな手を俺の胸へと伸ばす。

 混乱して、動けない俺の胸の辺りに指が触れた瞬間。とぷん――と、エンドの指が沈んだ。


「――!」


 すぶずぶと、手が半ばほどまで俺の体に沈んでいく様は、まるで自分の体が液体にでもなったかのようだった。感覚もなく、目で確かめなければとても信じられない。


「見っけ」


 そう言うと、エンドは手を一気に引き抜いた。

 慌ててそのあとを見るが、特に変わった様子はない。

 警戒して睨み付けるが、エンドは全く動ぜず、指をもてあそびながら聞いた。


「どう?」


「どうって……何がだ」


「お腹、いっぱいじゃなくなったでしょ?」


「一体、何のことを言って――っ!」


 すぐに気づく。

 さっきまで感じていた満腹感が忽然と消えていた。お腹が空いたというわけではなく、ただ感じるべきものが一切湧いてこないような奇妙な感覚だった。


「ほんの少しだけもらったよ、君の《想い》」


 エンドはそう言って、右手を開いて握っていたそれを見せた。


「これは《想片(そうへき)》という、《想い》をエネルギーに変換し、それを凝縮したもの。否理師によって形状は異なるけどね。私の場合は、これ」


 それは何処にでもあるような、何の変哲もないただのビー玉のようだった。ただ、よく見れば、そのガラス玉の中には、オレンジ色の炎がチラチラ燃えているのがわかった。


「それが……俺の満腹感だって言うのか?」


「そう。授業料の代わりにもらっておくよ。どっちにしろ、一度エネルギーにしちゃったら、もう元に戻せないしね」


「えっ?」

 

 じゃあ、もしかして俺はずっとこのままか? どれだけ食事を摂っても満たされた感じがしないなんて……。別に食べることが好きなわけではないが、それってかなり寂しい人生なんじゃないか?

 俺の戸惑いを見て、エンドは少し笑って言った。


「大丈夫。ほんの少ししか取ってないから。全部取ったりしない限り、また《想い》は回復する。明日の朝には戻っているだろう」


 ビー玉を掌の上で転がしながら、エンドは続ける。


「否理師とは、《想い》をエネルギーに変換し、有限の理を破壊し、無限の可能性を生み出すもの――」


 ギュッと、強くビー玉を握りしめると、すぐ掌を開いた。途端――ビー玉がぐにゃりと歪んだ。まるで粘土のように、奇怪な動きで変形し、一つの形を成していく。


 日本刀。派手な装飾はないが鈍く、怪しく光る抜き身の刀がエンドの手に握られていた。


「まぁ、こんなふうにね、《想片》を変形して武器にしたり、複雑に組み合わせれば様々な理をひっくり返すことができる」


 自慢するように、俺に刀身を見せつける。


「《想片》さえあれば、力を組み合わせたり、流れを上手く調節することで様々なことができるようになる。もちろん修行や研究は必要だけど。世界には約二千人ぐらい否理師がいるが、それぞれがそれぞれの目的に従って、この世界の何かしらの(ルール)を否定することを目指している」


「じゃあ、つまり……」


「そのとおり。私は、それに成功した」


 俺の予感にエンドは力強くうなずいた。


「私はこの力を用いて、転生する《想い》そのものになった」


 少女はとても信じられない言葉を平気で言い放った。


「通常《想い》は死んだら消滅する。もしくは君の従妹のように、体より先に《想い》のほうが失われる場合もある。しかし、私の《想い》は消滅しない。体が無くなれば、空になった他人の体を乗っとり、ニセモノとして生き続けることができる。私は六百年前にそんな《魔女》になった」


「……そんな馬鹿げたことが、できるのか?」


「もちろんできる」


 エンドは誇らしげに頷く。


「不可能の壁を破壊する。理(絶対)を否定する。それが否理師だ」

 

 自分の――鈴璃のものであったその体を慈しむように、そっと胸に手を当てる。


「拾弐回目に死んだ後、偶然見つけたのがこれ。尾城儀鈴璃、なかなかの好条件が揃った体だ。家は裕福だし、なにより保護者が忙しいから監視の目が緩いのがいい」


「……鈴璃の体を使って何をするつもりだ」


 俺の声は怒りで震えていた。


「叔父さんを騙して、俺たちを騙して、お前、一体何がしたいんだ」

 

 エンドは黙って俺の言葉を聞いていた。さっきまでの嘲るような笑みを表情から消して、ただ静かな無表情で俺を見つめる。

 

 その威圧感に気圧され、思わず俺も沈黙する。その様子を見て、エンドはため息と共に言う。


「その質問には、答えない」

 

 答えられないのではなく、答えないのだと言った。


「正体を知られてしまったのは、私の落ち度もある。今までばれたことがなかったから、つい油断してしまった。だから真実を知ってしまった、可哀想な君の疑問には全て答えてあげることにした。君は最初に私に聞いたよね? ――否理師とは何か、拾弐回死んだという意味、君の従妹に何をしたか。それらには、もう回答済みだ。わからないことがあったなら質問くらいは受け付けてやってもいいが、新たな疑問に対しての回答はしない。――ここからは有料だ」


「有料……?」


「高いよ? 君の《想い》を全て私に捧げてくれる覚悟が、果たして君にあるのかな」


 嘲るように告げると、もう話は終わったと言わんばかりに、エンドは俺に背を向けてリビングから去ろうとする。


「……待て」

 

 その背中に俺は問いかける。


「さっき……俺の《想い》を奪ったとき言ったな『全て取らない限りは大丈夫』だと。だったら、全部取ったらどうなるんだ?」

 

 ぴたりと、エンドの歩みが止まる。俺は畳み掛けるように続けた。


「全部《想い》を奪われてしまったら、鈴璃みたいに、もう死んでるのに体だけは生き続ける状態になるのか?」

 

 被害者は五人。

 何者かに襲われ、病院で意識不明の状態。どこにも異常はないのに、外界からの刺激に対して一切反応しない。

 

 まるで、生ける屍。


「まさか……お前が」


「――もしそうだとして、君はどうするつもりだ?」


「……えっ?」


 一瞬だった。

 エンドが振り返ると同時に、その手に握られていた刀の刃先がきれいな軌跡を描き、俺の心臓の前で止まった。もし前につんのめってしまうようなことがあれば、その刃は俺の心臓 を間違いなく破壊するだろう。

 冗談じゃない。背中を冷たい汗が伝う。

 刃が怖いわけではない。恐ろしいのは、目の前で俺を見据える――従妹のすがたをした化物。


「君には関係ない話だろう? 関わる必要も、知る必要もない。君はただ、私の言ったことを鵜呑みにして受け入れ――そして、忘れてしまえばいい」


 静かな怒りがにじみ出る声。こんな小さな体のどこから、人をここまで圧倒させる気迫が湧いてくるのか。

 そうだ。外観は鈴璃でも、中身は六百年の時を生き続け、奇妙な力を持つ魔女を名乗る狂人だ。

 気配が圧倒的なレベルの差を伝えてきた。

 それでも震える足を叱咤して、俺は抗うように言う。


「教えなければ叔父さんたちにすべてばらす……と言ったらどうする?」


 苦し紛れの必死の抵抗だったが、エンドは嘲るように――いや、むしろ哀れむように笑った。


「従妹がとり憑かれたよー、とでもいうつもりか? しかも、転生する魔女に? 誰が信じるものか。君はわかる人間だから理解できたが、他人にとってはただの夢物語にしか聞こえない」


「……だけど!」


 諦めきれず叫ぶと、エンドは目をすっと細めて呟いた。


「それに信じてもらえたとしても――その瞬間、尾城儀鈴璃という存在は死ぬよ」


 エンドは刀を下ろす。俺を見上げて、しかし視線は蔑むように鋭く尖っている。


「その時、この娘の父親はどうなるかな?」


「――!」


 最初から、選択の余地はなかった。


 今の叔父さんを支えているのは、鈴璃が生きているという事実だけだ。彼は失ってしまった最愛の妻の代わりに、鈴璃を守り育て、愛することに全生涯を捧げている。鈴璃のためなら、血が滲むほどの努力で立ち上げた会社を捨てることさえ厭わないだろう。いざとなれば自分の命も投げ出す。

 そんな彼が真実を知ったとき、今度こそ全てが壊れてしまう。

 叔父だけじゃない。俺の母親や父親、兄、親戚一同、鈴璃の奇跡の蘇生をあれほど喜んでいた人たちの『幸せ』がすべて壊れる。


 言えない。俺には、言えない。

『鈴璃』を殺すなんてこと、俺には、できない。

 押し黙る俺を見て、エンドはおかしそうにくすりと笑う。


「なぁに、心配しないでよ。あのお遊びも、あと三日もあれば十分だ。気にすることはない、忘れてしまえばいい。君には、どうせ何もできないのだから――。明日からまたよろしくね」


 エンドはまたくるりと俺に背を向け、今度こそリビングを出ていく。

 最後に一度だけ振り返り、笑った。


「おやすみさい。お兄ちゃん」


 純粋な、鈴璃らしい無邪気な笑顔で。


 パタンと、扉がしまった途端、さっきまで意識していなかった、テレビから聞こえる笑い声がやけに耳についた。

 俺はすぐさまテーブルに残っていた自分のカレーを完食し、冷蔵庫にあったプリンを三つとも全て食べ尽くして、さらに牛乳パックを丸々飲み干す。冷蔵庫を空にする勢いで食べ物を口に運ぶが、一向に腹が満たされた感覚はない。

 意識してみれば、気持ちが悪いくらいの違和感があった。


「ははは……つまり、これは夢でも幻でも嘘でもないってか」


 冷蔵庫にもたれ掛かり、自嘲の笑みがこぼれる。

 わかっていただけに辛い。


 ――――知らなければよかった。


「全く……馬鹿らしいにもほどがある」


 最初からわかっていたじゃないか。

 こんなふうに、惨めにも後悔するはめになるって。

 

                  ×××


 別になにかできると思って、あいつを問い詰めたわけではない。疑念を抱いたまま一緒に暮らすことに耐えられなかっただけ。

 何ができる?

 鈴璃の姿をしているからといって、俺はあいつをとても鈴璃とは思えない。

 じゃあ、あいつの言うまま、鈴璃の体を好き勝手にされたままでいいのか。俺はそれを許容できるのか。


 ――あいつは一体、何をするつもりなんだ?


 …………。


 部屋で布団にくるまってからしばらく経ったとき、あいつが二階から飛び降りたのを感じた。

 あいつの気配は平然と地面に舞い降り、どこかへと去って行く。

 今までと同じように、俺はあいつを追おうと思った。いや、あいつが事件に関わりがあるとわかった現在、あいつを止めないことは誰かを見捨てると言うことに近い。

 起き上がろうと思った。走り出そうと思った。


 だが、


 いつものように、体は一切動かなかった。


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