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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第三部:ゼンイの魔女
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一章 サシダス手と躊躇いのユラギ2

 その話を聞いたのは、在須の定期健診について行った時だった。

 あの日から、彼は私を邪険に扱うようになり、その時もついて行くというと、酷く嫌な顔をされた。卑怯だったが《鈴璃》として振る舞い納得させたが、それでも私を置いて行くように早足で前を行った。

 診察室の前のベンチに座って待っていると、彼が入ってすぐに中から怒鳴り声が聞こえ、振り向く間もなくドアが開くと在須が全力で走って逃げて行った。

 上半身全裸で……脇にシャツを抱えたまま。


「在須!!」

 

 彼の兄である刻兎くんも出てきて呼び止めたが、彼はもう既にそこに居なくなっていた。


「まったく……あいつは、何を……」

 

 そこで気が付いたのだろう。はっとした表情で私を見ると、ただ深いため息を吐いた。


「ねぇ、鈴璃ちゃん。あのバカが何をやらかしたのか知ってる?」


「在須お兄ちゃん、どこか悪かったの?」

 

 私はわかっているのに、そう尋ねた。

 刻兎くんは渋い顔をして言った。


「あいつ、この暑いのに長袖してただろ? おかしいと思って脱がせたら、案の定だ」

 

 そう、すぐにばれてしまうから、在須はここに来るのを躊躇い、あまつさえ逃げ出そうとしていた。だから私はついてきたのだ。


「右腕が紫になるほど内出血してる。そうとう痛いはずなのに、『たいしたことない』って……無自覚な患者ほど手におえない」

 

 前回の《芸術家(アルティメスタ)》と戦ったときの負傷だ。

 彼は家族や友人などにはあれやこれや言ってごまかしているが、負った傷は深かった。一朝一夕で治るものではない。

 皮膚や血管を取り繕うように治癒させただけで、少しでも乱暴にすればあっさり傷が開いてしまう。

 まぁ、そのようになるように治療したのは私だが。

 本当はもう少しましにすることができた。彼が想片に慣れてきて、副作用もあまりでなくなっていることはわかっていた。

 でも彼が負った傷は体にだけじゃない、何より重症なのは『心』。

 心に負った傷はいつ癒えるかわからない。なのに、また何か起こればきっと無茶をせずにはいられないであろう彼に、少しでも長く休んでほしい。

 卑怯な手口だが、私の言葉が届かない以上どうしようもならない判断だった。


「在須お兄ちゃん、治るの?」

 

 私が心配した風をよそって聞くと、刻兎くんは笑って頭を撫でてきた。


「もちろん。そんなにやばい怪我ってほどでもない。治るまで、それまでおとなしく安静にしておけばいいんだから。どうしてあんなになってしまったか気になるし、在須は『気づいたらなっていた』としか言わないから、いっそのこと入院して監視したいところなんだけど。それを言ったら『変態兄』と罵られ、逃げられてしまった……どうしてだ?」


 刻兎くんは不思議そうに言った。


「『治るまで、部屋から一歩も出してやらないからな。大丈夫大丈夫と言っておきながら結局はこのざまじゃないか。もしこれを拒むんなら、何だ? 唄華ちゃんに頼んでお前の観察日記でも作ってもらうぞ』って言っただけなんだけど」


 私もきっと同じことを言う。心の中で深く頷いた。


「本当にするわけないのに、冗談が通じないんだから……まぁ実現可能だったらするんだけどね」


 在須は刻兎くんのこういうところを『過保護』と言ってるのだろうが、それは違う。このような心配をさせる彼がいけない。


「それに絶対に承知しないだろうし。もうすぐ文化祭も始まるから」


「文化祭?」


 私が首を傾げると、刻兎くんは私の隣に座ってうなずいた。


「そう、文化祭。深橋(しんきょう)高校の文化祭は夏休み最後の週に行われるんだ。だから八月になったら、その準備で忙しいんだよ。僕もあそこの卒業生だから良く知ってる」


 懐かしむように、刻兎くんは言った。


「深橋の文化祭はすっごく盛り上がるんだよ。普通科コースと芸術コースが、それぞれ特色ある出し物をして。その盛況さに惹かれて深橋を選んだっていう生徒も少なくない。在須は今年、唄華ちゃんと一緒にクラス実行委員になったから、余計に忙しいみたいだ。ここ最近、ずっと家に居なかっただろう?」


「うん。そうだったんだね」


 てっきり私と一緒に居たくないために家を空けているのかと思ったが、そうではなかったのか。


 文化祭。

 そのようなもの行ったことなどなかった。

 十三回と生をくりかえしてきた私だが、選んできた体はほどんど成熟した女性のもので、また活動の拠点としていた場所は、戦乱や貧困など明日無事に生きられるかわからない状況のところばかりだった。

 文化祭はそれこそ小学校に通いだして、初めて知ったような概念だった。以前、通っていた私立小学校にも『文化祭』という行事はあったが、それは合唱や学習発表がほとんどだった。


「行ってみるかい?」


 回想にふけっていた私に刻兎くんは言った。


「在須と、また喧嘩でもしちゃったんでしょ?」


「えっ、喧嘩なんてしてないよ!」


 敏い青年だ。

 そう思ったが、慌てて誤魔化す。

 ところが刻兎くんは首を振った。


「喧嘩じゃなきゃ、在須が逃げていたとしても鈴璃ちゃんを置いて言ったりしないよ。文化祭のことも聞いてなかったみたいだし」


「喧嘩じゃ……ないもん」


 そう、喧嘩ではない。

 ただ気持ちがすれちがってしまい、どう以前の関係に戻ればいいのか計りかねているのだ。

 どちらか折れたほうが負け。そんなくだらない意地の張り合いみたいになってしまっている。


「僕が在須を説得させるから、連れて行ってもらいなよ。あいつはまだ子供だから素直になれないだけで、きっかけさえあればすぐ元通りになるさ」


 刻兎くんにも、心配をかけてしまっている。 

 頭が下がる気持ちになる。

 そうだ、このままではいけない。なんとか彼を説得するかして、私の意志をわかってもらう努力をしなければならない。


「……うん。鈴璃、行きたい」


 刻兎くんが頑張ってねと、優しく頭を撫でてくれた。



その後、在須はちゃんとトイレで服を着て、病院から無事脱出できました。


刻兎とエンドはお互いかなりの心配性で、通じ合うところがある気がしますw

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