五章 ツラヌクは誰のココロ2
今の深漸くんなら、きっとできるよ。
唄華は言った。
思い出して。魔女ちゃんが《探索》の業を使っているのを見たことがあるでしょう?
あぁ、まぁ……。
その時、鈴璃ちゃんの体だからうまくいかなくて、結局深漸くんが察知しちゃったんだよね。
確かに、そうだったけど。それがどうしたんだ? 唄華。だからって、教えてもらってもないのにできるわけないだろ?
教えてもらってもできないよ。魔女ちゃんの世界は文字だらけの理屈でできている。でも、深漸くんの見ている世界は違うでしょ。
……。
深漸くんの世界は感覚が全て。確かに定義づけられたものはないけど、でも確かにそうであると感覚で物事をとらえる世界。深漸くんがこの世界の理を理解しようとするならば、それは理屈じゃダメなんだよ。
受話器の向こうから聞こえてくる唄華の声が囁いた。
深漸くんが今、感じているものが全て。自分の勘こそが全てだよ。だから、思い出して。魔女ちゃんの《探索》の業はどんな感じだった?
「君は……」
デュケノアが言葉を失くしてる。
俺だって、まさかこんなに簡単だとは思わなかった。
感じればいい。考えなくていい。《勘》に従うだけで、なんとなくいけてしまう。
俺の世界はこんな単純だったんだと思うと、複雑な気分にもなるが、まぁいいや。
デュケノアの表情がさっきまでの飄々としたものと一変する。軽蔑するようにこちらを見据えている。
「まさか、君がそのような暴力の塊でしかない武器を手にするとは。君の才能に畏れを抱くのと同時に、何だかがっかりさせられた気分だよ」
「いや……俺も、これにする気はさらさらなかったんだけど、ぱっと浮かんだのが拳銃だったからな。あんまり好きになれないけど、一番合ってるってことなのかもしれない」
『武器百選』を読んだ甲斐があったってことか。自動式の拳銃。外装のイメージは完璧だった。仕組みもあらかた調べてあるが、正直そこまで思い描けている自信はない。だからもしかしたら、この中身が空洞になっている可能性もある。
でも、問題はない。
デュケノアが唇を噛んで、腕を振る。数本の彫刻刀がきらめき、軌跡を描いて飛んでくる。
それらを冷静に見ながら、俺は息を整える。
正しい撃ち方なんて知らない。ましてや、撃ったことなどない。
だけど、できることはわかっていた。
引き金を絞る。
音と振動を感じて、赤い銃から、同じく赤い弾丸が飛び出す。間髪入れず狙いを定め、また撃つ。
放たれた弾丸は想片のエネルギーを元にしたもの。彫刻刀を音速を超える速さで確実に打ち抜いていく。
「へーえ、本当におもしろいね。君は」
デュケノアが元の雰囲気を取り戻して、笑う。
「その銃は、既存の銃とはまるで違う。君の《想い》に引かれて、君の《想い》によって撃ち出される。イメージだけで形作らねばならず、どうしても不安定になりやすい。修行をすれば制御できなくもないが、初めてでその域に達しているとは……。天才と呼ぶのも生ぬるい。君はいったい何者だ?」
「俺は俺だ。それ以外にはなれねーよ」
ヒーローになることも、エンドのようになることも、俺にはできなかった。俺は俺にしかなれない。それだけの簡単なことが分かっただけなのに、世界が違って見えるのが不思議だった。
「かっこいいね」
デュケノアはにんまりと笑う。
「でも僕は美のために、そんな君を全力で潰させてもらう」
手をまた大きく広げる。その両の手の間に、きらめく彫刻刀が幾本も生成されていく。
「えっと、こんな感じだな」
俺は銃から手を放す。その代わり、俺の腕に巻きついていた想片の端がしゅるりと伸びて、銃に絡みつく。
デュケノアが怪訝な顔をしているのも無視して、俺は目を細め、意識を整える。
『広がれ、纏まれ、やり直そう。そしてそれを――繰り返せ』
変化は急速だった。
俺の言葉に反応して、体に巻きついていた想片の余分な部分がぶちぶちっと千切れた。小さな布きれになったような想片は宙に漂うと、空間に巻きつこうとする。しかし巻きつけられないそれは自らを包むように丸くなっていき、小さな点となろうとして――弾けた。
銃が二つに増えた。
また弾ける。四つに増えた。弾ける。八つに増えた。弾け――十六に増えた。
数をどんどん増やして、俺の目の前を覆い尽くす。
「これは!」
デュケノアが目を見開く。彫刻刀の数よりはまぁ少ないが、いいだろう。
『行け』
俺の言葉を引き金に、銃が次々と弾丸を放つ。一つ一つを的確に、呆然としているデュケノアの脇もかすめて、全ての彫刻刀を打ち落としていく。
最後の一本まで破壊すると、増殖した銃は最初のものを除くと、一瞬想片の形をとったがすぐに空間に溶けて消え去ってしまった。
「ははは……」
ふらつきそうになるのを堪えて、なんとか意識を保とうと笑ってみた。思っていたよりも、イメージをし続け、力の流れを感覚で操るのは精神を削った。貫徹した時みたいに、地に足がついている感覚がせず、頭も全然回らなくなってきた。
でも俺は強がって、弱弱しいながらも笑みを向けた。デュケノアはそんな俺を見て、顔を引き攣らせながらもくすりと笑った。
「《反逆者》……ね。自分の業で反逆されるなんて、酷い屈辱を受けた気分だったよ。いくら僕が使う業の中でも単純なものの一つだとしても」
そう、確かにさっきの業の感じが、単純でわかりやすかったからできた。
フォルケルトが使った《絶園の炎》や、エンドが生み出した《籠寓漏》だったら、とてもとてもこんなに簡単に使えるわけがない。
ましてや、デュケノアの《保護》も俺にはどうしようもできない。
だから、やらなきゃ。
唾を飲み込んで、崩れ落ちそうになる体を律する。ただこれだけのことで、くじけそうになるほど頭がぐらぐらするが、やるしかない。
何をしてでも――目的を果たすために。
彫刻刀という武器の防御壁を全て失ったデュケノアの元へ、俺は一足飛びに駆け、そのまま拳を放つ。
だが――まただ。
俺の拳は微笑んでいるデュケノアをかすりもせず、何もない場所を殴る。
そこをすぐさま、カウンターが来る。これはわかっていた。何とかデュケノアの手に握られた彫刻刀を避け、跳んで距離を取る。
やっぱり、おかしい。
俺の攻撃が何度も空振りしてしまうこと、そして――あれだけの弾丸の雨の中にいたのに傷一つついていないこと。
俺は、殺すつもりで撃ったんだ。
覚悟して、覚悟して。
頭がぼうっとして少しハイになってはいたが、でもそのことは俺が覚悟して決意した。
迷いはなかった。
あいつに向けて、俺は銃を放った。
殺すつもりで。
背中をつたう冷や汗を無視して、俺はデュケノアを注意深く見る。
なにか、からくりがあるはずだ。
なんらかの業で俺の攻撃を避けている。
考えろ。
「来ないのかい?」
デュケノアは笑う。
「じゃあ、僕から行くね」
耳元で、デュケノアが甘く囁いた。
一週間ぶりです!
あれ……深漸くん、また不利になってます。
《芸術家》強いですし、まだまだ未熟者ということで。
もうしばらく(!?)戦闘が続きます。