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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第二部:凍りつくカクゴ
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五章 ツラヌクは誰のココロ1

 行けたと思ったのに。

 

 俺は距離を取りながら歯噛みする。

 確実に食らわせることができたと思ったのに、拳はデュケノアの真横をかすめただけで宙を殴った。

 バランスを崩しかけそうになったが、視界の端で腕を振るうデュケノアが見え、無理な体制でも構わず飛び退いた。普通ではありえない動きも、身体強化している今なら問題ない。

 水晶の中に閉じ込められたエンドが怒っている。

 あはは、鈴璃の顔で怒ってやがるから、子供が駄々こねているかのようにしか見えない。何かを必死に叫んでいるみたいだけど、ちっともわからない。

 ごめん。

 俺の好きにさせてくれ。


「その覚悟を決意した瞳! 美しい! 一皮むけたようだね、《反逆者(リベリアス)》くん」


「うるせぇ! 変態は黙ってろ!!」

 

 地を蹴り、今度こそ確実にデュケノアの懐に入り込んだ

 今度こそ、と突き出した拳に――きらりと光る何かが刺さっていた。


「!?」

 

 混乱してしまった隙に、デュケノアは俺の頬を、手に持った何かで触れてきた。

 慌てて避けるが、目に映ったのは赤色だった。

 俺の想片の赤ではなく、液体の――――。


「やべっ」

 

 遅れて十数秒。俺は自分に起こった何かをやっと悟って、再度跳んで再び距離を置く。

 拳に刺さっているのは、二本の彫刻刀。血が幾筋も伝い、ぽつりぽつりと地面に落ちる。頬に手をやるとすっぱり切れていて、決して少なくない量の血が流れていた。


「あれ? 悲鳴を挙げない。眉一つ動かさない。我慢しているようでもなく、反応が遅すぎる。……君、もしかして《痛み》がないの?」

 

 俺は無言のまま彫刻刀を二本とも掴んで、引き抜く。一瞬、白い骨が見えた気がしたが、しゅるしゅると赤い想片がその傷を覆い隠すように俺の手に巻きつき始めた。頬にも巻きついてきて口を塞がれそうになったから、そこだけ指でこじ開ける。


「無茶するねぇ」 

 

 デュケノアは楽しそうに笑う。


「でも、なーんか納得しちゃったな。三年しか残ってないのに、どうして《魔女》が君に教鞭をとってあげているのか不思議だったんだ。君が不幸でかわいそうだったから、《魔女》は君を捨てられなかったんだね」


「俺は……不幸じゃない」

 

 彫刻刀を地面に放り捨てて言った。


「かわいそうでもない。だから、ここにいる。俺が本当にただ不幸でかわいそうなやつだったら、ここに来なかった。家でがたがた震えている自分を許せもしたんだろう。そうなんだよ、エンド」

 

 エンドに向かって言う。

 デュケノアに否理師として名乗りしたように、俺は深漸在須としても、エンドに宣言する。


「俺は俺のせいで死なせてしまった鈴璃の名誉を守りたい。皆のためだからと、お前にこれ以上傷ついてほしくない。そして――俺も、この世界でまだ生きていたい。まだ終わりたくない。誰にも、何にも終わってほしくなんかない。だから――世界を救ってやる」

 

 あえて傲慢に、傲岸不遜な態度で、全てに向かって決意を絞り出す。


「《夢裏(むり)反逆者(リベリアス)》として、俺は終末から世界を救う! 無理だって諦めるな! 俺は、この未来(ぜつぼう)に刃向ってやる!!」

 

 エンドが辛そうな顔をしている。

 泣き出したいけど、重い何かで塞がっててただ顔を歪めている――そんなエンドに俺は笑う。

 まだ、信用してくれてないのか。

 できないよなぁ。

 でも、もう揺らがないから。この《目的》にはすべてを賭けてでも達成するだけの価値があると、あいつが教えてくれたから。

 血が多少抜けて一瞬体がふらつくが、想片が俺の弱いところを勝手に強化し、無理やりにもしっかり地面に立たせてくれる。倒す敵は目の前にいると、そう告げるように。


「そういうことだ、デュケノア」


「いいね、《起源》が始まる瞬間をこの目で見れて、僕は今とても感動と興奮で満たされている」

 

 デュケノアは俺から目を離さないまま、右手の人差し指にはめられたシンプルな指輪に口づけした。すると指輪は淡く虹色に輝きだし、彼はおもむろに両腕を広げた。


『眩きもの、貫くもの、生み出すもの。虚空(そら)を刻むがため、虚空(そら)より現れよ』

 

 厳かな詠唱。終わると同時に、デュケノアの両手の間に、きらりと幾つもの光が現れた。指輪から想片が注ぎ込まれ、光は大量の彫刻刀へと変わる。

 数は何十、いや何百とあるかもしれないほど次々に生み出されていく。その切っ先が全て、俺へと向いている。

 デュケノアの眼が嬉しそうに細くなる。それを皮切りに、彫刻刀が矢のように走ってきて――、


「よっと」

 

 俺は跳んだ。彫刻刀はさっきまで俺がいたところを突き抜けて、壁に刺さる。何だよ、これだけかと思ったが、違う。

 勢いよく突き刺さったそれらは、意志があるようにうごいてかたかたと数度上下に動くとすっと壁から抜けた。すると当然のように、再び俺に目がけて飛んでくる。


「ちっ、簡単には終わらせてくれねーってか?」

 

 再び避ける。今度は天井に突き刺さるがまた……。スピードはフォルケルトの火の玉よりは遅い。身体強化で動体視力も上げている今なら、避けること自体は簡単だ。だが、デュケノアには近づけない。しかも近づけたところで、俺の攻撃はなぜか当たらない。

 何かある。

 それ自体はわかるけど、こんなに絶えず彫刻刀に襲われている中では落ち着いて考えることもできない。

 と、俺は気づく。

 ほんの少し物思いをしていただけだ。わずかにデュケノアから目を離しただけだ。

 彫刻刀の数がさらに増え、それがいっぺんに襲い掛かってくる。


「……っ!」

 

 避ける。また増える。避ける。また増える。

 スピードは問題ない。むしろ量こそ気にするべきだった。徐々に追い込まれ、逃げ場が失われていく。

 避ける。

 わき腹に何かが触れる。手をやると赤い血が付いた。

 くそっ!

 とにかく近づかないことには何もできない。

 彫刻刀の数が少ないところ目がけて飛び込む。体にいくつか傷ができたようだが、体が反射的に怯むこともない俺には多少は関係ない。 

 そのまま拳を構える。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 雄たけびをあげて突き出した拳は、涼しい顔をしたデュケノアの顔の横をかすめる。


「だめだよ。そんな単純な攻撃じゃ、僕に当たるはずがない」

 

 首根っこを掴まれ、投げ飛ばされる。息が一瞬止まる、が次の瞬間感じたのは衝撃だった。

 音と、何かが背に当たった感じ。デュケノアが放り投げた先にあったのは、大量の彫刻刀。

 何本刺さったかわからない。

 彫刻刀はまだ俺を襲ってくる。だから逃げるしかなく。自分の状況が一つも理解出来ないまま逃走する。


「大丈夫、死なないように威力は弱くしてある。否理師としての勉強だよ。君は敗北を知るべきだ」

 

 視界の端で、デュケノアがちらりとエンドのほうを見たのが映った。


「そして絶望を知るべきだ。僕と同じ罪人である《魔女》は――殺す」


「んなこと、させるかー!」

 

 怒鳴るが、どうしようもならない。

 デュケノアの手には今でも、絶えず彫刻刀が生み出されている。

 ……ん? あれ?

 それって……。

 デュケノアの武器を生成する想片のエネルギーの流れは、エンドがするときとよく似ている。大まかな点で同一と言ってもいいような。

 思わず俺は、その流れに目を離せなくなっていた。

襲い掛かってくる彫刻刀をすれすれ、もしくはかすらせてしまいながらも、目はその流れを追っていた。

 ふぅん、そうなんだ。

 もうすぐ何かが手に入る。

 そんな予感、しかしそれに気を取られすぎてしまった。


「……やべ」

 

 腹と胸に彫刻刀が刺さった。巻いている想片が赤だったからわからなかったが、気が付けば俺は血まみれだった。


「やべぇな……これ」

 

 おかしい。力が入りにくい。

 想片のエネルギーが追い付けないスピードで負傷している。

 くそ……あとちょっとだけ、なのに。

 地面に足が触れた途端、気持ちとは裏腹に急に倒れてしまう。

 彫刻刀がぴたりと止まる。

 かすれた息しか漏れない。痛みがないから実感がわかず、俺はただ体を動かそうとする。


「無茶しないほうがいい」

 

 彫刻刀を従え、デュケノアは言った。


「君は素晴らしい。それなのに、あと三年しかない世界を救おうなんて……。君の才能をそんな無駄なことにつかわれてしまって残念だ」


「お前、やっぱり、終末のこと」


「うん、知ってる。三十年くらい前に《魔女》に聞いてね。だから僕は急がなきゃ。終わってしまう前に残そうと、僕は奮闘しているのさ」

 

 デュケノアが美しいと絶賛した紙邱を保護しようとする理由の片鱗が、わずかに見えた。


「お前は、終末を受け入れるのか?」


「受け入れるも何も、いつかはこうなるだろうって僕にはわかってたし」

 

 デュケノアは肩をすくませる。


「争ってばっかりの世界。美しさを失いつつある世界。こんな世界が存続できるわけがない。終末が三年後に来なくても、いつか終わりは来るさ。だから僕は終わりが来ること自体はどうでもいい。でも《美》だけは、護らなければ」


「美しさを失いつつあるって、どうしてだよ」

 

 当然のように言われた言葉に、カチンときた。

 血を失ったせいか回らない頭を無理やり動かし、反論する。


「俺たちは今を生きて、ここにいる。戦争はなくならないし、今がどれだけお前の眼に汚く見えてるのかわからない。だけど、俺たちには俺たちの《美しさ》があるかもしれないのに、勝手にお前の物差しで測るな。迷惑だ」

 

 睨み付けたデュケノアの顔が、優しく、悲しげな様子で微笑む。


「そうだね……確かに、僕はこの間、現代の《美》を見たよ。新しい、昔にはなかった、とてもとても美しい、心ふるわされる《美》。だけどね、あの《美》は――――とても悲しかったよ」

 

 デュケノアは彫刻刀の一本を手に取り、俺に向ける。


「こんな世界だからこそ、生み出された《美》だった。僕は生み出した者の想いを護る。美に込められた想いを護る。だが――この世界はどうでもいい。あんな痛ましい《美》を生み出してしまう世界なら!!」

 

 彫刻刀にさらにエネルギーが注がれる。彫刻刀は、その刃の部分を鋭く、大きく成長させ、その切っ先は俺の頭すれすれにまで伸びた。


「終わってしまったほうが、《美》が汚されずに済む」

 

 その声は泣き出しそうで……大の大人がどうしてそんなに辛そうなんだよ。

 目がかすんできてよく見えないけど、頭の片隅、はっきりとしているどこかで、そんなことを思う。

 お前の眼に、紙邱はそんな風に映ったのか? そんな顔をするほど、俺たちの街を想っているのか?

 でも、それこそ余計なお世話だよ。

 ここに住む俺たちは、不幸なこともありながらも、嬉しいこともあって……毎日、それなりに生きてるよ。

 お前にそんな顔される言われはない。迷惑だ。


「だから、俺はお前の理を否定する」

 

 自分の想片の一部をがっと掴む。


『起きろ、俺』

 

 今まで体を巡っていた力の矛先(ルール)が歪む。新たな目的(ルール)へと改変していく。

 体に力が戻ってきて、俺は立ち上がろうとする。デュケノアが、驚いて飛び退く。


「自己治癒力の増強? 突然、こんな土壇場で……《起源》になり立てで、まだ身体能力の強化しかできないと思っていたよ」


「あー、初めてだから、血を少し増やすことしかできないな。傷もあんま塞がってないみたいだし」

 

 自分の体に刺さっている、手が届く範囲の彫刻刀を一つ一つ抜き取る。


「初めて……?」


「そう。修行中に俺がどじ踏んで、二・三回ほどエンドに治してもらったことがあったんだ。フォルケルトがこの業を疲労回復に充てていたのを見たことあるし。だから、ちょっとできるかなって」


「ちょっとできるかなって……君は」

 

 デュケノアの顔が驚愕に固まる。懐かしい。つい最近、エンドとフォルケルトのを見たばかりだ。別に愉快でも何でもないけど。


「お前がいい感じに血を抜いてくれたおかげか、頭がぼんやりして、だからこそ《勘》でなんとなくな。また勘に頼ってるから、ちょっと……複雑な気分だが、まぁ、いい。これでお前と戦えるなら、何でもいい」

 

 俺は想片を掴んだまま、呟く。


『始めよう――』

 

 漂っていただけの想片が、一気にものすごい速さで俺の右腕に巻きつく。視界が真っ赤に染まり、想片が目の前を走る。何十、何百にも、幾重にも、武骨に、乱暴に。絡まらず、一つの方向性(ルール)に従って巻きついていく。

 俺は赤い包帯の塊のようになった腕を前に差し出す。

 すると不要となった想片が、紙ふぶきのように散り散りとなり、はらりと散って消えていく。


 手の中に残ったのは、真紅の――銃。

 

 手に吸い付くようにぴったり馴染む、俺の想片が生み出した武器。


「これでやっと、始められるな」


「君は……」

 

 信じられないという顔のデュケノア。俺は銃口を静かに向ける。

 


主人公が急にその才能を発揮し始めた……

次回、このままかっこよく《芸術家》を倒せるのか!?


最近、発覚したのは、この話は縦書きで読んだほうが読みやすいということです。

作者の好みなのか……それとも作品にあっているからなのかは不明です。


ところで、7月=夏休み前ということで……徐々に忙しくなってきました。

次話よりこの作品を(7月中のみ)週連載とさせていただきます。

大体、毎週水曜日(変動あり)に投稿をさせていただこうと考えています。


たびたびこのような事態に陥り、すみません。

しかしこのようなことがありましても、しっかり完結まで頑張りますので、どうぞこれからもよろしくお願いします。

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