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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第二部:凍りつくカクゴ
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四章 トウヒの先のケツダン3

《芸術家》は目を細めた。

 遠い過去に思いを馳せ、今でも切なくなる胸に自然と手がいく。


「ねぇ、魔女。昔語りをしようか」

 

 彼は大きな水晶の中に閉じ込めた、少女の姿をした魔女に言った。

 魔女は四肢の自由は奪われたが意識はあり、唇も動かせた。剣呑とした目つきで、《芸術家》を睨んでいる。


「『なぜ、私がこの街にいることを知っていた』か……。やれやれ、僕の話も聞かず、さっきから君はそればかりを言う」

 

 唇を呼んで《芸術家》は呆れたように言った。


「だって、彼のような《起源》が自然発生するようなことはまずないでしょ? 紀元前なら《神》から啓示を受けたとかであるって聞いたことあるけどさ、大抵は否理師が基本は教えてあげるものさ。とくに魔女の君は弟子はとらないが、《起源》は何人も育ててきたじゃない。そのことと、最近《魔女狩り》が《魔女》と戦って負けたって知ってたからね。《魔女狩り》が日本に来ていたことも既に調べて分かっていたことさ」

 

 魔女が驚いたように目を見開くが、すぐに目つきを厳しいものに戻し唇を動かす。


「『罪人ともなれば、そういう細かな情報は大切だろうな』ね。うん、そうだよ。とくに《魔女狩り》はしつこいって有名だからね」

 

 魔女は何かを深く考えているように眉根を寄せた。だが、《芸術家》に向ける視線に満ちる激しい敵意は変わらないまま。その様子は少女らしくなく歪だったが、《芸術家》はぶるりと身を震わせた。


「その高潔で清らかな誰よりも力強い魂! あぁ、美しい。形のない美を守護する手段が僕にないことが、あまりにも惜しくて仕方ならない。彼の美しい勇気もぜひ保護したいのに、どうして僕にはそれができないのだろうか!」

 

 舞台俳優のように、大げさに手を振って自分の感情を表現する。

 どこか冷めた目をして魔女が自分を見ているのに気付くと、「あぁ、そういえば昔語りをしてほしいのだったね」と的外れなことを言い出した。


「そもそも、私が美を愛するようになったのは、母の影響だよ。私の母は優れた彫刻家だった」

 

 さっきまでの興奮した様子一変してどこかへ消えていた。遠い瞳をしながら、少女を閉じ込めた大きな水晶の前で、彼は独り語る。


「私は母を愛し、母の作品も愛した。母の作り上げる彫刻は、彼女の美しい心の結晶だった。私はあの時に深く理解したのだ。芸術品にある美とは、人の想いその物を反映しているのだと。美しい想いを形として残し、さらに研ぎ澄ましきった究極なる至高のものなのだと。だから……」


《芸術家》の言葉の端々に、抑えきれない感情がこぼれていた。

 熱っぽいそれは急に――冷えたものに変わった。


「母が死ぬと、下賤な親戚共が母の作品を醜く奪い合い、揚句に金としてしか見ず売り払ったときは――幻滅したよ、人間に」

 

 感情のない瞳。さっきまで狂気に満ちていた瞳が、空っぽになっていた。


「先代の《芸術家》の弟子となり、母が作っていたものを、究極の美を再興させようとしたんだ。僕が《芸術家》となることで。でも、僕には無理だった。母にはなれないとすぐに分かって、《芸術家》を継いで五年で僕は筆を折った」

 

 それからの《芸術家》は魔女も知っている。芸術作品を、美しいものを守護する《芸術家》。生み出せなかったからこそ、彼は今あるものだけでも守ろうとした。


「二十年前ぐらいになっちゃったかな? 紛争か何かは知らないけど、人が争っていて、そしてそばにあった美しい遺産を簡単に破壊しちゃったんだ。そこに刻み込まれ、練り上げられた美そのものである想いも無視して。子供のころを思い出したよ。気が付いたら、皆殺しにしていた。ねぇ、魔女」


《芸術家》は、魔女に微笑みかける。


「君は人々を守ろうとしていろいろがんばっているけどさ。どうして、こんな醜い者どもを救わなきゃいけないの?」


 魔女は静かに口を開く。


『私は人の笑顔が好きだ』


「そうだね。君はなんにでもそう答える」


『人は醜いかもしれない。でも、精一杯生きている。幸せを求め、泣いて……笑って……』


「君もさ、僕と同じで人の想いを大切にしたいんだろうね」


《芸術家》は肩をすくめる。


「でも悲しいことに、僕は形になったものにしか価値を見いだせない。美しい想いはただ美しいだけだが、形にされたものは《美》そのものへと昇華されている。だから僕は人なんかどうでもいいんだ。君は人ばっかりが大切だから、もし必要とあらば、《美》なる芸術作品を簡単に破壊するだろう。でも、それは罪だよ。許されない大罪だ」


《芸術家》の声音が徐々に強くなっていく。言い聞かせるように強い語調で告げる。


「《美》なるものだけが、この世界に残る価値があるんだよ」

 

 魔女は口を開いた。しかし、《芸術家》はその唇を読まず、一方的に尋ねた。


「ところで、どうしてあの少年を連れて来なかったのかい? おかげで彼に業の解除法がばれていないか確認するために、《罪人》だから殺したほうが価値のある君をこうして餌にしなければいけなくなった」


『彼は来ないよ』

 

 魔女はここにきて初めて、嘲笑うように口を歪めた。


『彼は来なくていいんだ』

 

 それだけで、《芸術家》はあっさり魔女が言いたいことを悟る。


「……相変わらずだね、君は。優しすぎる。優しすぎて残酷だ」


《芸術家》は悲しげに目を伏せた。


「三十年前、君が罪人になったあの日。まだ僕が罪人でなかったあの時に起こったあれも、君の優しさによって引き起こされた。もっと、ほかにいい方法があっただろう? 誰もが敵だったあの場において、君は気高く一人きりで、全ての人のためにと自らを汚した。あれが最善だったとは、今でも僕はとてもとても思えない」

 

 魔女は苦虫を噛み潰したような顔をして、反論しようとしたところを《芸術家》は手で遮った。


「いや、あの惨劇を生き残った三人のうちの一人として言わせてもらうよ。君は美しい。痛々しいほど傷だらけなのに、その輝きは穢れることがない。だが、君はその美しさが人を狂わせることを知らない。心を奪うことを知らない。……君はあまりにも人の心を知らない」


 爆音とともに、扉が吹っ飛んだ。

 暗い倉庫の中に、眩しい陽光が入り込む。

 息を切らせ現れた少年は、《芸術家》を見とめると背筋を伸ばし向かい合うように睨み付けた。

 全身に赤い包帯が巻かれた姿は、禍々しく、そして少年の瞳に強く宿った決意にこれ以上なくふさわしかった。

《芸術家》は彼を振り返り、微笑んだ。そして、呆然と彼を見ている魔女に囁くように言葉を残す。


「これが証拠だよ。君には、彼が君を助けに来るという、当然のことさえわかっていなかったのだ」


《芸術家》は少年に向かって穏やかに言った。


「いらっしゃい、こんにちは。《終末の魔女》は無事だよ。ちょっとおとなしくしてもらっているだけで、傷一つさえつけていない。さて――――君は、どうしてここに来たんだい?」

 

 かつて自分の名を叫ぶのに躊躇した少年は、猛々しく吠える。


「俺は初代《夢裏(むり)反逆者(リベリアス)》、深漸在須! 罪人《芸術家》に正式な決闘を申し込む!!」


「僕は十七代目の《芸術家(アルティメスタ)》、デュケノア・レオ・ジョバンニ。その勇敢なる美しき魂に敬意を込め、その決闘を受け、美の名のもとに戦うとここに宣言しよう!」

 

 応える《芸術家》の声は歓喜に満ちていた。――――地を蹴り、一瞬にしてデュケノアとの間合いを詰め振りかぶった少年の拳が、戦いの火ぶたを切った。


次回から在須VSデュケノアです!


第二部もいよいよ山場です。

すこしづつ「終末」に近づいていってます。

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