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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第二部:凍りつくカクゴ
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四章 トウヒの先のケツダン1

 俺は逃げ出した。

 その結果がこれなら、全ては俺の責任だ。

 あの時、俺に力があれば、こうならずに済んだんだ。


「見事だ。あれは《保護》の業の完成系と言っていい」

 

 調べはとうに終わって、女の子らしいピンクで統一されたエンドの部屋で俺は膝を抱えていた。

 情けない姿だと思ってはいるが、やりきれなさから俺はうずくまっていた。

 エンドは勉強机にセットになっている椅子に座っていて、そんな俺を見下ろしながら話す。


「美術館の時より、業の範囲が拡大するスピードが三倍以上もある。しかも《保護》されている場所を一部の人間――私たち否理師のような特別な存在以外には認識できないようになっている。今日も補習があるはずの学校に誰も行かなかったのはそういうことだ。いったいどれだけの想片を使えば……いや、いったいどれだけの人から《想い》を奪えば、あれだけのことができるのだろうね」

 

 今朝、学校が見えた瞬間、ぞくりと来た。

 足が震えて、信じたくもない現実が起きたことを、あの変な勘のせいでわかってしまった。

 慌てて、俺がまずした行動は「学校に行くな」と電話で唄華に向かって叫ぶことだった。別に唄華でも誰でも――あの学校に通うものならだれでもよかったが、ただ受信履歴の一番上に唄華がいただけだ。

 だがパニックに陥りそうになっている俺に、唄華は言った。


『えっ? 《がっこう》って何?』

 

 戦慄が走った。

 楽士にも、留伊にも連絡してみたが反応は皆同じだった。

 深橋高等学校という存在は、この世界から消されていた。

 いや、隠ぺいされたというべきか。

《芸術家》によって、誰の目も届かない場所に人知れず《保護》されてしまったのだ。


「落ち込むな」 

 

 エンドがとうとう見かねて、らしくもない慰めの言葉をかけてくる。


「後悔しても何もならない。無駄な罪悪感は見苦しいということを君はよく知っているだろう?」

 

 俺は返事をしない。

 エンドはため息を吐いた。


「……落ち込むな。こちらの気勢もそがれる。この業さえ何とか解除すればすべてが元に戻る。いいか、失ったわけじゃない。まだ、取り返せる。――この業の解除法はすでに見出した」

 

 俺はがばっと顔を上げる。エンドは変わらず厳しい顔をしたまま続ける。


「業の錬度が上がり《保護》の術は完成されていたが、美術館のものと基本は変わらなかった。新しく加わった法則への対処法も組み込んだ論理は、私の頭の中にもう構築済みだ。後は想片の力を使い、《保護》を解除するだけだが……」


「何迷ってんだよ。それをすれば、みんな元に戻るんだろ?」

 

 俺は逸る気持ちを抑えきれないまま、エンドを急かす。

 エンドは鈴璃の顔に似合わない、大人びた苦悩の表情を見せ、小さくため息を吐いた。


「想片が圧倒的に足りない。君の分、私の分を足しても、まだ心もとないくらいの莫大な量の想片がいる」


「そんなの、そこら辺の人の想いをちょっとだけもらって……」


「やるのか? 君が」


「…………」

 

 ぐっと唇を噛む。

 落ち着け。冷静になれ。

 俺は何を言っている?

 焦るな。まだ、大丈夫だ。

 エンドがいる。きっと何か考えがある。

 まだ失ったわけじゃない。

 また俺のせいで、失われたわけじゃない。


「どっ、どうすればいいんだ、エンド。時間がない。俺が何とか《収集器》を完成させても、俺とお前の分に想片が溜まるのに相当な時間がいるんだろ? 待っている暇は」


「もちろん、事態は急を要している。このままでは、三日でこの街は全て《保護》されてしまう。そこまでになってしまえば、想像できないほどの想片を要し、事実上解除が不可能になる。だから、方法は一つだ。もっとも簡単で、正当な手段だ」

 

 その言葉に俺は期待して、身を乗り出して答えを待つ。

 エンドはそんな俺を見た。見て、笑った。歪んだ、嘲笑いを浮かべて言った。


「《芸術家(アルティメスタ)》、デュケノア・レオ・ジョパンニを処刑する」

 

 冷たい声に背筋を撫でられる。

 停止しそうになる思考を巡らせ、俺はエンドに問う。


「あっ……でも、それって」


「デュケノアは罪人だ。《秩序》のルールに基づき、正当な決闘を申し込める。罪人だから、殺せばいいだけ。ほら、ものすごく簡単だろ?」


「ちょ、まっ……」


「幸いなことにデュケノアは戦闘タイプの否理師ではない。十七代目という実績は恐ろしいが、まぁいけるだろう」


「なっ、何言って」


「これだけの規模の事象を起こす業を使うということは、所持している想片の量はかなり膨大だ。おそらく、彼の想片だけを使って《保護》を解除してもお釣りが出るだろう。ちょうどいい小遣い稼ぎになるな。これから《探索》するから、在須、君も手伝え。今夜、奴を殺しに……」


「待てって、言ってるだろう! 一体、何言ってるのか、わかってるのかよ!!」

 

 俺は立ち上がり、声を荒げて怒鳴り声を上げた。

 見上げる形になったエンドだが、その瞳は冷めていて蔑みの色が浮かんでいた。


「何って……罪人を処刑するだけだが」


「人殺し…………だろう?」


「そうだよ」

 

 エンドは淡々と答える。それが俺の神経を余計に逆立てさせる。


「人を殺すんだぞ。そんなことを、しろっていうのかよ」


「在須、忘れてないか。私も罪人だ。人殺しだよ」


「―っ」 

 

 忘れていたわけではない。

 だが、実感としてなかった。鈴璃の姿をしたエンドが、そんなことをするイメージができなかったのだ。

 想像力のなさが、ここでも致命的に表れていた。


「ほっ、他に方法は」


「あったとして、ここでデュケノアを止めれたとしても、彼はまた同じことを繰り返す。彼は否理師だ。倫理も常識もすべてを否定して、自分の目的を達成する。罪人である彼は、否理師に唯一存在する秩序が定めたルールにも縛られない。話し合いは無意味だ。殺るしかない」


 何か言おうと口を開いた。反論したくて、言葉を引き出そうとした。

 でも何も出てこない。

 俺にもわかる。

 あのどこか遠いところを見ている眼。そこに確かに浮かぶ狂気。

 フォルケルトとは話が違う。

 エンドは突っ立つことしかできない俺をじっと見ていた。

 ツインテールにされた髪を不機嫌そうに撫でて、小さくため息を吐く。


「……まだ未熟者である君に、いきなりこのようなことを言うのは酷だったな」

 

 未熟者。

 ずしりと重い何かが胸に乗っかる。


「時間をやる。今晩、デュケノアを殺りに行く。それまでに、決めろ」

 

 エンドはまっすぐ俺を見た。


「やめるか、進むか。私はそのどちらでも、構わない」



まだ迷っています……

逃げて迷って、なかなかかっこよくなれない主人公です。

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