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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第二部:凍りつくカクゴ
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三章 セカイと時間のテイタイ3

「どうして……こんなところに」

 

 ゆったりとした足取りで歩み寄ってくるデュケノアに、俺は思わずそう呟いていた。

 ズボンのポケットに入れている赤い包帯の形をした想片を取り出すが……すぐにはっとなる。

 夏休みの学校。クラブや補習で来ている生徒は少なくない。

 こんなところで業を使うわけにはいかない。

 惑っている俺に構わず。デュケノアはずんずん近づいてきて、ぴたりと俺のすぐそばで止まった。


「こんにちは」

 

 長身のデュケノアは俺を見下ろしながら、柔和な笑みで言った。


「……何しに、来た」


「あれっ、挨拶は? 挨拶とは美しい音だよ。それを使わないのは美に不敬だ」

 

 微かに漏れてくる殺気。それに気圧され、「……こんにちは」と声を絞り出す。


「うん、いい子だね。君は本当に素晴らしい。爪の垢を煎じてあの子たちに飲ませてあげれば、少しは分かってくれたかなぁ……」


「挨拶してやったんだ。俺の質問に答えろ!」

 

 耐えきれず怒鳴ると、デュケノアは少し驚いて、しかしまたニコニコ不気味に笑う。


「いい正義感だ。守ろうという心意気は美しい。でもね、その正義は人を守るために使うのはもったいないよ。『美』こそ全て。穢されてはいけない、完璧な美を守らなきゃ」


「お前……」


「おっと、ごめんね。質問には答えてあげるよ。というより、僕から君に聞きたいことがあるんだ。この学校に来たのも、全てはそれが理由だよ」

 

 デュケノアはもったいぶるように、大切なものを話すような愛しさをこめてその名前を口にした。


「『永河原絵亜』さんって、どこにいるのか知ってる?」


「!」


「彼女の絵を見て、僕は至極感動してしまった。もう現代には真の美は死に絶え、過去のものを模倣したまがいものの美しか創造されていないという、僕の中の一つの真理がぶち壊されてしまったよ。ぜひ、彼女に会いたい。美の可能性について、僕は追及したい」

 

 熱に浮かされるかのように語る。その表情は恍惚としていて、全身が喜びに震えていた。


「…………」


「あぁ、警戒しているね。無理もない。美術館では君に不快な思いをさせてしまったようだし。僕は自分がしていることは正義だと確信しているが、それを周りの何も知らない人間にはどう見えてしまうか知ってる。だから、ちゃんと言っておく。その永河原さんには一切手出しをしない。僕は彼女を尊敬している。話をしたいだけなんだ。考えてくれよ、美を崇拝する僕が、美を生み出す《神》のごとき芸術家を傷つけるわけないじゃないか」


「信用できるか」

 

 男の洪水のような言葉に飲まれそうになっていた意識を総動員させ、俺はデュケノアにきっぱりと言った。


「お前はあの美術館にあんなことをしておきながら、よくもそんなずうずうしいことを……。しかもあの業、街を、いや世界を保護するとか言うんじゃないんだろうな」


「あ、そのこと気にしてる? 大丈夫だよ。僕が保護したかったのはあの絵が飾ってある美術館で、他のはただの実験。じきに自然と停止するから。あんなどこにでもあるような街を保護してもしょうがないし、世界を保護とか、僕は救世主じゃないよ」


「実験?」

 

 その言葉が引っ掛かった。

 そういえば、俺は最初にどこでデュケノアを見た。

 美術館で出会うその前に、この街で……。


「僕が本当に保護したいのは、この《紙邱》だよ」

 

 両腕を広げ、披露するかのようにデュケノアは宣言した。


「芸術好きな友人から素晴らしい絵があると聞いて半信半疑で、僕はあの美術館に行った。その前に絵を描いた画家が住むというこの街を通り過ぎたんだけど、驚いてね、二・三日あたりをぐるぐる廻ってしまった」


「どうして、紙邱を? ここは、ただのどこにでもあるような街で……」


「どこにでもある? そんなことはない。あぁ、でもわかる人にしかわからないだろうね。建物の配置、道路の描く軌跡、自然と人工物の複雑なバランス……神がかっているとしかいえないんだ。完璧な美を生み出す《神》になろうとした歴代の《芸術家》たちでさえも、誰一人として、こんな素晴らしいデザインを作り出すことはできないだろう」

 

 饒舌にデュケノアは語り続けるが、俺は戦々恐々としていた。

 この街を、《保護》する?

 この街が、真の狙い。

 じゃぁ、ここに住んでいる俺たちはどうなる?

 

『美術館にだれもいないかったことが幸いしたな』

 

 あの《保護》された美術館の前で、エンドが言った言葉を思い出す。


『保護の範囲内に居るものも、業の対象になり解除しない限り永久に停止し続けることになるからな』


「そんなこと、させるかよ」

 

 想片を強く握りしめ、俺はうなるように言った。


「どうして? この街が美しいことは誇らしいじゃないか」


「ざけんな。住んでいる人たちがどうなるかわかってるのかよ」

 

 住居を奪われることではなく、

 思い出の地を奪われることでもなく、

 そんなわかりきった答えではないものを俺は問う。


「わかっているよ」

 

 俺はデュケノアが答えられると確信していた。


「この美しい街の一部(ピース)になれるんだ。とても、誇らしいことだよ」

 

 こいつは、完全に狂っている。


「デュケノア。俺は、お前を倒す。んで、美術館にかけた業も解かせてやるから、覚悟しろ」


「やっぱり、そうなっちゃうか。悲しいな。久しぶりに好ましい感性を持つ若者に会えたのに」


 全然そうは見えないそぶりで、デュケノアは笑いながら肩をすくめた。

 凄んでみたはいいが……どうする?

 ここで戦うわけにはいかない。場所を移すと言っても、こいつが聞いてくれるだろうか。


「さぁ、始めよう――僕は十七代目の《芸術家》、デュケノア・レオ・ジョバンニ。勇敢なる君の名を聞こう」

 

 そうこうしている内に、デュケノアは名乗りを始め、俺は初めてとなるそれに焦って応えようとする。


「おっ、俺は初代……」


「うぉっちゃ~う!! 待たれよ! 待たれよ~!」

 

 俺の名乗りを妨げ、場に奇声をあげて飛び込んできたのは、


「行け~! スペシャルキラメキスクリュートルネード水鉄砲!!」

 

 二丁の大型水鉄砲でデュケノアに攻撃を仕掛ける唄華だった。


「うわっ、冷たいっ!」


「くらえ、くらえ~!」

 

 デュケノアが不意打ちに驚きを隠せないのをいいことに、唄華は水鉄砲でデュケノアをずぶ濡れにしていく。


「なっ、何だね! 君は!」

 

 今までに見たことのない動揺した顔で、デュケノアは言った。

 それに唄華は不敵に笑う。


「正義の味方……と見せかけた、深漸くんの彼女!」


 違う。


 突っ込みを入れる間もなく、唄華はデュケノアの両の眼に的確に攻撃を放つ。


「うぉ! 目が! 目が~!!」

 

 デュケノアがキャラ崩壊したい放題になり、目を押さえてもだえる。


「さっ、深漸くん。今の内に逃げよう」

 

 唄華は唖然としていた俺の腕を無理やり引っ張る。


「まっ、待てよ。デュケノアをこのままにしてたら……」

 

 はっとして言うと、唄華はふるふると悲しげに首を振った。


「今の深漸くんじゃあ、まだ《芸術家》とは戦えない、でしょ?」


「……くそぉ!」

 

 俺は歯噛みしながら、唄華の手を引いて走り出した。

 デュケノアに背を向けて。

 

 くそっ、

 くそっ、

 くそおおおおおおおおおおお。

 俺は、まだ弱いままかよ。

 こんなんじゃあ、否理師になる前と何も変わらない。

 また――俺は逃げ出した。

 唄華が切羽詰まった声で言う。


「急いで、深漸くん。水の代わりにお酢を入れた水鉄砲で目を潰したから、しばらくは動けないと思うけど、激昂して追いかけてくるかもしれないから!」

 

 ………………、

 怖っ!


シリアスにしようと思ったのに、唄華が現れるとコメディになってしまいます……


次話は三人称の魔女と神の話にしようと思っています。

本当はもう戦わせるつもりだったのですが、舞台をミスりました(笑)

学校じゃあ、未だ感覚は常識人の在須では戦えません。

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