三章 セカイと時間のテイタイ2
「んで、深漸くんはどうして図書室に来ようなんて思ったのかな?」
「……うるさい。静かにしろ」
俺は唄華の声を無視してページをめくる。
「『武器百選』……。よくまぁ、そういう本が出版されたよね。しかも、健全な少年少女たちを育成する高校に置いてあるのがすごい」
それには同感だ。
銃はもちろん、日本刀やトンファーなどについても詳しく書かれている。時折ある、武器オタクとしか思えないコメントには引くが。
深橋高校は私立だからかどういう理由なのかは知らないが、異様に図書室が充実している。
夏休みでも平日には司書の先生がいるし、こんな奇抜な本まで置いてある。
エンドのイメージが大切だと言われたから何とかしようと、こうしてめったに来ない図書室に来てみたがやっぱりぴんと来ない。
「いいかげんにしないと、愛想尽かされるし……」
いや、もうアウトかもしれない。
結局《収集器》とやらの創造もできていない。《芸術家》とやらの出現で有耶無耶になっているが、このままというわけにはいかない。
「深漸くんは勘の良さを除けば普通の少年だもんね。だって、ふぉるけると……だっけ? 何カ国語もマスターしている超エリートなんでしょ。深漸くん、成績は良いほうだけど、さすがにそれは無理でしょ」
ぐさりと、刺された。心を抉られた。
くそう……本物の天才であるお前に言われるのが一番堪える。
「お前は否理師になりたいとか思ったりしないのか。望んでいる異常に、もっとも近い存在だと思うが」
「う~ん。それがあんまり興味湧かないんだよねぇ。魔女ちゃんに少し教えてもらったけど、よくわからなかったし」
「わからなかった? お前が?」
ちょっと、待て。こいつにわからないものがあったのか。
その驚愕な事実と、だったら俺にわかるわけねぇじゃんという絶望が襲い掛かる。
「いや、だってね。魔女ちゃんが語る理ってめちゃくちゃだよ」
「は?」
「魔女ちゃん自身も認めてたけど、ね」
唄華の言葉に呆然する。唄華自身はにこにこして、俺の腕を引っ張った。
「ここで話をするのもなんだし、帰りがてら話そうよ。今日はもうその本借りちゃってさ」
「あっ、あぁ、そうするか」
唄華に言われるがまま俺はカウンターに本をだし、手続きをすませると気もそぞろに図書室を出る。
「で、どういう意味なんだ? その、めちゃくちゃって」
「魔女ちゃんから聞いた話なんだけどね。ほらさ、人の価値観って多種多様、人の数ほどあるじゃん? つまり、理は一つしかないけど、その認識・解釈も人によってばらばらなんだって。否理師は自分の解釈に基づいて業を練るから、一人一人に差異が生じる。想片の形がいい例だって言ってた。自分が人の思いをどう認識しているかとか、価値観とかが反映されてるんだって。だから、否理師の業を伝承するのはとても難しいんだよ」
「……悪い、よくわからない」
混乱してきた俺がそういうと、唄華は廊下にある手洗い場に設置された鏡に自分の顔を映す。
「これを違う世界にいるもう一人の自分だって思い込んでいる人に、鏡像だよって教えるのは大変ってこと。深漸くんが見てる世界と、魔女ちゃんが見てる世界は違う。なのに、頑張って魔女ちゃんの視点に合わせようとしても、深漸くんの視点と違うから理解できないし、深漸くんの視点の良さも引き出されないってこと」
「……つまり、エンドにこれ以上学ぼうっていうのは無駄ってことか?」
「無駄じゃないとは思うけど~、魔女ちゃんから学んだままにしてたらダメってことじゃないのかな? それから更に、自分の認識に合った方法を探らなきゃいけないんだと思う」
「ややこしいな、そりゃ」
言っていることさえわけが分からないのに、それを自分の言葉に直してみろってことだろう。
「そう言えば、エンドも最初に修行を始めた時に言ってた。『私から学んだからって、君自身を学ばねば何も身につかないぞ』って」
あれだけでわかるか。もっと詳しく説明しろ。
もしかしたら、エンドも天才なのかもしれない。天才は物事を教えるのが下手だっていうし。
「そう、と~っても大変でしょ。だから否理師は弟子をつくって自分の業を継がせるんだって。弟子は小さい時から師匠と一緒に過ごして、ほぼ同じ価値観・思想を養わせることで同じ形の想片を得ることができるから、業の継承がしやすくなる。深漸くんは《起源》だから、一から十まで自分で作り上げないといけないから大変だね~」
「なぁ、その《起源》って何だ? デュケノアも言ってたけど」
「弟子とかじゃない、誰かの後を継いだわけでもなく生まれた否理師のことだよ。修行期間は弟子の何倍にも及んじゃうけど、その分、自由度が高い業が生み出せるんだって。さしずめ深漸くんは、《夢裏の反逆者》初代ってことだね! かっこい~!」
「お前、エンドからいつのまにそんなこと聞いてたんだ? 修行してる俺より知ってるって……」
ビクッと唄華が体を震わせて、目を逸らす。
怪しさ全開だったが、俺はめんどくさくなってそれ以上追及することをやめる。
そう、それよりも――
「とにかく、早くデュケノアを見つけないとな」
美術館が《保護》されてから、早二日。どうやら《保護》のスピードは徐々に遅くなってきていて、街を飲み込むほど拡大することはないようだ。
それには安心したが、まだ油断はできない。デュケノアがまた何かをするかもしれない。
とにかく業の解析はエンドに任せ、俺は武器を生成する修行もしながら、あちこちを駆け回りデュケノアを探している。
「こうまで探して見つからないとなれば、もっと違うアプローチをしたほうがいいのか」
「そうかもねぇ……あっ!」
唄華が下駄箱まで来て、突然言った。
「今日の補習で出された宿題、机の中に入れっぱなしだった! ごめん、深漸くん。一緒に帰るから、ちょっと待ってて!」
言い切る前に体を反転させ、人を跳ねかねない勢いで唄華は走って行ってしまった。
「廊下は走るな~って言っても、遅いな」
俺は呆れながらも靴を履いて外へ出る。
唄華を待つ気はさらさらない。あいつといるだけで、すぐにやっかいごとに巻きこまれてしまう。
ガラス張りの玄関を出て、むわりとした夏の暑さに眉をしかめた。すでに掻き始めた汗をうざったく思いながら、ふと校門のほうを見ると……
ぞくっと、嫌な予感に胸を掴まれた。
覚えのあるこの感覚。陽炎の向こうに揺れている人物。
背中を冷や汗が伝う。
「デュケノア…………」
呟くと、人影は手をふるった。こんなに遠く離れていて、聞こえるはずないのにもかかわらず。
一人一人の理の見方が違うから……としましたが、では実際に「身体強化の業」をつかうにはどう理を歪めているのかを、各否理師さんに聞いてみました!
《終末の魔女》
「『地は巡る』の理を『血の礎』へと流し、さらに全身に張り巡らされている『縛りの糸』の理を歪めて……」
《魔女狩り》
「まず心の臓に近い緋色の糸をこう垂れ流すのをイメージしてやんだ。それを眩い『橙と鈍色の炎』っていう相容れないものに『炎の清廉』の理を歪めて繋げてさ……」
《芸術家》
「僕の全身を覆っている『不可視の隔たり』を崩してあげてね、それから空間に満ちる『輝きの源泉』の理が生み出す『黄金の滴』を一滴『広大なるカンバス』の理に染み入らせて……」
主人公《夢裏の反逆者》
「えっ? えーっと……こう、さ~っと来て、ぐわーっと来るものをこう……こう……何とか、してさ……」
深漸在須はばかじゃないです。
むしろこれだけでできてしまう彼は、ありえないくらいの天才です。