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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第二部:凍りつくカクゴ
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一章 ニチジョウの合間のイジョウ2

 名前を呼ばれ、病室に入る。あの事件以来会っていなかった兄が、医者らしくいすに座りカルテに向かっていた。

 看護士はいない。すでに人払いは済ませてあるようだ。

 ちらりと俺を見止めると、開口一番兄は言った。


「脱げ」

 

 …………。


「何をぼけっとしている。さっさと脱げ。服に隠れてるところを怪我してたらわからないだろ」


「あっ、あぁ、そうだな……」

 

 びっくりした……。

 俺は納得して、シャツを脱ぎ上半身裸になる。

 さぁ、さっさと終わらせろ、と俺は椅子にドカッと座る。しかし兄は何をするでもなく、まだじっと俺を見ている。


「何だ? まだ何かあるのか」


「……下も脱げ」


「はいはい下も……って、病院で全裸になれってか!?」


 さすがにそれはないないないない!


「外傷がないかを診るんだ。当然だろ?」


 淡々と言わないでくれ。

 何とか逃れられやしないか、一秒を一時間に感じるほど脳をフル回転させたが、空回りするばかりで何も策を見つけられない。

 だって、兄貴の眼! あの威圧感! 今、逃げたら殺される……。

 それに逃げ道だってすでに塞がれているのだ。

 この部屋の外にあるベンチに座って、エンドが俺を待っている。

 兄はエンドのことは知らないが、鈴璃の前で逃げ出すようなことを俺ができないと踏んで呼んだのだ。

 確かに鈴璃だとしても兄の思惑通り俺は逃げられなくなるが、エンドはさらにやばい。あいつ、修行を始めてからスパルタなんだよ。

 今夜、生きて帰れなくなる。

 仕方なく、俺はズボンに手をかける。


「……下着はいいよな」


「あぁ。それは後でいい」


 ズボンを下ろそうとした手が止まる。聞き逃せない言葉が……。


「…………別に、そんなところを見る必要ないだろ……」


「何を言ってる。お前には、もうわからないんだろ? 甘く見ていて、何か重大な病を見逃してしまったらどうする。困るのはお前なんだぞ」

 

 言われてることは、ごもっとも。


「でっ、でもさ……いくらなんでも、完璧全裸にならなくてもいいだろ?」


「めんどくさいからな。さっさと診て済ませたいんだ」


「この、怠慢医者」


「恥ずかしがってるのか? 気にしなくていいだろ、兄弟なんだから」


 ずばっと言われた。このくそ兄貴……家族だったら何してもいいと思ってやがる。

 ここは病院。相手は医者。ここは病院。相手は医者。ここは病院。相手は医者。

 羞恥心を押し込めて、頭の中でそんなフレーズを繰り返しながら素直に診断される。医者らしく、って、まぁ医者なんだけど……兄は事務的に診察を進めていく。

 問診の際、「傷の具合はどうだ? 痛むか?」という質問に答えられなくて、少しむっとした顔をされたが。


「まぁ、おおむね問題ないな。いたって良好。でも、何か異変があったらすぐに言えよ」


 じっくり丁寧に診断して、十分もかかってやっと終わった。俺はとにかく服を着て一息つく。

 どっと一気に疲れた……。俺は辟易して言った。


「心配性すぎるよ、兄貴は。こうなってから、もう二週間も過ぎたけど何もないんだ。意外と慣れるものだよ」


「慣れるもの……ね。その慣れが怖いんだよ」

 

 兄は沈んだ声で言うと、がっと俺のズボンの裾を乱暴に巻くってきた。


「うわっ! また脱がす気かよ!」


「……自分の痣にも気づかないようだから、心配になるのも無理ないだろ?」

 

 兄が指差した足首のところには、そこそこ大きい青痣があった。


「いつのまに……」


「どこかでぶつけでもしたんだろう。骨が折れでもしたら、さすがに異変に気が付いたろうがな。……ここ、触られても痛くないんだろう?」

 

 指で強く押される。押されている感覚はある。でも、もうあの覚えがある痛みはない。

 もう、痛む『心』がないから。

 上目で俺を見る兄の眼に耐えられなくて、顔をそむけた。「はぁ」と、兄はため息をつく。


「本当は体育の授業にも出てほしくないんだが……。お前が自分の状況を知られたくないと強く言ってくる限り、無理強いはできないしな。だから、無茶は絶対するな。それに、定期健診だけはちゃんと続けさせてもらうぞ。それが医者(おれ)が出す最大限お前の意志を尊重した結論だ」


「……わかったよ」

 

 兄は頷くとカルテに再び向かった。俺は憂鬱な気分で捲られたままの裾を直す。

 その際に、こっそり痣を強く押してみた。

 でも、何も感じなかった。


「…………」


「それにしても、鈴璃ちゃんと仲直りできたんだな」

 

 振り返らないまま兄は言った。


「仲直りって、別に喧嘩してたわけじゃないけど」


「まぁ、そうだな。お前が勝手に罪悪感を覚えてぎくしゃくしていただけだったか」


「……」

 

 いや、それも真実とは大分違うんだけどな。兄は少し笑って言う。


「どうだ? 少しはふっきれたか?」

 

 何だか気恥ずかしくって、一度開いた口を閉じてしまったが。癪だったので、拗ねるように呟いた。


「……まあな」

 

 兄は尚更嬉しそうに「そうか」と微笑んだ。 

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