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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第二部:凍りつくカクゴ
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一章 ニチジョウの合間のイジョウ1

 暑い……。

 ここ二、三日で急激に気温が上がり、こうして下敷きで仰いでいてもちっとも涼しくならない。

 明日から夏休みなのに、その高揚した気分に水をさす勢いだ。と言っても、私立深橋学園は進学校のため、七月中の平日は全て補習だし、夏休みが終わるのも異常に早いのだが。

 それでも、その言葉を聞くと多少心弾むものがある。

 ……目の前のバカほど、浮かれる気にはなれないが。


「おい、楽士。その予定表、いいかげん詰めすぎじゃないのか。宿題やる時間いつあるんだよ」

 

 前の席の笹塚楽士が、俺の机でせっせと自分のスケジュール帳を埋めているのを見て、呆れながら言った。


「ちっちっちっ、わかってないなー、深漸。お前には期待してるぞ」


「絶対、写させてやらねーからな」


「報酬は弾む。超レアな、際どいやつを、な」


 自信ありげなその眼に、俺は一瞬期待してしまう。


「……何だ?」


「《守れない!? 危ないかりんちゃん★》の恋敵(ライバル)である、モコ子ちゃんのスペシャルフィギアを……」


「何があっても、俺はお前を助けないだろうな」


 俺はあっさりと楽士から目を逸らす。


「深漸! 現実を見ろっ」


「いや、それは俺のセリフだ」


 ぼさぼさで整えられた様子がまるでない髪。眼鏡の奥に見えるのは夜更かしのしすぎでできた濃い隈。そして文房具などの持ち物には、流行のアニメのグッズが……。

 笹塚楽士は、自他共に認めるおたくだ。しかも、重症。すでに手遅れ。

 まぁ、気さくで明るく話題が豊富という長所のおかげで人気はあるが。


「別に、いいさ。深漸に頼らなくても、俺にはダチがいっぱいいるからな」


「……フィギアの貰い手がいるということか」


「おうとも! 何せ、俺が作るフィギアは一部では神と崇められているからなっ」


「お前が作ってんのかよ!!」

 

 俺はただため息をつくしかない。


「今まで、唄華を天才とか異常とか言いすぎていたのかもしれない。他にも、しかもこんな近くに一分野ではあいつを超すやつがいるなんて……」

 

 そう賛辞の言葉を送るが、楽士は首を振る。


「いや……くやしいが、唄華ちゃんには完敗だ」


「……?」

 

 楽士は拳を握りしめ、震えていた。


「彼女は、彼女は……」

 

 ばっと、机の上に幾葉もの写真がばらまかれる。

 そこに写っていたのは……。


「ナース! メイド! 巫女! 魔女っ娘! チャイナ! 姫! その他もろもろのコスプレを唄華ちゃんは完璧に着こなしてくれた。どうしよう! 深漸!! 彼女は二次元(リアル)を超えているっ! もはや人間ではない。神っ! そう、彼女は神なのだっ」


「シュレッダーにかけてくる」

 

 俺は写真をかき集めると適当なビニール袋を入れ、器具が揃えてある職員室に行くことにした。


「待たれい! お主は……お主は、何をするつもりだっ」


「止めるな!! 同級生が、同じく同級生の女子のコスプレ写真を持っているなんて、受け入れたくねぇんだよ! 鳥肌立ってんだよ! 早くこれを世界から抹消して、お前の眼を覚ましてやる」


「何を言ってるんだ!? 目覚めるのは深漸の方だっ。よく見るんだ。美しい姿がそこに……」


「あー、何も見えねぇ、見えるわけがない。俺はさっさと現実に……」


「楽しそー!!」

 

 噂をすれば何とやら。

 目を輝かせた唄華が、いつの間にか立っていた。


「深漸くんも楽士くんも、何を盛り上がっているの? とっても楽しそうだね! あれ、深漸くん、何を持っているの?」

 

 小首を傾げ、ビニール袋の中身を覗こうとする唄華に、俺は怪しくも動揺してしまう。


「いや、別に。これは、何も……」


「申し訳ありません! 姫」

 

 おたおたしている俺を関せず、楽士はその場に土下座した。


「『キュートな写真で、彼のハートをズッキューン作戦』に失敗しましたっ」


「うむ、そのようですね。まぁ、仕方ないですわ。深漸くんだもの。こんな姑息な手で彼を落とそうとした私が悪いのです。楽士くんが気に病む必要はないですわ」


「そんな……姫」

 

 バカらしい芝居をバカらしいセリフで続ける楽士と唄華。

 俺は脱力して、写真を唄華に突き返す。それをにこにこと受け取る唄華。


「……楽しそうだな」


「うん! 楽しい。今日も世界は平和だし、深漸くんもかっこいいし」


「……そうか」


「でもね。今、こんなにもうっきうきしているのは、それだけじゃないよ」

 

 唄華は窓を指さす。


「あそこ、見て。すっごくわくわくするよ」


 俺は訝しみながらも覗く、途端「うげっ!!」とのけぞってしまった。


「どうした、深漸……きゃっほーい!! ロリッ娘がいるっ。めちゃくちゃかわいい! あっ、手ぇ振ってるぞ。誰に……。深漸! 明らかにお前にじゃないかっ。唄華ちゃんもいるというのにお前は」


「従妹だよ! ただの従妹」


「うおっ! うらやましい。名前は?」


「エ……いや、すっ、鈴璃だ」


「じゃあ、お前、何か!? あの鈴璃ちゃんに『お兄ちゃん』って呼ばれてるのか! うわー、ずり~。萌え萌え、萌え萌えっ」


「妄想するのは勝手だが、俺に振るな。頼むから!」

 

 興奮している楽士を俺は必死になだめる。

 窓の向こう、見える校門に一人の少女の姿があった。

 ……あいつ、どうしてこんな所に。


「深漸くんが退院してからもう二週間。これまで何もなかったのに、どうしてあの子は来ちゃってるのかな」


 唄華の言葉が、俺の不安を掻き立てる。


「悪い! 俺、もう帰るわ」

 

 慌てて鞄を取り、走って教室を出る。「逃げるな~っ!」「おもしろそう! 明日、何があったのか教えてね」と、あほコンビのヤジが後方から聞こえた。

 息が切れるほど走って校門に着くと、夏の厳しい日差し、セミの音がうるさい中を少女は麦わら帽子に、淡い黄色のワンピース姿といういかにも夏休みの子供らしい恰好で立っていた。

 少女は俺を見とめるとふっと薄く笑った。その大人っぽい表情は幼いその身にはとても似合わしくない。

俺のたった一人の従妹の姿をした少女――エンドは笑って言った。


「そんなに血相を変えてどうしたんだい? 何か起こったのかと思い、私の身の心配でもしてくれたのかい?」


「別に……そんなことは、ねぇよ。トレーニングを兼ねて、走って帰ろうとしたところに……お前がいただけだ」

 

 息を整えながらごまかそうとする俺を、エンドは愛しいものでも見るかのような慈愛に満ちた顔で微笑んだ。気恥ずかしさに、目を背ける。

 見た目が小学生のくせに、母性のようなものを向けられると反応に困る。


「何しに来た? 散歩か?」

 

 家からここまで俺でも徒歩一時間かかるから、まずそれはないと思うが。

 案の定、エンドは首を振った。


「ケータイを忘れただろう? それを届けてやろうと思ってな」


「あぁ、それか。でも、放課後に届けられても意味が」


「あるのだよ」

 

 パカッとケータイを俺の眼前で開き、待受を見せてくる。


「うげっ」

 

 メール十二通。着信二十一件。


「全部、刻兎くんからだよ」


「何で、こんなにも……」

 

 俺が慌ててメールの文面を確認すると、どれも同じようなことが書いてあった。

『今日の放課後、病院に検診に来い』

 後は返信がないことについての説教がだらだらと書かれていた。


「私もつい先ほど、刻兎くんから電話をもらってな。君がちゃんと来るか見張ってくれると頼まれた」


「……お前は俺を救ってくれないのか」


「定期健診は大切だぞ。特に君にはもう痛み(アラート)がないんだ。ちゃんと見てもらえ」

 

 真面目にそう返され、逃げられないと悟る。

 起こりえないはずの頭痛がするような気がして頭を抱えた。そうこうしてる間にも、ケータイが鳴った。

 メール受信。

 差出人《兎兄》


 …………。



来ました。

噂の楽士くんです!

いや、まぁそんなに噂でもないです(笑)


うささん(笑)もそろそろ出てきそうですね。

あっ!今、気が付いたのですが……なんか兎さんいじめるの、とても楽しいです!

本編に作者のマゾッ気が影響するかは定かではありません。

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