終章 始マリヲ嗤ウ声3
エンドが去った後、俺はぽつりと呟いた。
「……そろそろ出てこいよ」
「あれ? ばれてた?」
そう言って、ベットの下から現れたのはやはり唄華だった。
「いつから気づいてたの?」
「起きたときから」
「うわー、すごい! 魔女ちゃんも気づいてなかったぽいのに。また勘鋭くなってない?」
「まーな」
答えるのもだるくなり、再び横たわる。唄華はベット下からのそのそ這い出て、ミニスカートについたほこりを軽くはらうとさっきまでエンドが座っていたパイプ椅子に座った。
「お前は……全部エンドから聞いたのか?」
何をかは言わなかったが、唄華は察したらしく、てへへとなぜか照れ笑いをして頬を掻いた。
「深漸くんが痛みをなくしちゃったことは教えてもらったけど、否理師になったってことは 今さっきベットの下で聞いちゃった」
「不気味だと思ったか? 俺のこと」
自然とぽつり口から出た言葉だった。だから、言った後で後悔が胸に沸き上がった。しかし、唄華は俺のそんな心中を解さず、ただにっこりと笑った。
「ぜーんぜん。むしろ、惚れ直しちゃった。深漸くんはやっぱり私の愛しの人だよ」
いつもと変わらない調子で、澱みなくそう言ってくれるから。
胸の端にあったしこりがすっと消え去ったのがわかった。
「お前は変わらないな」
「惚れちゃった?」
「それとこれは別だ」
「むー、切ないな~。こんなに愛してるのに」
わざとらしく口を尖らせているが、唄華の瞳には隠しきれない喜色が滲み出ていた。
俺は苦笑する。
夏の日差しが、病室に心地よく差し込んでいた。
×××
キィ……とブランコが軋む音がした。
闇の中に沈む公園。昨今にしては珍しく遊具が充実しているそこには、薄ぼんやりした街頭の元、一人の少女の姿があった。
ブランコを無為に小さくこいでいたが、近づいてきた人影に気づいてやめる。
「やっ」
彼女は人影に微笑んだ。
「もしかして、もうばれちゃってる…………よね?」
苦笑する彼女に、人影――ツインテールの少女の姿をした魔女は冷たい声で答える。
「ばればれだ」
「いつから?」
「最初から怪しいと思っていた。人間にしては異常すぎる能力。ちょっと調べてみたら、名を見てすぐに確信を持てたよ」
魔女は彼女に向かい合う。
「上野唄華……さん。全く、酔狂な名前を付けたもんだね。上野、上野――つまり、《神の宴》」
「正解」
パチパチと彼女は小さく拍手した。
「でも、あなたに酔狂っていわれたくないな~、エンドちゃん。終わりを名乗ったのは自虐なの?」
「なぜ、神であるあなたがここにいる?」
神からの質問を無視し、魔女は詰問する。睨む魔女の視線を涼やかに受け流し神は答える。
「わざわざ聞かなくても、本当は全部わかってるんでしょ?」
全てを見透かした瞳に、魔女は忌々しげに目を細めた。神はくすくすと笑って言う。
「あーあ。ばれないように、最初に話しかけたときも口調は昔のままにしといたのにー。私って、隠し事下手なのかな? 深漸くんにもばれちゃったし」
「彼に、ばれた?」
「そう。本当は私、こんなびっくり天才人間するつもりなくってね。普通の人間レベルに能力落として、学校生活を送るつもりだったの。でも、彼にすぐ普通じゃないと見抜かれちゃって。神ってことをごまかすためには、こうするしかなかったんだよね。ふふふ。さすが、私の愛しの人だよ」
「なぜ……」
魔女は歯を食いしばって尋ねた。
「君ならできたはず。なのになぜ、彼があんな無茶するのを止めなかった。彼が好きだと言うならなぜ?」
「だって~、じゃないと深漸くん、鈴璃ちゃんの死から前に進めなかったよ。どんな深漸くんも大好きだけど、やっぱり向き合うことは大切だよ。そういう姿が、一番かっこいい」
鈴璃と彼が最後に遊んだ公園で、神は当然のように言い、くすくすと笑った。魔女は不愉快を露にして言った。
「……彼があそこまで優れた才能を得たのも、君のせいか?」
「ふふふ、それは違うよ。あれはもともとの彼の性質。まぁ、その才能を利用して誘導したりしたこともあるけど。大方は彼の功績だよ。ほんと、すっごいよね~」
魔女は呆れて呟く。
「彼も大変そうだ」
「何言ってるの。一番ひどいのはエンドのほうだよ? 希望なんて一欠片もないのに、無闇に煽るようなこと言って」
「他に何ができたというの?」
知られてしまったことは、もう取り返しがつかない。終末まで残りはわずか三年。その間、彼が絶望に生きることがないよう、ああ言うしかなかった。
「神が、何とかしてくれればいいのに……」
「あはは、無理だって。私は別に人を守護している訳じゃないもの。地球、この惑星そのもののような存在。人間にそこまで傾倒するつもりはないし、まず終末は地球のサイクルだから止めようがないよ?」
笑いながらそう言う神に、魔女はわかってる、と細く息を吐いた。
「もう、嫌ってほど、理解してる。だから私はこの道を選ぶ。――たとえ、エゴにすぎないにしても」
「ふーん」
神は魔女の言葉に適当に返すと、ブランコを大きくこいだ。そして一際大きくこいだとき、夜に溶けるようにその姿が消え、後には凛と響く声だけが残った。
『何でもいいけど、彼のことはお願いね。人間も地球の未来も興味はないけど、彼だけは、私が本当に愛しちゃった存在だから』
空席になったブランコが激しく揺れる。その様子を見ながら、魔女はがりっと音が鳴るほど歯をかみしめた。
「もうどうしようもないんだよ、在須……。神が見捨てたこの世界に、希望なんて――ない」
握りしめた手を震わせて、幼い姿の魔女は慟哭するように叫ぶ。
「どうしようもできない……終わるしかないんだよっ!!」
魔女は涙を流さない。ただ悲痛な声を誰もいない虚空へと響かせる。
それでも魔女は決めていた。かの少年のように、一つの決意を胸に刻んでいた。
この絶望を、小さき少女の体に秘めていくことを――――
はい、やっと一部終了です!
上野唄華は、神でした……
序章に変な言葉づかいで現れて、話をしょっぱなからややこしくしてくれたのは彼女です!
序章を書いたのが大分昔な気がして……あやうくこのネタだすの忘れるくらいでした(笑)
心に少しでも止めておいてくださった方には、神=唄華はバレバレだったような。
ここまで読んでくださった方々、評価・感想・アドバイスをしてくださった方々、本当にありがとうございます!!
来週から二部を投稿するつもりです。
これからもよろしくお願いします。