終章 始マリヲ嗤ウ声1
目が覚めると、目の前に眼鏡がいた。
「……何か不満そうだな」
「いや、別に。何で兄貴がここにいるのかと思っただけ」
「ここが病院だからだ」
辺りを見回すと、確かにここはあの紙邱中央病院の病室だった。窓から入り込む日差しが眩しい。
「……俺は、何故ここに」
えーっと、フォルケルトと戦ったことは、夢じゃないよな。
じゃあ、あの後気絶した俺をエンドがここまで運んでくれたのか?
「その話よりも前に、聞きたいことがある」
「ん?」
兄は俺の腕を軽くつねった。
そして、ジーっと俺の顔を見ている。
「なっ、何だよ」
俺の質問に答えず、今度は俺の腹をポンポンと叩いた。その間も、俺の顔をずっと凝視している。
「一体何がしたいんだ?」
「在須……お前、本当に痛みがないんだな」
「――えっ」
何故兄がそれを?
兄は複雑そうな顔をして俺を見る。
「全力でつねっても何も感じていないみたいだし、こらえている風もなかった。一番酷い傷がある腹に触れても、反応が全くなかった」
「――――!」
頭を少し持ち上げて自分の全身を見てみると、俺の全身は包帯まみれだった。《想片》のものではなく、普通の白い包帯。
「でも……何で兄貴が知って」
「鈴璃ちゃんから聞いた。この町を騒がしていた奇妙な通り魔に、お前たちが夜中にコンビニ行こうとした途中に遭遇したと。そしてお前がそいつから鈴璃ちゃんを庇ったら、催眠術みたいな変なもので《痛み》を奪われたって……」
嘘くさい。
《想片》とか鈴璃について言えないのはわかるけど、もうちょっとましな作り話できなかったのかよ。
「正直信じてなかった」
そりゃそうだ。
「でも、今のお前を見て確信したよ」
「…………」
「二日も眠り続けておかしいとは思ってたんだ。でも、本当にそうだったなんて……」
兄は苦々しい表情で俺を見る。
思わず顔を背けてしまう。
痛みを失ったことはもうあの時にふっきれたつもりだったが、それでも、そんな顔で見られたら考えてしまう。
もっと、ましな方法はなかったのか……と。
そんな俺を見て兄は慰めるように言った。
「まぁ、過ぎたことはしょうがない。どうやって痛みを奪われたとか聞きたいことは山ほどあるが、理解できないものを聞いても仕方ないだろう。世界には説明できない事柄がたくさんあるってことだな」
何かを諦めたように小さく溜め息をつく。そして、カチャリと眼鏡を理知的に掛け直すと威圧感のある口調で告げた。
「在須。お前、これから病院に通院決定な」
「はあ? どうして、そんなめんどくさい……」
反射的に言い返すと、空気がピキッと一瞬で凍ったのがわかった。
「痛みを失ったってことが、どれほど致命的なことかわかってないようだな……」
こめかみをぴくぴくさせて、兄は言った。
この上から目線の態度。うわー、親よりめんどくさいときの兄貴だ……。
「痛みってのは肉体のアラーム機能なんだぞ。それを失うってことは、体が悲鳴を上げてても気づかないから、無茶して体を壊しやすくなるんだ。それだけじゃない。盲腸とか、痛みがあるから気づく病気に気づくことができなくなって、手遅れになることもある」
「……はい、はい。わかってるよ、そんなこと」
「なんだその反応は。俺はお前を心配して――。とにかく、二週間に一度くらいは病院に通院すること。他の先生方にはとても説明できないから、俺が直々に見てやる」
「……」
「何か言いたそうな顔だな」
「いいえ。よろしくお願いします。うさぎ先生」
「――――在須っ!」
「怒鳴るなよ。看護師に怒られるぞ」
「あっ……」
兄は慌てて口を塞いだが、それでも剣呑な目付きで俺を睨んだままだ。
わー、怖ぇ。
その時、コンコンと病室をノックする音がした。
「はーい、どうぞ」
俺の代わりに兄が返事をする。
ガラガラと扉が開き、ひょっこりエンドが顔を覗かせた。
「鈴璃ちゃん」
「えーっと……いいかな?」
「いいよ。早く入っておいで。在須のこと一番心配してたのは鈴璃ちゃんだもんね」
その言葉を受けて、エンドはおどおどした様子で中に入って来て、兄が出したパイプ椅子に座った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……まぁな」
俺は内心舌を巻いていた。この演技力。勘さえなければ、本物の鈴璃と区別はできなかっただろう。
「お兄ちゃんのおかげでね、あの犯人さんどっか行っちゃったよ。襲われたおねーさん達も、目を覚ましたし、本当にありがとね」
「いや、別に……」
……ギャップが。
素と演技の差がありすぎて、笑いを通り越して言葉がでない。短い付き合いだが、エンドならそんな台詞をそんな満面の笑みで言うはずがない。
消化不良の気分を味わい、自分でも顔がひきつっているとわかる。
ある意味、拷問をうけている状態だったが、その時、兄がチラリと腕時計を確認し、渋々ながら立ち上がった。
「すまない、そろそろ仕事に戻らなくちゃ。鈴璃ちゃんはまだここにいるかい?」
「うん! お兄ちゃんともっとお話したい」
「じゃあ、在須。また来るから」
そう言い、兄は少し慌てながら病室を出ていった。
終章とかあるけど、まだ終わりません!
第一部がそろそろ終わって、二部目に入る前兆ってことです。
しかもこれ、終章1なんです。
あと2、3もあるという……。
……ややこしいですね。いや、始めた時は、ここらへんで終わるつもりだったので。
でも、まだこの世界の終末が来ていないので、それはきっちりと書きたいな~と思い!
時間がかかっても書き上げるので、皆様どうぞこれからもよろしくお願いします。