五章 コワレタ願いへ失うココロ7
もう悲鳴も何も聞こえず、《絶炎の園》も全て食い尽くされていて、不気味な静けさが辺りに広がっていた。
エンドが疲れきった顔で、ふらふらこちらに近づいてくる。
俺はうつ伏せの体勢から起き上がり、座り込んで聞いた。
「……フォルケルトは?」
「ちょっと脅かそうと思っただけだ。後でまた《籠寓漏》に言って出してもらうさ。《籠寓漏》は有機物は食べれないから」
「《籠寓漏》ねぇ……すごかった。あれは何だ? 異世界の魔物とかだったりして」
「私が作り上げた空想上の生き物だ。《想い》を骨組みに、《想片》のエネルギーで肉付けして創った、存在しない生物。理を弄って、そういう存在を一時的に産み出す業は《召喚》と言う。私は否理師の中でも、その《召喚士》の中で、もっとも多い十三の生物をも産み出す業を編み出している」
無表情に淡々とエンドは言った。見下すような冷たい目が俺を威圧していた。
「あー…………長い説明、ありがとう」
そう言いながらも、背中に悪寒が走る。
……何だ、何か怖い。
得体の知れない恐怖を感じる。
「あー、っと……、もしかして怒ってる?」
エンドはむすっとした顔で俺を睨み付けた。
「なっ、何だよ」
「…………君は、自分が何をしたのか、わかっているのか?」
「えっ?」
俺の言葉にエンドはキッと目を向いて、手を振りかぶった。
頬を打たれ、乾いた音が廃工場に響く。
叩かれた方に顔が自然と向いたが――――痛みは全くない。
まるで、夢の中の出来事のように。
俺の呆けた顔を見て、エンドは泣きそうな声で言った。
「君はこれから一生、痛みを感じることはなくなった。それは……決して良いことではない。痛みとは、生の実感に繋がるものだ。そんな欠落した不完全な心で、君はどうやって生きていくんだ!」
エンドは本気で俺を思って怒っていた。
泣きはしない。歯を食い縛って耐える。
何だかなぁ……。
鈴璃の顔で、そんな顔すんなよ。
「なぁ、エンド――――俺は、これで良かったと思ってる」
俺は天井を見ながら言った。
エンドの顔は見ずに、だから俺は彼女がどんな顔で俺の言葉を聞くかわからない。
「後悔してない訳じゃない。むしろ、がっつりしてる。だけど――もし、お前をあの時助けなかったら、俺はもっと、今の比じゃないくらい後悔してると思う。だから、これで良いんだよ。俺はこれでやっと――逃げないでいられるんだ」
そう言って、俺はエンドを見た。
何故か視界がぼやけていて、結局、エンドがどんな顔をしているかわからない。
それでも俺はしっかり見据えて、はっきりと口にした。
「お前に、俺の名前を呼ぶことを許す」
エンドはあからさまに動揺した。
「――えっ、でも……私は鈴璃ちゃんじゃなくって……」
「そんなのわかってる。お前は偽物だ――――鈴璃の立場を奪って、今ここにいる」
俺の厳しい言葉にエンドは押し黙る。
本当は別にもう、エンドが鈴璃を乗っ取ったことには何も責めるつもりはない。あの事故はこいつと関係ないし、鈴璃の体を奪ったことだって鈴璃本人には申し訳ないけど、叔父さんは確かにそのおかげで救われている。
だからと言って、俺の気が晴れるわけではないけど。今でも、鈴璃であって鈴璃でない エンドを見ていると、言い様のない感情に胸を圧迫される。
だから、親愛のつもりで名を呼ぶのを許す訳じゃない。
「これは宣戦布告だ。お前の《目的》は俺が必ず砕く」
決意を自分にも刻み付ける。
「俺が必ず――――《終末》を防ぐ方法を見つけてやる」
そう言い切った瞬間――
「あれ?」と言う間もなく、体が傾いで倒れた。
全身に力が入らない。意識が朦朧としてきた。
「バカか君は! 痛みを感じなくなっても、体は確実にダメージを受けているんだ。全身切り刻まれているのに、無茶なことするから…………」
エンドの声も徐々に遠くなる。
重たいまぶたをギリギリ持ち上げて、最後の力を振り絞って、俺に覆い被さっているエンドへと手を伸ばす。
「俺、頑張るから……さ。…………だから、まだ諦めないでくれ」
次回は番外編です。
フォルケルトの話ですので、少し気合が入ってます。
土日ごろか……もしくはそれ以前には投稿できたらなと思っています。
曖昧ですみません。
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