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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第一部:ウソで創られた《今》 
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五章  コワレタ願いへ失うココロ6

 フォルケルトが嗜虐的に笑む。――その時だった。

 背筋に悪寒が走るほどの力の奔流が、空気に満ちた。

 フォルケルトがばっと振り向く。

 そこには魔女がいた。

 彼女を中心に周りに何十という数のビー玉が飛び交い、様々な色の光を発している。

 炎が襲っても、結界が張られていてその神聖なる儀式を阻むことはできない。


「お前、これが狙いだったのか」


 フォルケルトの焦りに満ちた顔がおかしくて、俺は笑った。


「ははは……ベテラン否理師のお前に一般人の俺が勝てるわけねぇからな」


 俺ができるのはせいぜい時間稼ぎぐらい。

 派手な技でしめてくれって言っといたけど、まさかこんなすげぇ業見せてくれるとは思わなかった。

 

 さぁ――――六百年生きる魔女の実力を見せてみろ。

 

 再創成した、しかし以前とは違い豪奢な装飾がされた刀を持ち、エンドは厳かに祝詞を詠う。


『人ハ闇ヲ恐レ、闇ヲ深クシ、闇ニ惑ウ。

 人ハ光ヲ求メ、光ヲ乞イ、光ニサ迷ウ』


 シャランと、美しい鈴の音がした。

 エンドが刀を振り、言葉を紡ぎながら舞う。刀についた鈴がそれに合わせてリズムを刻む。


『ソノ影ニ気ヅクナカレ。

 サモナクバ影ハ汝ヲ誘ウ。

 ソノ灯ニ(すが)ルコトナカレ。

 サモナクバ灯ハ汝ヲ欺ク』

 

 洗練された動作。

 朗々と奏でられる唄。

 それを中心に全てのエネルギーがひとつの道筋へと束ねられいく。


『故ニ――――我、望ムハ(シン)為ル物。

 唯ニ信タラン物ヲ、此処ニ喚バン――――』

  

 ピキピキと、何かが割れる音がした。

 それは最初、空間に入った一筋の線だった。

 エンドの背後に走った亀裂は徐々に大きくなり、その中の黒々とした闇の姿を露にしていく。


 ウオオオオオオオオオオオオオ。


 何者かの声が空気を震わした。

 不意にエンドの周りを旋回していた幾つものビー玉が、その裂け目に吸い込まれるように 消えていった。

 

 パリッ……パリッ

 

 何かガラス玉を咀嚼する音が聞こえる。


「さぁ…………おいで、《籠寓漏(こぐろ)》」


 割れた空間を抉じ開けて、その腕がこちら側に溢れてくる。

 異様に長い二本の腕。真っ黒なそれは形が定まっておらず、輪郭がゆらゆら揺らめいている。

 腕の次に染み出すように現れたのは、空間を塗りつぶさんばかりの黒々としたゲル状の胴体。

 どさりと裂け目から一辺に零れ落ちると、じわりとその闇の体を床に広けた。

 のっそり持ち上げた頭部と見られるものには、二つの無機質な色をした目玉が付いていて、じっと目の前にいる存在を見ていた。

 エンドはその恐ろしいほど無機質な視線に、愛おしむように微笑みで応える。


「久しぶり、《籠寓漏》。また、私と一緒に遊んでくれるかい?」


 《籠寓漏》と呼ばれた闇は、返事の代わりに魔女へと手を伸ばす。小柄な少女の体ぐらい、平気で握りつぶしてしまえそうなほど大きな手で、優しくそっと髪に触れた。

 ――――それが、己が主への確かな忠誠の証だった。

 にこりと、エンドが微笑む。

 途端、床に染み出していた闇がじわじわと広がり始めた。

 あちこちで上がっている火柱に触れると、小さな手がいくつも沸きだし絡み付くように蹂躙して、炎を次々と食らっていった。


「こっ、これは…………」

 

 俺の手を踏みつけていた足を離し、フォルケルトは驚愕に怯えの色を混じらせて後退りした。

 その間にも、零れた墨が広がるように段々と闇が迫ってくる。


「この《籠寓漏》は食いしん坊で、何でも食べてしまうんだ。特に好物は《想片》のエネルギーでな。君の師匠にも使った業だ」


「師匠に……だと」


「そう。だから《絶炎の園》だっけ? それは《籠寓漏》を見て、編み出された業かもしれないな。いやはや、自分の業が元だとしても、敵にするには厄介だった」


「――――!」


「どうやら《絶炎の園》より、私の《籠寓漏》の方が吸収力が強いらしい。この勝負――私の勝ちだ」

 

 自分の足元にまで広がってきた《籠寓漏》を避けようと、フォルケルトは一歩足を引いたが、飛び出して来た手にぐっと足を掴まれた。


「ひっ――!」


 微かに口の端から悲鳴が漏れた。しかしそんなのはお構いなしに、目前まで迫っている闇から次々に小さな手が沸きだしてフォルケルトの腕や足を掴んだ。


「うわああああああああああ!」

 

 恐慌状態に陥るフォルケルトの足元をとうとう闇が全て侵食して――――

 地に現れた籠寓漏の口が、ぱっくりと喰らった。


 そして――――

 

 そこには何もなくなっていた。



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