五章 コワレタ願いへ失うココロ5
その俺の言葉に反応したかのように、漂っていた布が意思を持っているかのように動いた。
布が風を切る音が聞こえ、一直線に俺へと向かって飛翔する。
脚に、腕に、包帯を巻くように、それは体に巻き付いていく。
そして、俺は――地を蹴った。
呆然となっているエンドを抱き抱え、目の前まで迫っていた炎を避けた。
これは、あの時――――俺が鈴璃にできなかったことだ。
炎は壁にぶつかり、火の粉を散らして四散した。
抱えていたエンドをおろすと、唖然とした表情で俺を見上げていた。
「いっ、今のは身体強化の業……。何故、君が使うことができるんだ」
「…………知らねぇよ」
俺は顔を背けて、憮然とした態度で返した。
自分でも、本当にわからなくて困惑していた。
この布……《想片》を取り出したときは、ほとんど意識なかったし、さっきエンドを助けたときも、《想片》の方が勝手に俺の意思を汲んで力を発揮したように感じられた。
俺の望みに対して強化が必要な部分ほど幾重にも巻き付き、その部位が変わると自動的にその部分に巻き付いてくる。
自分の手足を見ると、血濡れの包帯が乱雑に巻かれているようで――気味が悪かった。
俺はこの時、生まれて初めて自分の勘に得体の知れない不気味さを感じた。
小さい頃から人一倍勘が鋭いことで、周りに気味悪がられたことがないわけではないが……でも、まだそれは常人の範疇で、こんなにも常軌を逸するものではなかった。
だが、今はどうだ?
フォルケルトや、六百年生きてきたエンドさえ、俺の能力に信じられないものを見るような顔をする。
正直、怖い。
得体の知れない自分自身が恐かった。
でもこれで、守ると決めたものを守れると言うならば。
全てを――呑み込んでやる。
「……調子乗ってんじゃねぇぞ」
その声に振り向くと、フォルケルトは肩を怒らし、全身からピリピリした殺気をっていた。
彼の周りにゆらりと炎が立ち込める。
「魔女よりも、お前を先に焼いてやる。《罪人》じゃないから殺されねぇって、高括ってんなよ。殺りさえしなければ、何でもありなんだからよぉっ!」
フォルケルトを囲んで、火柱が幾本も立つ。
目映い光の中、フォルケルトの影がゆらゆら揺れて俺を挑発しているのがわかった。
「……エンド、ここで待ってろ」
フォルケルトの方を向いたまま、後ろにいるエンドをさらに下がらせる。
「待て、君に何ができる。感覚だけで身体強化の業を身に付けたのは驚愕に値するが、それだけで勝てるほどの敵ではない」
「わかってるよ」
慌てて止めるエンドに、俺は振り返り、あえてその眼を挑むように睨み付ける。
「だけど、俺はお前を死なせる気はさらさらない。その事はもう十分言ったつもりだ。それとも何か? お前は俺を泣かしたいのか」
「うっ……」
エンドが言葉に詰まって、少し頬を赤くした。その様子は子どもっぽくて――鈴璃を感じさせた。
自然、俺の言葉にも力が入る。
「出来る限り全力を尽くす。だから、お前は――――」
俺の言葉を聞いたエンドは、渋々だがこくりと頷いた。
俺はフォルケルトに向き直す。
「――行くぞ」
「さっさと来い、クソガキ。その四肢、もう使い物にならねぇほど炭屑にしてやる」
俺は駆け出し、フォルケルトはあのジッポで再び炎の波を操った。
エンドの《想片》をことごとく吸いとったせいか、炎のスピードは外野で見ていたときよりも早くなっているように感じられた。
だが、俺は強化した足でそれを全て掻い潜る。一部頭にも巻き付いている包帯のような《想片》のためか、動体視力も格段に上がっていた。
波の隙間を抜け、俺はあっという間にフォルケルトの前に立つ。
そのまま、《想片》が幾重にも巻き付いた拳をつき出す。
「ちっ!」
フォルケルトが腕を軽く振るい、炎の壁を作る。俺は炎に触れる一瞬前、拳を寸止めし、その勢いのまま地を蹴り高く上に飛び、脚を振り下ろす。
しかしフォルケルトは寸前で俺の足を掴むと、その勢いのまま乱暴に投げた。
ボキッと嫌に軽い音がした。
フォルケルトがふぅっと息を吐いて言う。
「右脚を折ってやった。もう立てねぇだろ。まぁ、よかったじゃねぇか。そこで、おとなしく寝てろ――」
その言葉が言いきられる間際に、俺は拳を振り抜いていた。
今度こそ当たり、フォルケルトはぶっ飛ぶ。何とか受け身を取り、立ち上がったようだったが、動揺は隠しきれなかった。
「お前、どうして立てる!」
「骨はたぶん折れてると思う。力が入りにくいし。でも、残念だったな。俺の《想片》は優秀らしい」
折れたと思われる部分には、まるでギブスのように《想片》が何十にも巻いていた。
赤いから、やっぱり不気味だけど。
痛みなんて――もう俺にはないし。
反撃の隙を与えるわけにはいかなかった。俺はフォルケルトが体勢を整える前に飛びかかり、足技を繰り出す。
「クソがぁっ!」
フォルケルトは雄叫びをあげ、俺の攻撃を一挙一動受け止めながらも、ジッポを使い炎を操る余裕はなかった。
彼も俺と同じく《想片》で体を強化しているようで、スピードやパワーは互角だったが、それに俺が気づいたのと同時に、《想片》から流れてくるエネルギーの量が上がった。
完璧に俺の意思と一体となっている。
そりゃそうか、だってこれは――――俺の痛みだから。
「がっ……!」
フォルケルトのスピードをわずかに上回り、俺の蹴りが腹に決まった。
腹を抱えて蹲り、えずく彼に、俺が一息入れたところだった。
何かが、俺の背中に触れた。
「えっ?」
振り返る。途端、顔を熱風が撫でた。
後方から、大量の火の弾丸が放たれていた。
「へへへ……やっと、気ィ抜いたな」
フォルケルトが呟いて顔を上げる。俺から死角になっていた腹の下で、ジッポを持っている手が見えた。
「くそっ!」
俺は大幅に遅れを取りながらも、弾を避けていく。
背中がじんわりと熱い。喰らったのは一発だけだろうか?
わからない。
背中だから見えないが、たとえ一発にしろ当たったなら酷い火傷を負っているはずだ。しかし、それさえも感じられなかった。
身体強化をしているため、弾丸を避けるのは容易だった。
しかしその一瞬、フォルケルトから目を離してしまった。
「おらよっ!」
足元を思いっきりすくわれ、俺は地面に倒れ伏す。
すぐに立ち上がろうとしたが、フォルケルトは俺の右手を踏みつけた。
そのまま、ぐりぐりとなぶるように足に力を込める。手の甲に折れた感覚。
俺はキッとフォルケルトを睨んだ。
「……ここで悲鳴が聞きたいとこだけど、もうお前には期待できねぇな」
感情のない平坦な声で、俺の状況を哀れむ。
「痛みがねぇから、気絶できないってのも痛々しいな。まぁ、いいや。これくらい至近距離だったら、さすがに戦闘不能だろ」
ジッポが俺の顔面に向けられた。そこに火が集まり弾丸を成していく――。
☆感謝☆
前回の投稿のお知らせの後、ありがたいことにご感想をいただけました。
本当にありがとうございます。
とてもとてもパワーをいただき、決意できました。
本作『魔女が詠う絶対終末』を続行します。
道のりは長いので、またこのような弱音を吐くこともあるかもしれませんが……精一杯やらせていただきます。
これからもよろしくお願いします。