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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第一部:ウソで創られた《今》 
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五章  コワレタ願いへ失うココロ4

 俺は――――

 ――どうする

 鈴璃が――

 ――――エンドが


「うっ、わあああああああああ!」


 絶叫した。

 驚いたエンドが振り向き、フォルケルトは炎を放とうとして振り下ろしかけた腕を止める。

 俺は体が傷つくのも構わず立ち上がり、陣の外に一歩足を踏み出した。


「ぐはっ!」


 頭から体の芯に何かが突き刺さったような痛みが全身を貫いた。

 衝撃にガクッと跪く。

 体のあちこちから鮮血が飛び散る。だが、それらの傷は全て浅いもので、痛みも大してひどくない。

 この……この痛みはおそらく、フォルケルトが言っていた《幻痛》。現実に体に何かがあったわけではない。

 ――だが、そうだと割りきって堪えきれるものじゃなかった。


「くっ、……そっ、がはっ!」


 頭を押さえ、また立ち上がろうとすると、今度は全身を刃物で貫かれたような痛み。そして、その傷をぐりぐりとえぐられるような感覚が脳を焼いた。


「うっがああああああああ!」


「止めろ! それ以上無理したら、君の心が壊れてしまう!」


 エンドの声がする。

 でも、それも意識の端で微かに聞こえるだけ。

 激痛は絶えず俺の神経を侵食し、皮膚を、内臓を切り裂かれるような痛みに、身を抱えるようにして堪えようとすることに手一杯だった。

 頭が真っ白になっているなか、俺を動かしているのは一つの思いだった。


「死な……せるかよ」


 絞り出す声。


「もう、どんな形でも…………鈴璃を死なせ、ない…………!」


「――――!」


「あんな想い、二度として堪るかぁ!」


 もう目の前で、誰かが死ぬとこなんて、みたくない。


 再び立ち上がろうとして、心臓を突き刺されたような激痛に呻いた。

 えずきながら、それでも踏ん張ろうとしたが、全身を発狂しそうになるほどの痛みが走って、堪えきれずまた座り込む。

 肩で荒い呼吸をする。

 視界が涙で霞んでよく見えない。

 苦痛に意識を根こそぎ持っていかれ、深くものを考えることを許されない。


 あぁ…………

 

 邪魔だなぁ。


 痛みが、邪魔だ。


 思考なんか、もうまともに機能してない。

 だから、俺は、何となく――――自分の胸に指を伸ばした。

 とぷり、と指が水面に差し入れたかのように胸の中へ沈んだ。


「――っ! 嘘だろ、まさか!」


 フォルケルトの驚いた声も、痛みに掻き消されて頭の奥まで届かない。

 ただ俺は、昨日、エンドが俺にしたことをしようとしているだけだ。

 胸の奥を指先で探る。全身痛いが、そこには何の感覚も感じない。

 あれ、どこだろう?

 才能(かん)を研ぎ澄ます。

 絶えず襲う激痛に俺の意識が刈り取られていくほど、才能(かん)はよく働く。

 もう、俺の手を動かしているのは俺じゃなかった。

 ただの才能(かん)

 

 才能(かん)に従うままに。

 才能(かん)に全て委ねて。


 これじゃない。

 これでもない。

 

 …………。


 俺は笑った。


「――――見つけた」

  

 指先で掴んだそれを、おもいっきり――引き抜く。


「そっ、《想片》!」

 

 エンドが叫んだ。


「そんな、ありえない! 見よう見まねでできるものじゃない!」

  

 現れたそれは、禍々しいほど赤い布。包帯のような形状で、俺が一番嫌いな色をしていた。

 全部、引き抜く。

 だって、こんなの邪魔なだけだから。

 守りたいものも、守れなくなる。

 長さ約数十メートル。出なくなるまで抜き出した布は、重力に逆らって、まるで天女の羽衣のように辺りに漂っている。

 俺は布の端を掴んだまま立ち上がり、そのまま一歩足を踏み出した。

 腕が裂けて、血が飛び散る。

 だが、もう何も感じない。

 もう俺にとって、痛みは障害じゃない。

 意識がはっきりしてきた俺は、静かに前を見据えた。

 フォルケルトもエンドも声をなくして、俺を見ている。

 俺はスウッと息を吸って、言った。


「お前らの因縁なんて知らない。否理師云々かんぬんも、世界の終わりも、よくわかんねぇよ。でもな、こいつ殺されたら困るんだ」

 

 俺はエンドを指差す。

 エンドはただ目を見開いて、俺の話を聞いている。


「俺は死んだ鈴璃に対して、鈴璃の――今はエンドが持っている――未来を守ることを誓った。エンドには、鈴璃の立場を奪ったぶんだけ、やってもらわなきゃいけないことが山ほどある」

 

 鈴璃は帰ってこない。

 でも、ここに鈴璃はいることになっている。

 世界が物語で、もし登場人物表があるなら、そこに尾城儀鈴璃の名前はある。


「きっちり代役やってもらわないと困るんだ。叔父さんに親孝行してあげたりとか。鈴璃がもうできないことを全部こいつにしてもらわないといけない」


 だから、そのためには――。


「こいつに死なれたら困る。終末とかなんだとか、めんどくさいことは俺が説得してみるし、詫びが欲しいなら、できることなら何だってこいつにさせるから。頼む――――エンドを、殺さないでくれ」

 

 俺は頼んだ。

 頭を下げて、心から。

 《罪人》であるエンド、フォルケルトの師匠の仇であるエンド、――人を滅ぼそうとしているエンド。

 彼女を生かそうと言うのは、ただ俺の自己満足だから。


「……何、言ってんだ。てめぇは」


 怒りを押し殺した声で、低く唸るようにフォルケルトは言った。


「言葉でなんとかなることじゃねんだよ。ここまで来て、はい仲直りなんて馬鹿な真似できるか。何もわかってない、世間知らずのクソガキが」

 

 萎えかけていた腕を、改めて天に突き刺すかのようにピンと伸ばした。


「陣から出てきた命知らずの馬鹿になんか構ってられねぇからよ、心中するなら勝手にしやがれ!」

 

 そして、引き金を下ろすかのように振り下ろす。

 炎の塊が、猛烈な熱を放ちながら迫ってくる。

 不思議と、恐怖はない。

 エンドが「早くっ! 君は逃げろ!」と、自分は動かないまま必死の形相で俺に言っているが、聞く気は全くなかった。

 その光景に、ただ一つ嘆息が漏れた。


「そっか。じゃあ、フォルケルト、お前は――俺の敵だ」




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