五章 コワレタ願いへ失うココロ2
もう、耐えられなかった。
「止めろ! お前ら、何やってんだよ!」
バッとフォルケルトが振り返る。地面に叩きつけられる寸前に何とか受け身をとったエンドも、驚いた顔で俺を見ている。
「わけわかんねぇよ。もう、止めてくれ……」
俺は頭を抱えて呻いた。
記憶の蓋が開き、あのときの映像が幾度となくフラッシュバックした。
そんな俺の様子に、フォルケルトは首をかしげたが、エンドは申し訳なさそうに顔をあげた。
「すまない……。これは、君の大事な従妹の体なのに」
「…………わかってんだったら、何でこんなことするんだよ」
頭痛で目眩がしたが、それを振りきって叫んだ。
「鈴璃の体を使って、何やってくれんだ。人類を滅ぼす? ざけんな! 鈴璃の体だけじゃない、今まで十二人もの人の体を使って、……人殺しまでして一体何がしたいんだよ」
エンドは口ごもった。何か言いたげな表情で、でも激しく躊躇している様子。
俺はそれを見て、一つの確信を得た。
「お前の今までの行動は、全て世界が滅びることに関連してるのか?」
「――!」
「やっぱり、そうなんだな」
俺の言葉を聞いて、エンドは目を剥いた。
「どうして、君がそのことを……」
ハッとしたエンドは、フォルケルトを強く睨む。
「何故、しゃべった!」
その鬼気迫る剣幕に、フォルケルトはたじろいだ。
「マ、マジになって切れんなよ。どうせお前の妄想だろうが」
「妄想じゃない!」
エンドは叫んだ。
「現実、なんだよ……」
苦しげに、本当に辛そうに、ポツリと呟いた。
「妄想だったら、どれほど良かったろうに…………」
エンドはフラリと立ち上がった。襤褸布のようになったコートを羽織直すと、絶望の色が滲む声を漏らした。
「私が、その未来を知ったのは、今から四百年前のことだ。それから、私はずっと一人でその未来から逃れる方法を探していた。誰も信じてくれなかったから」
「……けっ! 何を言い出すかと思えば。クソ魔女、お前はな、もう狂ってんだよ。そんな妄想に誰がついて行くか」
「君の師匠も、私にそう言った」
ピクッとフォルケルトの眉が反応する。
「そして私は、その証拠を見せたんだ」
エンドはそう言うと、自分のコートの左袖を引きちぎった。脆くなっていたコートは、あっさりと破れた。
「このコートは、私の《想片》を溜めてある《器》だ。この濃縮されたエネルギーを使って、君たちに見せてあげよう」
フォルケルトは炎を繰り、止めようとしたが、エンドは一瞬早く詠唱を始めていた。
『我ノ棲ム世界、我ノ棲ム地。
人ガ臨ム、人ハ望ム、人ニ挑ム。
神ハタダ全テノ眼前ニテ笑ウ。
我ココニ在テ、ココヲ知ラズ。
人ソコニ在テ、ソコヲ知ラズ。
神ハ知ラズ。ココヘ在ル由縁ヲ。
神ハ知ラズ。ソコガ在ル由縁ヲ。
故ニ、汝ハ知ル。汝ガ隠スハ、数多ノ調ベ。
其ノ封ヲ解キ放タン。
我ハ求メル其ノ秘密。我ニ示セ其ノ導キヲ』
朗々と詠われた言葉に、コートはフワリと浮かぶと、巨大なビー玉へと姿を変えた。
エンドの背よりも高いそのビー玉は、宙に浮かんだまま、クォンクォンと音をたて光っている。
やがて、音が小さくなっていき、ビー玉の中から漏れる銀の色が薄くなっていくと、一つの光景が映し出された。
「――――何だ、これ……」
それは宇宙から見た地球の映像。
蒼い星、美しい惑星。
しかし、そこにある大陸は俺が知っているものとまるで違った。
ユーラシア大陸は二つに避け、南極が太平洋のど真ん中に在る。
日本は何十にも分割され、もはや原型はほとんど残っていない。
映像が変わる。
地上の光景、高層ビルが折り重なって倒れ、瓦礫と化していた。そこに降っているのは、雨。しかし、ただの雨ではなく、触れたものを溶かす、強酸性の雨。
数人の子どもが、瓦礫の下で震えながら雨をしのいでいる。
映像はそこから目まぐるしく変わっていく。
火山の大噴火。火砕流が家々を飲み込み。人も文明も全て焼いていく。
度重なる地震、津波、地割。子どもが目の前で地面の裂け目に落ちていったのを見た母親は、発狂して泣き叫んでいる。
異常気象により、植物はほとんど枯れている。生き物も、次々と死んでいく。
国家の権力など既になく、道徳を貫く余裕などない。
人を殺す。生きるために、騙して奪ってを繰り返す。
地獄そのもののような光景。知っている場所、建物も同じように悲惨な光景に堕ちているのを見るたびに息が止まりそうになった。
フォルケルトも声をなくし、顔を青ざめている。
映像に釘付けになっている俺たちに、魔女は告げた。
「これが三年後に訪れる、世界の終末だ」