五章 コワレタ願いへ失うココロ1
「どうして、何故こんなに早くここがわかった」
フォルケルトは混乱しながらも立ち上がり、ジッポを構え、戦闘体勢に入った。
エンドはちらりと俺を見て、口を開く。
「魔女を見くびってもらっては困る……と、言いたいことだが、私が今ここにいるのは、そこにいる子の可愛い恋人のおかげだよ」
誰だと、考える必要はなかった。
「俺と唄華は別にそんなんじゃねぇよ!」
反射的にそう叫ぶと、エンドはふっと笑う。
「そう恥ずかしがるな。君たちのラブラブっぷりは、あの娘から嫌と言うほど聞かされて知っている」
「何を聞いたかしらないが、その話の九割はデマであると断言する!」
「おいおい、唄華さんに裸エプロンを着せて、ご主人様と呼ばせたことがか? それとも、 私が今晩君を縛った縄で、SMプレイをして遊んだことか?」
「全てだ! もう九割どころの話じゃない!」
「それらの話をしている唄華さんはとても楽しげだった……。私も年甲斐もなく、恋愛とはいいものだなと思った」
「やめてくれ! 鈴璃の声で、そんな枯れた言葉聞きたくない……」
俺の反応を嬉しそうに眺めるエンドに、俺は絶句した。
お前、そんなキャラだったっけ? 唄華はお笑い、お前はシリアス担当だと思っていたが、それは俺の勘違いだったのか?
……いや、違う! この、俺を弄ぶノリは唄華にそっくりだ。
感染ってる!
唄華が増殖した!
俺たちが馬鹿げた会話をしている間に呼吸を整えたフォルケルトは、それでも不審げな顔で 言った。
「あそこにいた女のことだな? だが、ありえねぇ。あの女こそただの一般人だろう。ここがわかるはずがない」
「私もあの娘のことはよく把握してないけど、ただの一般人だとはとても言えないね。在……深漸くんが拐われた後、すぐにあの娘は行動した。こっそり深漸くんの体中に仕込んだらしいマイクロチップのGPS機能を使って、ここを探り当ててくれたのさ」
俺はその話を聞いて、自分の体を探る。
……出るわ出るわ。
ポケットはもちろん、足の裏や、耳の後ろにも張り付けてあった。きっと、エンドについて 吐かされた時仕込まれたのだ。
弁解するが、これは俺が鈍感だから気づかなかったわけではない。況してや、唄華がこうなることを予測できていたとかでもない。
唄華という女は、己が面白そうだと思うことは、徹底としてやり抜くのだ。
つまりは、迷惑な完璧主義。
「だが、ここには一切の情報を漏らさない《結界》が張ってある。さらに、万全を期して、物理的に妨害電波も流している。一発でここがわかるわけ……」
「《結界》の方は、私がこの町にあった全ての《想片》に関する力をまるごと無効化した。気づかれないように細工して。だが、さすがに電波というものはわからなかったが、そこは唄華さんが全て掻い潜ったよ。やれやれ、ケータイ一つであそこまでやってくれるとは、六百年生きてきたけど、この驚きは五本の指に入るね」
「そんな、馬鹿なこと……」
フォルケルトが唖然としている。
唄華の異常さを知った人間がよく見せる反応だ。
唄華の自作ケータイ(違法)の凄さを知ってる俺としては、ただ呆れるばかりだけど。
エンド――鈴璃の姿をした、しかし中身は何百人も虐殺した否理師《終末の魔女》。
その恐ろしい過去と目的を聞いて、誰が予想できるだろうか。
ただの一市民、同じ家にたまたま住んでいるだけの俺を、当然のように助けに来るだなんて。
「慌てているな、《魔女狩り》。まさか、私を迎え入れるパーティの支度をまだしていなかったのかい? それは悪いことをした、もう少し待ってあげようか?」
あからさまな挑発だった。
今までのフォルケルトであったなら、この瞬間に吠えて飛び掛かってきただろう。
しかし、彼は笑っていた。
すっかり戦闘にスイッチを切り替えた彼は、もう惑わされなかった。
なぜなら――。
「悪かったな、魔女。お前が俺をなめきっていようと、プロの《魔女狩り》であることを忘れてほしくねぇな」
パチンとフォルケルトが指を鳴らす。
途端、一斉に、あらゆるところからが紅蓮の炎が噴き上がった。
まるで火山の中にいるような光景。赤い色が視界を支配した。
「《絶炎の園》。師匠が開発したとっておきの業だ」
エンドは警戒して刀を下ろさないまま、左手に数個のビー玉――彼女の《想片》を取り出した。
「すまないが、君と遊ぶつもりはない。一気に決めさせてもらう」
そうして、それを宙に放る。
『爆』
ビー玉が空中で爆発し、ガラスの破片となってサーティーズに降り注いだ。
だが、フォルケルトは動じず、ジッポを目の前でスッと動かした。
炎の一つが、生き物のようにうねり、ガラス片を全て呑み込んだ。
「――!」
「次は、こっちからいくぞ!」
その声を皮切りに、炎は波のようになってエンドを襲った。
エンドはビー玉を一つ、飴玉をそうするように口に放り込んだ。
『我ノ力ト成レ、我ガ求メシ力ヲヨコセ!』
体の中に《想片》のエネルギーが、循環していくのが俺にはわかった。
これは、フォルケルトも病院でエンドを襲った時に使っていた――身体強化の業!
エンドは強く地を蹴り、天井まで跳ね上がる。
しかし、炎の波は向きを変え、絶えずエンドに迫る。
「くっ!」
エンドは咄嗟に、炎を二つに斬り裂いてその場を脱する。
しかし、地に下りたエンドは自分の手元を見て絶句する。
刀身が無くなっていた。残っていた柄も、さらさらと粉になって散っていく。
「すげぇだろ、これ」
フォルケルトは誇って言った。
「この炎は、触れた《想片》のエネルギーを区別なく吸収する。お前がありとあらゆる業を身につけた否理師であることは、重々承知している。でも、否理師である以上、《想片》は必要不可欠! こっからは、もう《想片》を使う暇はやらねぇよ」
エンドはフォルケルトを睨み付け、様子を伺いながらそっと想片を取り出す。
しかし、フォルケルトは見逃さなかった。
「あっ!」
手に軽く炎が当たり、想片を奪っていった。
「おらおら、次行くぜぇ!」
再び、炎が波となりエンドを襲う。
その小柄な少女の手に武器はない、《想片》も取り出した瞬間に奪われる。
エンドはかわすしかなく、縦横無尽に逃げ回った。
しかし、徐々に炎はスピードを増し、完全には避けきれなくなってきた。
髪が焼かれ、炎が腕に当たる。
コートも《想片》で作られてたのか、少しずつ炎に喰われ、ボロボロになっていく。
「アハハハハハハハハハ! ざまぁみろ! 師匠の気持ちを思いしれ!」
フォルケルトの嗜虐に満ちた笑い。
また、エンドの体が炎になぶられた。熱風に髪がなびき、額の傷があらわになる――。
その姿を見た瞬間、俺は叫んでいた。
フォルケルトの師匠ラブ……伝わったでしょうか?
この子、結構好きなんですけどうまく表現できないのが悔やまれます(涙)
感想・ご意見などどんどんお寄せください!!