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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
最終部 全てのオワリはその手の中に
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第二章 護リの道を阻ム者3

 刃が俺の胸に突き立てられる――寸前、視界が赤に染まった。

 熱が俺とエンドの間に立ちふさがり、彼女は反射的に後ろへ飛んで避けた。

 

 再度できた一瞬の隙――それを逃すわけにはいかない。


 俺は()()、袖に隠していた手首の≪器≫に指を触れる。

 先程の隙でこの結界の一部を歪ませた。そのわずかな歪みにさらに指をかけて引き裂くイメージ。

 

「邪魔するぜ」


 結界の亀裂から飛び込んできた彼らは俺とエンドの間に立つ。


 一つに縛った黄金の髪、体を動かすたびに金属音が鳴る病的な数の十字架のアクセサリー。不機嫌そうに手の中のジッポを弄っている。

 まだ少年らしさを残した男――四代目≪魔女狩り≫、フォルケルト・ホプキンスは不機嫌に舌打ちする。

 カチリと、ジッポを鳴らすたびに炎がエンドを取り囲むように出現するが、彼女が刀を振るうとあっさりとかき消されてしまう。絶えず放つために、エンドがこちらに近づくことは防げているが、彼女を捉えることもさらに距離を取ることもできていない。


「あー、むかつく。状況がさっぱりわからないのに、動かされているっていうのはやっぱり納得いかねぇ。もう魔女を殺していいから行ってこい、ってどういう意味だよ」

「お母さま殺すの……ダメ」

 

 フォルケルトの横に立つ、ウェディングドレスの女性が殺気立ち、手の中のカードを彼の前に突き出す。

 赤毛が火の色に照らされて輝く。表情に乏しい顔だが、緑の瞳は彼女の感情をありありと滲ませている。

 ≪孤影の預言者≫、エレミヤは壊れたラジオのようにお母さまと呟き続ける。


「お母さま、お母さま、お母さま……私は、お母さまを助けに来たの」

「そうだったなぁ! 俺には殺せ、お前には助けろって言って、何がしたいんだよあのくそじじぃが!! ほら、助けたいならさっさと行って来いよ。魔女もろとも火刑にしてやっからよぉ!」

「そうしたら……あなたは私の預言の加護を得られない……そうしたら、あなたはお母さまには敵わない」

 

 くすくすと悪戯好きな子供のように、声だけでエレミヤは笑う。


「それで……いい?」

「あぁ、もう!! くっそめんどくせぇんだよ!!」


 炎の勢いがさらに増す。エンドの結界は完全に解けていない。そのため、この空間は閉じられ、熱がこもる。

 一気に乾燥した街路樹が自然発火し、その火を起点にいくつもの火柱が上がり一つの陣を描いていく。


「≪絶炎の園≫。そして重ねて≪獄炎≫、≪炎身万象≫!」


 フォルケルトの言葉に応え、炎の色が赤から青へと変わる。炎の形も逃げる彼女を追って波のように、跳んだ彼女を射抜くため弾のように、千差万別に変わり、絶えず青い火の粉を降り注がせた。

 火に触れるたびエンドから想片のエネルギーは奪われる……はずだ。

 しかし、髪に飾られた硝子玉はひとつも欠けることもなく、彼女は完璧に炎を避け続ける。

 

「チッ、やっぱり二度目は効かねぇか」

「でも……このままを続けることは、続けられる。私は、あなたの未来……未来を、≪選ばれし託宣≫で読んでいる。あなたは、しばらく、このままお母さまを、抑えられる。そうすれば、いつかいつかお母さまの想片の方が、先に、尽きる……」

「フォルケルト、お前の方の想片は大丈夫なのか」

「おっと、やっと喋ったか。この状況にびびっちまってたか?」


 エンドから目を離さないまま、フォルケルトが笑って答えた。


「あのくそじじいが、報酬だってありったけ寄こしやがったんだよ。俺が欲しかった情報のおまけだって言ってなぁ。さすが≪秩序≫の長は、貯めこんでる量が違う!」

「お母さまの、想片も多い。けど、本来は一年かかる絶対終末の要となる≪収集器≫の修理を、早めようと……限界まで頑張ってた。だから……ね、本当はぎりぎりのはず」

「ははは! よかったなぁ! お前のお節介のおかげで、魔女を追い詰めることができるぜ!!」

「……」


 エレミヤは黙ったまま、手に持っていたカードをエンドに向かって振るう。

 火の中にあっても焼かれることはなく、カードはエンドの刀へ真っすぐ飛び――寸前に爆発する。

 エンドはそれも辛うじて避けるが、エレミヤは再度カードを投げた。


「私は、お母さまを助けたい、だけ」

 

 ぽつりと、小さくつぶやいた。


 二人の背に、俺は話しかける。


「ここのことは、≪全知≫に聞いたのか?」

「あぁ。失踪していたやつから、ついさっき突然連絡が来たかと思ったら、報酬の想片と情報をいきなり渡してきて、次の瞬間にはここに飛ばされてたんだよ! 『ここまでしかもう儂にはわからない』って、らしくないことを言ってたがな」

「……≪道化≫は、ただの≪道化≫になったの。そういうこと」

 

 エレミヤが淡々と告げ、フォルケルトがはぁ?と大きな声で威嚇するように言う。


「何のことだよ!」

「そのまま、の意味。なにも知らないからこそ、現状に介入できるようになった。縛りが外れたから、すぐに私たちを使った。怖い、怖い、怖いものがやってくるの。もうすぐ、すぐに、私たちを呑み込む。――あなたの、せい?」


 エレミヤが、少しだけ振り返り俺を見る。その顔はすっかり青ざめて、声も震えていた。

 終末の恐ろしさを何度も見た彼女にもわかるのだろう。

 エンドが俺を殺すという、唐突な行動が終末の始まりに関わっているだろうことを。


「やっぱり、私は……あなたのことが大っ嫌い」


 エレミヤが俺を見る目はいつも憎悪に溢れている。

 俺が、エンドを苦しめていると。

 そしてその感情を俺に向けることは、正しいと思う


「ここは……お前らに任せる」


 フォルケルトとエレミヤがエンドに対処しているその間も、俺は結界の対応を続けていた。

 俺専用に作り上げているだけあって、結界内では感覚が掴みずらくなっている。一つ業を行使しようとしても、手順を三倍ぐらい増やされている感じがする。異分子を入れることは何とか出来たが、結界の要に俺を使っているため俺の逃走だけはできないように厳重に練り上げられていた。

 でも、やっと抜け出す準備ができた。

 全てが始まる、いや終わろうとしているのならば、俺はすぐにでも行かなければいけない。


「おう。全然なーんもわからねぇが、お前に用はない。邪魔だからとっとと行け」

 

 フォルケルトは最後まで俺を見ることなく、魔女を見つめ続けていた。


「もう二度と……お母さまに、会わせない。次にお母さまの前に現れたら、殺す」

「じゃあ、しっかり抑えておいてくれ」

 

 結界に穴を空けるタイミングが重要だった。

 逃げることを察知された途端に、エンドは己の身に換えても俺を殺しに来る。

 ――火から逃げている間も、ずっと俺への意識を切らしていない。

 だから、また間隙を作るしかない。

 

 本当に、こんなことをしてごめん。

 俺はあいつに会いに行かなければいけないから。

 どれだけ最低のことか、わかっていようとも。


 由己が使っていた、業。

 完全に再現することは出来ないが、一瞬だけなら再現できる。

 ――紅い光景を。彼女の傷の風景を。


 意識がわずかに、俺から逸れた。

 その瞬間、作った穴を使い、飛び出した。

 時間は午後十一時四十八分。

 もう、待たせるわけには、行かないから。






 



 

 

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