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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
最終部 全てのオワリはその手の中に
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第二章 護リの道を阻ム者1

 

 今日は家の中がいつもより暖かい気がする。

 普段は遅くまで働いていていない父がいるせいか、母が台所で大声で笑っているせいか。

 それとも兄夫婦が来ているためか。

 

「在須、もうちょっと足引けよ」

「やだ。俺もう少しで出るから。そっちが我慢しろ」


 こたつの中で足の攻防戦をする。

 こっちの右足の裏に自分の足の裏を押し付けてくるから、左足でくすぐるようにしてやる。

 しかし全く効いてる様子はなく、兄は俺の顔をじっと見る。

 

「これから彼女とデートだろう? もう準備したらどうだ?」

「待ち合わせにはまだあと一時間もある」

「彼女は、着物か?」

「あー、着て来るって言ってたな」

「つまり、彼女はもう準備を始めているはずだ。お前も今からみだしなみをチェックして、待ち合わせ時間の三十分前には着いて待っておくべきだ」

「……この雪の中を?」


 今朝から降り出した雪は前回の事件と比べると大したものではなく、うっすら地面を覆う程度。

 それでもちらほらと空から降ってくる雪と冷たい風を思うと、まだこの中で暖をとっていたい。


「ここから大して離れた神社でもないし、十五分ぐらい前からでも余裕だよ」


 もう一つ食べようと、こたつ上のみかんに手を伸ばしたら、目の前で兄に奪い取られた。


「いいか、在須。これは先達からの言葉だ。彼女が着飾るのは決してお前のためだけではないだろう。そして、お前自身も『別に頼んではいない』かもしれない。それでも、普段着る機会が少ない着物を着てくる女性はそれなりに気が張っている」


 真剣な顔で告げられた。手は、みかんの皮をいそいそと剥いている。


「慣れない格好で、いつもと同じ動作ができない。歩いてる最中にも着崩れてしまうかもしれない。それでも綺麗な姿を、いつもと違う自分を見せたいと頑張っている。だからこそ、イライラが頂点に達するのは早い。なるべく彼女のイライラポイントを貯めないように努めろ」


 みかんの筋取りを始めた。

 俺はめんどくさいからそのまま食べる派だが、兄は眼鏡通り几帳面な人だ。


「早めに行って待っておくというのも、地味だが重要なことだ。先に自分が損をしとくことで、面倒事が起こる可能性が低くなる」

「……鷹絵さんと、過去になんかあった?」

「鷹絵じゃないが……まぁ」


 ちらりと兄の眼が扉を見る。

 鷹絵さん――兄の嫁さんは、現在風呂に入っているはずだ。

 記憶を探ってみると、兄が母に赤飯をふるまわれたのは……中学三年生の頃だったと思われる。

 鷹絵さんとは大学で出会ったと記憶しているから、俺が知らないだけでそれなりに交際経験を積んでいるのかもしれない。


「まぁ、俺のことはいい。とにかく、今すぐこたつから出ろ。さっさと家からも出ろ」


 言葉が直接的になった。


「寒いんだよ」

「わかっている。俺からカイロを提供する。リストバンドタイプのカイロ、足首に巻く用のカイロ、靴の中に貼るカイロもある」

 

 兄はコタツから体を出さないまま手を伸ばして袋を掴み、中身をがさっと広げた。


「こんなにはいらねぇよ」

「一応、ちゃんとしておけ。お前は『寒さ』なら問題ないだろうが。寒さも過ぎれば事だ」


 じろりと責めるような目線を向けられ、つい逸らす。

 つい最近まで寒さの感覚も失いかけていたとばれていたら、なんて言われていただろう。

 --失くさなくてよかった。

 あの時はそれが最適だと思ったけれど、この先も戻って来ない『痛み』の感覚の重さを知った今ならば、自分の一部を切り捨てることは最終手段であるべきだと分かっている。

 切り捨てた後に、自分がその先どう生きていかなくてはいけないか、きちんと覚悟するべきだった。


 俺にとって、自分の価値は軽かった。

 自棄に近い感情も持っていた。

 誰も救えない自分なんてという気持ちが、いつも胸の端にあった。


 でも、もうそんな自分からは変わらないといけない。

 この先を進むのならば。


「……わかったよ。あと十分ぐらいしたら支度する。だから、今は俺に譲れ」


 兄が綺麗に向いたみかんを取り、一房ぱくりと口に入れた。


「あ! お前な!!」

「そういえば、俺に姪っ子か甥っ子できる予定ある? ……一年以内くらいに」


 俺の言葉に兄が固まる。


「な、えっと」

「まだ誰にも言ってないのに、だろう? 俺も誰かに聞いたわけじゃないけど、あれはわかるよ」


 今日うちに来てから、鷹絵さんが重い荷物を持つときや、階段を上るときとか、ずっとちらちらと見ていた。

 兄のそんな挙動不審な様子に、みんな何となく察しはついてしまっていた。


「……ちゃんと後で俺から言う。だからまだ母さんたちには」

「言わないよ(みんな気づいてるだろうけど)」


 どうせまだわかったばかりとか、時期がとかもやもや色々考えていたのだろう。

 なんとなくそうだと思っていたから、本当は言うつもりがなかったけれど――どうしても聞いてみたいことがあった。


「これはさ、まぁ、思春期にありがちなやつってことで上手く聞き流してほしいんだが‥…」


 声を潜めて、兄の顔も見れないまま呟くように尋ねる。


「来年とかそう遠くない未来で、災害とかそういうので世界が大変なことになることがわかってたとして、それでも……さ」


 生まれてきてほしい?

 生きていてほしい?


 進むことを選ぶと決めたのに。

 こんなことを聞いて、俺はどうしたいんだ。

 

 言えなかった部分を兄がどう解釈したかはわからない。

 クスクス笑い声がして、顔をあげると、小さくため息をつかれた。


「何を悩んでいるかさっぱりわからないけれど、今のお前が何を予想しても、それは全部想像だよ」


 俺の手にあるみかんを取って、一房食べる。


「ある程度未来がわかったとしても、その未来にいる自分の気持ちはわからない。その未来にいる誰かの気持ちも同様に、今の自分の想像でしかない。想像で未来を決めつけるな。その想像を現実にしないために、今があるんだろう」


 残ったみかんも全部口に入れ、頬を膨らませながら語る様子はどこか滑稽だったけど。

 言った後に、顔がわずかに赤くなったのはやっぱり気恥ずかしかったのだろう。

 でもその言葉に、ずっと自分が決めつけていた何かが外された気がした。


「……悪くない回答だと思うよ。さすが、親になる男は違うね」

「まぁ、お前の先達だからな」


 もう一個みかんに手を伸ばした兄を横目に、俺はコタツから出る。


「トイレか?」 

「違う。支度するんだよ」

「外、寒いぞ」

「カイロがあるから大丈夫だろ。……お前が早く出ろって言ったくせに」


 やっと、俺もくすりと笑えた。


「大丈夫。待つことは嫌いじゃない」


 彼女が、待っているから。


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