第一章 シノブ君へのオモイ2
赤い夕焼けを眺めていると、彼女が言った。
「ねぇ、残りの冬休みの予定はいかがですか?」
「あぁ、そういえば今は冬休みだったか……」
五日も入院してしまい、その補講が冬休みにも入ってしまったので実感がなかった。
ちなみに俺の入院は、兄によって成長痛という診断が下された。さすがに五日も成長痛はないだろうと全力つっこみしたが、俺を病院に押し込めるためにあらゆる病名をなすりつけられそうになったため、結局は折れた。
「明日は家の大掃除をするって言われてるけど、他には特に予定ないな。エンドは、昨日から叔父さんと年末年始をまたいだ温泉旅行に行ったから、しばらく修行もおあずけだしな」
「それでしたら、大晦日はよろしいでしょうか?」
「大晦日?」
「初詣行きませんか? ……クリスマスは一緒に過ごせなかったし」
さーっと血の気が引いた。
クリスマス。
家にはエンドがいたから、今年はご馳走もケーキも鈴璃宛へのサンタからのプレゼントがしっかりあった。
まだサンタを信じている、純粋な少女を演じている彼女は「わーい! サンタさんだー」と言いながら、枕元に置いてあったおもちゃの編み機に大げさに喜んでいた。
俺は課題に追われ、調子が整っておらず、かつずっと自分には縁遠いことでもあって、「彼女」と過ごす日だということが頭から抜けていた。
どうりでちらちらエンドから、気遣われているような視線が向けられていると思った。
エンドしか俺と彼女が付き合い始めたことを知らないため、それだけだったが、これが親や同級生にも知られていたら、俺は間違いなく人でなし判定だっただろう。
「ごっ、ごめん! 俺、クリスマス……」
「あ、いいんだよ。まだあり……すくん本調子じゃなかったし。私もクリスマスは家族とレストラン言ってたからね~」
それでも、何も言わなかった。しなかったというのはどうだろうか。
後悔がガンガン頭を打ってくる。
「すまない。大晦日、空いてるから一日中でも。ほかの日も」
「あ、ごめんね。明日から私、親戚のところに行くんだよ。大晦日に帰ってくるけど、遅い時間で」
「……そうか」
内臓が……罪悪感で潰されそうだ……。
「だからさ……在須くん! 大晦日の初詣は私と一緒に行きませんか? 初デートが神社っていうの、ロマンチックで素敵だよね」
やっと名前言えた。みたいな感じで、彼女は誇らしげな顔を向けてくる。
「行く……もちろん」
片言になってしまった返答にやったー!!と、彼女は俺の手を握ったままぶんぶんと腕を振るう。
「それじゃあ、親戚とかから振袖借りて来るね! 何色がいい? 何系? 花魁系もいいよね~。言ってよ。言ってよ。在須くんの好きな色に染まるよ」
「何でも、好きなものにしろよ」
「私の好みは在須くんの好み。じゃあ、どんなものを選んでも在須くんの趣味ってことになっちゃうけどいーい?」
「……あんまり奇抜なのは」
「お色気系はありですか? 胸元ぱかっみたいな?」
「普通のにしてください!!」
「普通とはこれいかに。さぁさぁ、詳しく説明してもらっていいかな?」
いつものテンションを取り戻した彼女は、仕返しと言わんばかりに俺を振り回す。
圧倒されながらも、これはこれでいつも通りで悪くないなと。
緩んでしまいそうになる頬を、必死にこらえた。
×××
彼と別れた後、唄華はすぐに家に帰った。
すぐにだ。
彼と別れ、彼の姿が見えなくなった次の瞬間、唄華は自分の家のリビングにいた。
るんるんと、鼻歌を歌って、足はスキップするのを止められない。
一通りはしゃぎまくると、ぼふりとソファに沈み込む。
にやにやがとまらないまま、唄華はぽつりとつぶやく。
「もういいよね」
顔を上げると部屋を見渡す。
ここも片づけないとと思ったが、どうせ終わるのだから問題ないとすぐに気づく。
今回は両親の設定も最低限にして、無駄なことは全部省いて、彼とのあの日だけを夢に見ていた。
「とびっきりの準備をしないと」
この時代の女性は、彼のために自らを磨いて、結ばれる日を迎えるらしい。
それならば、自分もそれに倣おうと、彼女は準備を始めた。
完璧な自分を、彼に捧げるために。
待ち焦がれた、『あの日』を迎えるために。