第一章 シノブ君へのオモイ1
墓場というのは、どうしてこうも寒々しい場所なのだろうか。
灰色の石がずらりと並んでいるからだろうか、人の賑わいがないせいだろうか。
それとも寒いと思うのは、俺の気持ちの問題なのだろうか。
たくさんある墓石の中の一つ、尾城儀家と彫られたものの前に立つ。
昨日叔父とエンドが来ただろうから、花は持ってこなかった。予想していた通り、墓石はきれいに磨かれて、あの子の母が好きだった花が生けられている。
とりあえず線香だけは持ってきていたから、マッチで火をつける。二本の線香からは細い煙が出て、胸をひっかかれるような匂いがする。
手を合わせながら思う。
彼女たちのことを。
ここに入れなかった、あの子のことを。
誰にも悼まれない、あの子のことを。
「尾城儀鈴璃……」
ずっと来ようと思っていたのに、俺は躊躇って、言い訳をして、逃げていた。
鈴璃の生に不信を抱いていたころは、俺は現実に気づくことを恐れた。
鈴璃のためにエンドを生かそうと決めた後は、俺は後ろめたさから向き合えなかった。
でもようやくここに来ることができたのは、一つの決心のおかげだった。
「俺はこの気持ちをずっと背負っていくと思う。ずっと引きずっていくと思う。でも、だからこそ次は、俺の大切なものを救いきってみせるよ」
この言葉は自分への誓いだ。
だって、あの子とはもう二度と会えない。
もう、どこにもいない。
それが、この世界の理なんだから。
どれくらい長く、手を合わせ、目をつぶり、祈っていたのだろうか。
「あ、あ、ああああ、ああああああああああああ」
一音だけが何度も繰り返される。
その奇声に振り向くと、顔を真っ赤にした彼女が拳を握りしめている。
「あああああああああああ、ありありありありありありありあり」
「…………」
「あありありありありありああああ……りす! ……くん」
「はい。よく言えました」
頭をぽんぽん叩いてやると、ぼんっと何か爆発音がした気がする。
膝から崩れ落ちそうになる彼女を支えるべく、とっさに抱きとめようとすると「ぎゃあ!!」という悲鳴を上げて、突き飛ばされた。
「甘いよー。イチゴより、落雁よりも甘いんだよー」
ぷるぷる震えて泣き出しそうな彼女が可愛い。
もっと頭撫でたり、褒めたりしてみたい。
でもそれ以上したら、爆発して地球から去ってしまいそうだから堪える。
「あり、ありありすくん……? なんか、思いが通じ合った瞬間から甘すぎませんか? 辛いんですよ。今までと別人過ぎて私はどうしたらよいのやら」
「今まで通りでいい。俺はいつものお前が好きになったんだから」
「……うぎゃお」
あ、石化した。
阿波踊りの一歩手前みたいなポーズで固まった。
いけないとはわかっているが、ついつい言いすぎてしまう。やっと素直に思いを言い合えるようになって、はしゃぐ自分がいる。
とりあえず、彼女が止まっている間に、ざっと墓周りの片づけをしてそのまま帰ることにした。
もう夕方だ。今日は冬の空にしてはいい夕焼け色をしていて、ぐっと気温が低くなったのを感じる。
「帰るぞ」
一応、彼女に声をかけてから前を通り過ぎる。
はっと正気に戻った彼女は「ありありありあり」と、壊れたみたいに繰り返しながら俺を追ってくる。
「手! 手をつなぎませんか?」
「……」
差し出された手を無言で握る。
その手は冷たかった。
「ちゃんと手袋して来いよ」
「だって、あああり……すくんだってしてないし! 直接体温感じたいんだよ」
「名前は呼べないのに、そういうことはさくっと言えるんだな」
「ううう。なんか日が経つにつれて呼ぶことが恥ずかしくなってきたのです……」
俺に翻弄されている様子の彼女は新鮮だった。
だから俺もつい、やってしまっているところがある。
「……俺があそこにいること、よくわかったな」
「えっとそれはもちろんGP……いやいや愛の力でね!」
科学の力だった。
「珍しい、いや初めて見たなとは思った。あ……りすくんが、あそこにいるのを」
「そうだな……」
「何かお話したのかな?」
「話なんかできないよ、あそこにはもちろん、もうどこにもいないんだから」
死ぬとそこで終わる。
世界の理だ。
神様が決めたルールなのだから。
「生き返ることも、生まれ変わることもない。それが決まりなんだから」
「……そっか」
ぎゅっと彼女は俺の手を強く握った。
「否理師らしくなったね」
「そうなんだろうな」
夕焼けが、赤い色が目に映る。
脳裏にちらつく、映像の断片。
あの日から、不意に思い出す。知らない≪痛み≫。