表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
神の居ぬ間に
122/134

覚める者3

「恋ってなにか、って。恋をしたことないのか?」

「そうだが、なにか悪いか」

「いや、悪いとかはないけど。ふてくされるなよ」

 そんなつもりはなかったが、私はいつのまにか歯を食い縛るようにしていたことに気づいた。

 恥と感じている自分がいることに気づき、胸のうちで動揺する。

「まぁ、俺も気づいたら好きだった。俺のものにしたいと思った。そばで飯つくってほしい。それだけだかた、恋って言うもんついて難しく考えたことはないからな。わからない」

「そうか」

 口で簡単に説明できるものではないのだろう。

 今までもそうだった。

 私は私の周囲の人間が恋に燃え、溺れたり、奮い立ったりする姿を見てきた。その気持ちに共感しなかったわけではない。でも、言葉にはできなかった。

 私は見ているだけで、自分がその感情を抱いたわけではなかったから。

 でも、当事者でさえもわからないのなら、そういうものなのだろう。

 答えがないものの一つだ。

 ならば、考えても意味はない。正解はないのだから。

「無駄な時間をとらせて悪かったわね。それじゃあ」

「待て待て。それで終わりかよ」

「ちょっと聞きたかっただけだから。それとも、姉様に金輪際近づくなっていってほしい」

「それは勘弁。妹分なら、少しは協力してくれないか」

「嫌よ」

「おみきが嫌がっているからか」

「・・・・・・そうよ」

 すぐに返答できなかった私の様子に、鈴太郎はにやりと笑う。

「妹分からもそう見えるってことは、あともうちょいってところか」

「そんなことはない!」

 叫ぶように否定した。だが鈴太郎の笑みは深くなるばかりだった。

「むきになるなよ。姉を奪われるのがそんなに悔しいのか」

「そんなんじゃない」

「俺、頑張るからさ。頑張って、おみきを幸せにするから」

 鈴太郎は笑っていた。力強い笑みでまっすぐ私を見ていた。

「俺を信じて、任せてくれ」


 幸せにする。

 私が神をーー。


「・・・・・・どうして、どうして姉様を?」

 やっと出た言葉は、なぜかとても弱々しかった。

「他にもいっぱい人はいるのに、なぜ姉様を」

「まずは見た目だな。あの黒髪は見てて興奮する」

 こいつ、消してやろうかと。私は、思わず想片に力を込めかける。

「っていうのは、冗談だけど。さっきも言っただろう。昔はよくあいつと一緒にここに来たって」

 鈴太郎は町を眺める。でも、その眼に思い浮かべているのは、かつての思い出。

「俺はここに来るたびに、綺麗だなとか、すごいなとか、叫びまくった。おみきも言うんだ。そうだね、素敵ですねって、でもーーあいつの眼はいつも町を見ていないんだ。眺めてはいるんだけど、写っていない。どっか遠いところにずっと思いを馳せている」

 それは神だから。

 人ではないから。

「ずっとそうなんだ。あいつは笑うし、泣くし、至って普通に見えるのに、どこか遠いんだ。笑ったり、泣いたりしている表面のおみきの向こうは、きっと違うことを考えている」

 だから好きになった。

「向こうのおみきにこっちを向いてほしいんだ。ずっとその事を考えているーーこれが、俺にとっての恋だ。だから叫ぶし、何度だっていうよ。遠くのおみきに届くまで好きだって」

 気づいてもらって、振り向いてもらって、近くに行けたら。

「俺はあいつを幸せにする。あいつの本当の笑顔が見たいんだ」


 語りすぎてしまったと、恥ずかしそうに鈴太郎は頭を掻いた。

「そういうわけだから、あまり俺の邪魔をしてくれるなよ、妹さん」

 早口で軽口を叩いて、逃げるように去っていった。

 その場に取り残された私は、町をみる。

 彼が告げた恋の形を考えていた。

 まだ暖かい残暑の風が、頬をなでていった。


 任せられるかもしれないと思った。

 私では無理でも、彼ならば。


 その一週間後、呉服屋の娘「おみき」の父が急死した。

 そして、「おみき」の婚姻が決まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ