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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
神の居ぬ間に
121/134

覚める者2

 それからの日々は、奇天烈で、賑やかなものだった。

 私は「おみき」という娘となった神の住む呉服屋の近くに宿を取り、昼間は薬を売って日銭を稼いだ。

 夕方になるとあの団子屋に行き、茶をいだたきながら思索にふける。

 ーーいかにしたら、神様を幸せにできるのだろうか、と。

 しかし、その思考はいつも騒々しい声によって掻き消されるのだ。

「おみきぃぃぃぃぃぃぃ! 俺と夫婦になってくれぇぇぇぇぇぇ」

 今日は辺り一面にびりびりと響く大声で攻めてきた。

 神は呆れてなにも言わずに店の中に戻ろうとするが、その袖にすがり付くように男ーー鈴太郎は情けない声を出す。

「ちょっとだけ、ちょっとだけ俺の夫婦になってくれよぉ」

 見ていて腹立たしいことこの上ない。

 さらにムカつくのは、町民がこの光景を微笑ましいものとして捉えていることだ。

 くすくす笑って見守るだけで、止めようとしない。

「おい。姉様が困っているだろうが。いい加減にしろ」

 だから、私が出るしかなくなる。

「あぁ、おすずか。そんな毎度頑張らなくてもいいんだぞ」

 地面に座り込んだまま、じとっとした眼で私をにらんでくる。

「うるさい。お前こそ、いい加減に諦めろ。姉様を困らせるな」

「あら、おすず。今日も来てくれたのね」

 柔らかい声がして、私の腕が引っ張られる。

「さぁさぁ、奥へ行きましょう」

 鈴太郎が恨めしそうにこちらを見ている脇を通りすぎて、私は姉様ーー神にそう呼ぶように言われたーーとともに店の中へと入る。

 ぴしゃりと扉を閉めて。

 それで神とあの男とのやり取りはいつも終わり。

「いい加減、はっきり言ってやればいいではないですか」

 私は神に詰め寄る。

「私ははっきり言ったわよ。夫婦になる気はないと。あの人がしつこいのよ」

「それは・・・・・・」

 確かに口では何度も神は断っている。

 それでも鈴太郎が諦めないのは。町民が微笑ましそうな様子なのは。

 口では拒んでいるのに、どこか。

「えっと・・・・・・、なんというか隙が。隙がある気がするのです」

「そう?」

「・・・・・・おそらく」

 はっきりとした言葉にできず、いつも口ごもってしまう。

 悶々としている私に、神はぽつりと独り言のように言う。

「隙・・・・・・好き、ねぇ」

 細い指が自身の唇をなぞる。

「そも、恋とはなんなのだろうね」

 

「ーーーーーーーーーーー」


 私は、なにも言えなかった。


 恋。

 それは親愛とはまた違う情。

 穏やかなようで、絡まるように、すがるように、燃え上がる。

 

 何度も生を生きた。

 私は何度も母の真似事をした。

 多くの人を愛し、慈しみ、喜んだ。

 だが、私は未だ恋がわからなかった。


「めずらしいな。こんなところで会うなんて」

「会いに来てやったの」

「それこそ、明日は雨だな」

 今日干してあるのをしまわないとと、つまらない冗談を鈴太郎は言った。

 ここは鈴太郎の家。かつ、細工場だ。

 鈴太郎は髪飾りや帯留めなどの小物を細工する細工師に幼い頃から弟子入りし、まだ一人立ちはしてないものの腕は確かだと周囲から期待されている。

「ちょっと話がしたいんだけど」

「おみきのことか。まぁ、そろそろ俺のところに来るだろうなと思ってたよ」

 よっこらしょっと鈴太郎は腰を上げる。

「仕事が終わった後でもいい」

「いいよ。あとは乾かして片付けるだけだから。おーい、師匠!ちょっと出てくるぞー」

 小屋の奥から返事がして、鈴太郎は草履を履く。

「ちょっと裏の山まで行こうか。なにすぐだからさ」

 さっさと歩き出すその背を追った。


「ここは見晴らしがいいだろう。数年前まではおみきともよく来てたんだ」

 まだ夏の匂いを残す空気が、心地よい風となって吹いていた。

 さほど高くない、丘と言ってもいい程度の小山だが、町の雰囲気は一望できた。

 明るい賑わいの音が、届いてきそうだ。

 人の生活が、生きる姿が、繰り広げられる物語を、この場所から望むことができる。

「俺が大好きな場所なんだ、ここは。でも、きっとおみきは・・・・・・好きじゃないんだろうな」

 聞き捨てられない一言のあと、その場に鈴太郎は座った。手招きされるまま、私はその隣、少し離れて座る。

「かわいげねぇな」

「別に、お前と仲良くなる気はない。だが、今日は聞きたいことがあるんだ」

 私が見つけられない答えは、もしかしたらその先にあるのかもしれない。

「なぁ、恋ってなんなんだ?」

 その先に、神の幸せはあるのか。

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