四章 チガウ夢のスガタ3
「唄華さん、だよね。ここに彼と来たってことは、もう全部知っちゃってるのかな」
家を出る前と、少しエンドの服装が変わっていた。
淡い水色のワンピースはそのままだが、その上に真っ黒なコートを羽織っていた。それは背丈に全くあってなく、袖を幾度か捲っていてもまだ余りあっていた。しかしそのコートこそが、少女を魔女へと――違う存在へと、貶めていた。
「……」
俺は黙ったまま、後ろに庇うようにした唄華に目線で示唆する。唄華は頷いて、緊張した面持ちで後ろ手に扉を閉めた。
俺はエンドを睨んで、なるべく声を押さえやっと静かに答えた。
「お前に、黙っとくように言われた覚えはないからな」
「言えるはずがないと思ってたんだ。まさか、信じるような奇特な人が居るなんて。唄華さんは、君の彼女なの?」
茶化すように言うエンドの言葉を無視し、俺は問う。
「あの金髪野郎は、どこだ?」
「いない」
「何?」
「どうやら、少し遅かったようだ」
エンドは窓枠からヒョイと降りると、病室に並ぶ四つのうち、窓際のベットで寝ている患者に目をやる。
あの女性は、テレビで写真を見たことがある。
間違いなかった。あの事件の、最初の被害者。
「君は、彼女を見て何を感じる?」
患者を見つめたまま、エンドは俺に問う。
俺はその言葉に、ハッとする。
「……弱いけど、まだ、ある」
微かにしかないけれど、何も『思い』は欠けることなく、女性の中に存在しているのが不思議とわかった。
生きている。
空っぽになった鈴璃と、それは大きな違いだった。
でも、それだけじゃない。
「……何だ? 気配というか、お前が言うエネルギーというか、そういうものがどこかへ流れているような……」
「ほう。君には、そこまでわかるのか」
エンドは俺の言葉に感心して頷く。
「そうだね。この体じゃ、君ほど感知はできないけど、経験で私にもわかる。これはね、あの男、《魔女狩り》が仕掛けた細工だよ。彼は被害者から《想い》をぎりぎりまで奪い取るだけではなく、病院に搬送された彼女らの元を訪れ、業を使って回復した分の《想い》が自分に自動的に《想片》として転送されるように仕組んでたんだ。非常に合理的な、賢いやり方ただよ」
エンドが顔を歪めて、皮肉るように笑う。
「それじゃあ、あいつのその業をなんとかしなければ、被害者はずっと目覚めないということか?」
「まぁ、ね。でも、これをいじくってやるのは簡単だ。複雑そうに見せているが、構成は非常にシンプルだ。合理性を追求しすぎて、ほころびも多い。……なるほどね。《水は海に還る》の理を、ずらして、こっちに無理矢理繋げているのか。だったら、《重力のまやかし》の理を利用して、《道という名の川》のものと合わせれば……」
エンドがぶつぶつと、わけのわからないことを呟いて、すっと手を前に伸ばそうとした。
「お前、一体何を……」
状況について行けず、焦って俺は思わず一歩足を前に踏み出した。
瞬間。
瞬く間に床を銀色の光が走り、俺と唄華を中心に図形を組み合わした奇怪な陣を築いた。
『縛』
エンドがポツリと呟いた。途端、
「えっ? うわっ、何で? 動けないよ!」
後ろでギャーギャー唄華が騒いで、俺も遅れながら状況を把握した。
体が金縛りにあったかのように動かない。声は出せるが、それ以外は指一本動かすことができなかった。
「これは……」
「備えあれば憂いなし。用心して、束縛の陣を敷いといてよかったよ」
目線を動かすと、銀色の光の元になっているビー玉が扉の端に一つ置かれていた。
って、否理師っていうのは、こんなこともできるのかよ。
理解していたつもりだったが、改めてその常識やぶりの加減を思い知った。
エンドは俺たちをちらりと見ただけで、すぐに視線を外した。
再び女性に目をやると、おもむろに右腕を軽く振るう。するとどういう仕組みなのか、わずかに袖口から出ている細い指に一つのビー玉が収まっていた。
その灰色のビー玉を、エンドは静かに死んだように眠っている女性の胸の上に置く。
目を閉じ、ビー玉に手をかざすとぶつぶつと何かを呟き始めた。
「心ココニ無ク……今ハ無キ音…………サザメキ流レル………………」
長い長い詠唱みたいなそれがふっと終わると、ビー玉は突然、クォン、クォンと不思議な音を発し、眩い光を放ち始めた。
最初、女性を包んでいたそれは、そこだけにとどまらず病室全体――いや、病院全体を包み込むほどの光を放ち始めた。
こらえきれず、目を閉じる。それでもわかるほどの強さの光。
パキッ。
不意に小さい何かが割れる音がした。途端、光が急に収束し消えてしまった。
おそるおそる目を開けると、月明かりのみに照らされる病室があった。エンドが、粉々に砕けてしまったビー玉を手で払いのける。
「……今のは、何だったんだ?」
「《魔女狩り》の業にちょっかいを出してやったのさ」
にやりと、エンドは笑った。そして両手を、器のようにして掲げた。
すると――大量のビー玉がエンドの手のひらから湧きだすように現れた。
「うわお! すっごい! 手品!?」
唄華が場の空気を無視した、すっとんきょうな声を上げる。……見なくても、瞳がキラキラ輝いているんだろうな。
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ。
床に零れ、散らばっても、ビー玉は絶えずエンドの手から溢れ続けている。
「これは……?」
「《魔女狩り》と被害者らのリンクを切るときに、その業を応用させてもらって力の流れを逆流させているのさ。被害者に返すべきなのだろうけど、一度エネルギーにした《想い》は、もう戻せないからね。だったらいっそのこと、この《魔女》が使ってやろうと思ったのだよ。今ごろ彼は、突然自分の《想片》が急激に奪われていることに驚いているだろうさ」
エンドは不遜な態度で言った。
「でも、派手にそんなことしたら……」
あいつに、ばれてしまうじゃないか。と、言おうとして、はっとした。
違う。気付かれなきゃいけないんだ。
居場所がわからないあいつを、釣りあげるために。
だったら、今すぐあいつがここに――。
そこまで連想が進んだ時、
「その可愛らしい姿に免じて、処刑日を延ばしてやろうと思ったのによ。自殺志願か?」
苛立った声が、窓の向こうから聞こえた。その姿を、視認しようとする前に――、
「燃えろ」
残忍な声が響き、外から窓ガラスを突き破った爆炎が病室を包み込んだ。
主人公活躍しませんね―……
このまま終わっちゃうのかって感じですが!!
大丈夫です(たぶん) 最後に彼は輝きます(たぶん)
彼を輝かせられるようもっていけるのか、己の技量が試されています(不安)
いろいろ用語出てきて、意味わからん。っていうか、ストーリー自体 何だこれというご意見があればぜひ感想お願いします。
成長できるよう努力します。