第四章 トドかないサケビ4
――すべてを使って否定しよう。
全てをないがしろにしてでも取り戻そう。
もう一度。もう一度。
君に会いたいから――――
人間には一体いくつの感情があるのだろう。
喜怒哀楽と大きく分けられるけど、それだけでは拾えない細かな感情がたくさんある。
小さなものが積み重なって俺ができている。
でも一つ欠けて、失って、でも俺は俺を続けている。
だから、きっと大丈夫だ。
全てを失っても、俺は俺を貫くことができる。
はぁ――と、小さく、エンドはため息をついた。
周りに転がるのは無力化した《整理機構》の者たち。一人一人は弱い《人》だが、数だけは膨大だった。これでも整理機構のほんの一握りの人員であることは脅威だ。
自分の戦果を見回し、動くものがいない現状を確認して、エンドは歩み出す。
倒れた彼らのもと。
一人は哀れにも未熟な理を歪に歪められた子ども。
一人は自分の弟子も同様な――愚かな否理師。
もう《一人》は、すでに起き上っていた。
「ねぇ、どうしてまたこういうことになっちゃったんだろうね」
「あなたが眠っていたからでしょう」
神は、ゆっくりと自分の愛しい人の髪を梳く。
目を閉じた彼の中にはもう欠片の想い残っていない。
すべて彼女に注いでしまったからだ。
「わたしのせいじゃないよ」
神は微笑んで、魔女を詰る。
「こんな無駄なことしちゃだめって、深漸くんを諫めてくれなった。あなたのせいだよ」
魔女は理不尽な物言いに反駁しない。彼女は言われる前から自分を責めていた。
彼女は人間のふりをして、傷をおったふりをしているだけで、神を生き返らせようなどしなくてもいいと。
伝えられなかったことを悔やんでいる。
「どうして、また私の愛しい人を殺すのかな。あなたは」
「私は……」
「まぁ、もういいよ。もう終わりにしちゃおうか。邪魔が入る前に」
神の手のひらにはかんざしがあった。
綺麗なガラス細工が付いた、かんざし。
「それは……!」
魔女は走り出そうとした。止めようとした。
まだ。待って、それだけは。
もう――二度と。
だが、神は許さない。
「ねぇ、深漸くん。
――起きて」
神は目を閉じた彼にかんざしをささげる。
――すべてを使って否定しよう。
全てをないがしろにしてでも取り戻そう。
もう一度。もう一度。
君に会いたいから――――