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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第六部:蛇足なゼンザ
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第四章 トドかないサケビ3

「テッド――すまん。『乱れろ』」


刃が弾ける。弾けた氷が頬を掠めた。


「え、あ……ア……」


テッドの指先が凍っている。まつ毛や髪に霜が降りる。もちろん、俺のも。

「くっそ、さみぃ……」


がくがく震える。テッドに仕掛けておいた、俺の理。

テッドの力を安定させるために使ったそれを、乱暴にほどいた。急に支えを失ったテッドの稚拙な理はあっさり崩れた。

生存に厳しいほどの寒さ。

スピーカーも凍り付いたのか、なんの音も発さなくなっている。


「エンドを待つ時間も惜しいな……これは」


本当にやりたくなかったんだ。こんなことは。

でも。


「行こう、テッド」


俺は手を伸ばして、彼の肩に触れた。ふっと憑き物が落ちたように震えが止まった彼は、驚いたように俺を見た。


「あた、たかい」

「簡単な結界を作っただけだ。そう長くはもたない。早く」


俺より大きいテッドを無理やり引きずる。ざっと見たところ、出口はなかった。

壊すしかないかと――赤い包帯を腕に巻き付ける。


「《想片》? でも、全部……」

「そうだ。俺の想片どっかに持っていきやがって。仕方ないから、また自前のを使う羽目になった」

「自前って」

「この場に《寒さ》は必要ないだろ」


《寒さ》を感じる想い。俺のそれを、想片に変換した。

二度とエンドにはするなと言われていた手だ。


「怒られるだろうなぁ……」


いや、憐れまれるかもしれない。でも、今回は全部取っていない。あの時と比べて調節が上手くできるようになっていて、せいぜい一週間寒さを感じない程度に削っただけだ。

だからこそ、量もそれほど多くない。


「ほら、早く。自分の足で立て」

「でも、僕は修行をしなきゃ……」


テッドは俺の手を振りほどいた。あんなに寒さを怖がっていたのに。


「僕が悪いんだ。僕が望んだから……僕が『雪を見たい』って思ったから……。だから、死んで、あれ、誰が、死んで……ごめんなさい。ごめんなさい」


涙は出ない。

瞳からあふれる前に、それは凍る。


「僕がいい子になれば、神様は許してくれるかな。お父さんは、帰ってくるかな」


縋るような言葉は、無情にも否定される。

一発の弾丸の音で。


「テッド!!」


銃弾に倒れた彼に、俺は駆け寄る。


「テッド!」


腹部から血が零れる。呼びかけても反応はない。慌てて治癒の術をつかい傷を応急的に塞ぎ、気づいた。

暖かい。

テッドが気を失ったことによって、急速に気温が正常に戻ったのだ。


「おぞましい。これだから否理師は……」


壁だと思っていた一部の場所は隠し扉だったようで、そこから入ってきた黒服が銃口を向けていた。


「まだ完全に穢れ切っていないからと、見逃したのが間違いでした。あの時、師もろとも殺しておくべきだった」

「お前……」


気が付くと、その背後にも多くの『人』がいた。

皆、さまざまな正装をしている。

スーツのものもいれば、タキシード、ドレス、和服。それらはすべて黒い色をしていた。


恐ろしい。恐ろしい。

消えたくない。

終わりたくない。

完璧な世界を。

完全な世界を。

神よ。清き創造主よ。


ぶつぶつと一人一人によって紡がれる言葉が重なって、レクイエムのように重く詠われる。


「死んでください。神のために」


黒服が再び引き金に指をかける。

反射的に結界を張ろうとするが、足りない。治癒に使ったせいで。


「在須っ!」


爆音とともにエンドの声が聞こえた。どうやら、壁を壊して突破してきたようだ。

エンドが黒服を蹴り上げ、銃を奪った。その後ろにいる『人』達が一斉に攻撃を開始したが、それを彼女は結界を張って、弾がこちらに来ないようにいなしながら応戦する。

――助かった。

張りつめていた気を一瞬緩めてしまった、その瞬間だった。


「深漸くんっ!」


銃声が鳴り響いて、俺の視界を赤が覆う。

また、赤が見えた。

もう見たくないと思っていたのに。


「唄華……?」


どさりと俺をかばって倒れた彼女の胸のあたりは赤い。

それらは広がって流れて、あふれて、俺のところまで、届く。

彼女の血の暖かさが届く。


「唄華えええええええええええええええええええええええええええ!!」


俺の絶叫で気づいたエンドが、唄華を撃った――俺を背後から狙っていた整理機構の一人――に向かって小刀を投げつけて無力化させる。

頭の端で自分の外で起こっている光景が絵のように流れて、でも処理できない。

何が起こっているかわからない。

なぜ彼女がここにいるのか。

エンドと一緒に来たのか? いつもは、ずっと俺の帰りを信じて待ってくれていたのに。

いつも。

ずっと。

そんな言葉はもう続かない。

だって、俺にはわかってしまうから。


唄華が死んだ。


彼女の中にはもう《想い》がない。


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