第四章 トドかないサケビ1
目が覚めたら、冷たく硬い床の上に寝かされているのが分かった。ご丁寧に両手足に手錠がかけられている。視界に入ってきたのは天井。……木製か? ぐるりと見渡すと椅子などは取り払われているものの、どこか教会と呼ばれる施設とイメージが重なった。
ただ俺のイメージにある巨大な十字架や像などは一つもなく、ただ大理石の台が一つ中央に置かれていること。――その上に俺は寝かされていた。
「生贄……みたいだな、これは。気持ち悪い」
吐き気がする。これは精神的なものか、肉体的なものか。きっと両方だ。
混乱の中で言われるがままテッドの拘束を解いたところ、さっきまでの苦痛に満ちた表情は演技だったかのように、すぐにテッドは俺の首をその腕で締め上げた。――そして、意識が飛んだ。
目を閉じ集中して、自分の体を探る。特にそのあと暴行を加えられた様子はない。そして肝心の《想片》はきっちり全て取り上げられていた。
「また捕まるとか……成長してないな」
最初のフォルケルトの時を思い出した。いや、そのあとエンドもデュケノアに捕まっていたし、おあいこか。
「起きた……?」
「テッド……。はは、お前物騒なもん持たされてるな」
似合わない。そんな情けない怯えた顔で、錐や鉄槌を持って――何を俺にしようというのか。
俺が目覚めるまで近くで見張っていたのだろう。そう命じられて。そして命令されたままに、これから俺に。
悲しそうに眼を伏せたテッドは、俺に振り下ろす。
何が刺さったのか、何をされているのか俺はちゃんと見ていた。全部見ていた。そうしなければ、治す時に手間がかかる。
「悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子悪い子……」
ぶつぶつ呟きながら、テッドは俺の肩を何度も抉るようにして錐を突き刺す。骨に当たったのか、奇妙な感覚があった。
「ねぇ……反省した?」
「俺は、何を反省しなければいけないんだ」
「…………っ」
淡々と言葉を返したら、テッドは俺の顔は一切見ないままもう一度振り下ろす。俺がなんの反応も返さなければもう一度。
いい加減おかしいことに気づいてもいいのに、テッドは一心不乱に拷問に徹する。暑さや疲れとも関係ない嫌な汗をだらだらと流す。息荒く、目を見開いて、お前のほうが辛そうだ。やられているのはこっちだというのに。
「ごめんなさい……」
時々混じるこの言葉の方が本心だと思ってしまうのは、俺が甘いからだろうか。
「ねぇ、ねぇ……謝って。謝って。ごめんなさいって……ごめんなさいって…………」
「だから、誰にだって言ってるんだよ!」
苦しそうに言葉を漏らすテッドに腹を立て、俺は怒鳴り声を上げた。びくりとテッドは身を震わせ、やっと「あれ……?」と手を止めた。
「……なんで怒っているん、ですか?」
「そりゃ、こんなことされたら誰だって怒るだろ」
顎で丁寧に抉ってくれた箇所を示すと、テッドの顔が曇る。
「あ、ごめ……いや、謝り……ません。悪いですよ。君が、悪いから……。だから、泣いて謝って」
「嫌だ」
「何で?」
ぐっと、手が震えるほど強くテッドは錐を握る。
「い、痛いでしょ? 怖いでしょ? ……ねぇ」
「お前のほうが辛そうで、かわいそうだよ」
「やめて、ください。そんなこと言ったら、まだもっとやらなくちゃいけなく……」
まだ震えているテッドに「なぁ」と苛立ちのまま言葉をぶつける。
「ここから逃げようぜ」
「だ、だめ……ここから君を逃がしたら……」
「俺とお前が一緒にここから逃げるんだよ」
「え……」
ぽかんと、呆けた顔を見せる。そんなこと、僅かにでも思い当たったことがなかったかのように。
「ここから逃げるぞ。また肉まん買ってやる。それにこたつにみかんも約束しただろう?」
「だめ、ですよ」
目に涙を浮かべながら、でも断固として言う。
「死んじゃいます……。いい子にならないと殺されちゃう」
「そのいい子ってのは、人を拷問するのか」
「僕は悪い子だから……」
俺の皮肉に、テッドはなぜか力なく笑う。
「だから、いつかいい子になれるように、修行しないと」
これが修行。
ひどく滑稽な言葉だった。
「理解できねぇよ……」
エンドに対するときとはまた違う感覚だ。彼女の頑固さは、俺が知らない過去や決意が凝り固まったもので、理解はできず受け入れがたくても納得はできる。
でも、これは違うだろう。
お前のその想いは誰かの押し付けだろう。
「俺は、お前の過去を知らない。何があったのか、何をされた、されているのかも何も知らない。だからお前の姿はただばかばかしく見える。妄信して、狂信して、自分の思考を奪われているお前が愚かで……哀れだ」
ここで何を言ってもテッドを説得できる気はちっともしなかった。テッドの今の表面上の思いを聞く気も更々ない。
「お前のじゃないそれを理解することは、俺がしたいことじゃない……」