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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第六部:蛇足なゼンザ
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第三章 ケイカイすべきデアイ3


 コンビニは便利だ。

 いろんなものが売っている。

 とりあえず大量に買い占めた俺は、コンビニの入口で待つテッドに差し出す。

 

「はい! これだけあればなんとかなるだろう」

「すみません……」


 到着早々また倒れたテッドは、首を縮めて申し訳なさそうにうなだれる。

 取りあえずコートを一枚脱いでもらって、服の上からぺたぺたと唄華がカイロを貼っていく。

 

「テッドくんの体、冷たいー。カイロが暑く感じちゃうくらいだよ~」

「ほい。これでも飲んどけ」


 渡したのは「あたたか~い」の棚に置かれていた缶コーヒー。

 この寒さじゃすぐに温くなってしまうだろうが、その缶コーヒーを大きな手で包むように持つと、テッドは顔を少し緩める。


「あたたかい……」


 なんだろうな。このほっとけない感じ。

 妙に心配になるというか……、危うい。

 昨日よりも、それを強く感じた。


 澱み。


 テッドの周りだけ、妙に空気がゆがんでいる気がする。

 彼に触れようとするとそこに手を突っ込んでいるような感覚で、怖気が走る。

 一度気づいてしまったら、もう無視できないそれは一体何が原因なのか。あくまで勘は勘なので、明確な答えが出ずに苛立つ。


「どう? 少しは暖かくなった?」

「は、はい……大丈夫です」


 会った時には真っ青だった唇が少し色を取り戻していた。

 だが、唄華が納得いかないように口を尖らせる。


「ほんと? まだちょ~っと震えてない? しょうがないなー、今度はおでこにもカイロを」

「あ……えっと……だ、大丈夫ですから」

「あれ? ほっぺたにも貼ってほしい? ふふふ……よくばりさんですな~。これはもう耳にも首にも貼ってカイロ人間に」


 バシーーーーン。


 小気味いい音が降り積もる雪に吸い込まれていく。


「いったーい!」

「からかうな。さっさと行くぞ」


 俺はミニハリセンで更に頭をぱしぱし叩いて言う。

 コンビニは便利だ。まさか、こんなものまで売っているなんて。

 この大きさなら持ち歩いていても怪しまれない……かも。

 さっそく唄華を止めるのに効果的だったらしく、彼女は不満げに顔を膨らませながらも「はーい」と素直に従った。


「で、テッド。取りあえず街を案内してくれって言われたが、どこに行けばいいんだ。この街には大した観光地もないぞ」


 まだ歴史的に非常に浅いベットタウンだからな。

 住人もほとんどが新参者だ。


「えっと……どこでも」

「どこでも?」

「この街、全体を」


 ……範囲広すぎる。

 そんな無駄に歩き回るようなこと、ちょっとごめんだ。


「あっ! じゃあ、私のいつものお散歩コースを案内してあげる~。全部は無理かもだけど、この街の大体のことはこのシティマスター唄華様にお任せなのです。ちなみに、シティマスターの和訳はぜひとも市長ってことで……」

「無駄な解説はいい」


 パシッとまた軽くハリセンでたたいておいた。


「結構歩くか?」

「そりゃあ、もう! 足が棒になってさらに木屑に分解されるほどまで!」


 そんなコースは嫌だ。

 でも、ほかにプランも思いつかないし。


「全部はいいから、かいつまんで行ってくれ。……テッドはそれでいいか? この雪の中歩くことになるけど」

「大丈夫……ありがとうございます」


 深々とお辞儀する。

 なんか様になってなくて、体を折り曲げただけのような不器用な礼儀だったが真剣な様子だ。


 俺はその姿に表面は取り繕いながらも、内心では思案する。

《整理機構》の思惑を。




 雪の中を歩く。

 この街でここまで積もるのを見るのは初めてだ。あちこちの家々の玄関に、大きな個性的な雪だるまが作られているのが目に入る。

 今年は暖冬だって聞いていたのに、十二月に入った瞬間にこれだ。

 ポケットに入れているカイロを握りしめながら、嬉々としてテッドを案内する唄華の後姿を追う。

 唄華が連れまわしたのは、何の変哲もない見慣れた個所ばかりだった。

 病院、学校、町はずれの倉庫……。

 ほかにもっとましなところはないのかと聞こうとして、止めた。

 そうだこの街にそんなところはなかった。

 だったら、唄華が案内した場所はあながち間違いでもないのかもしれない。

 

「次はねー、ちょっと面白い場所かな。今まで見るだけだったけど、あそこなら少しは遊べるかも」

「遊ばなくても、別にいいです……」

「ダーメ。私が遊びたいのです」


 歩みがゆっくりなテッドの腕を、いつの間にか唄華が引っ張って歩く形になっている。

 ちぐはぐな光景だ。親子にも兄弟にも見えない。

 恋人……。

 ないないないないないないない。

 唄華が普通に誰かとデートをしている様子なんて、とても想像できなかった。

 そう! 唄華のデートっていうのはバックの光景が火山噴火とか、そんなありえない出来事の中で行われている気がする。

 顔とかスタイルはかなりいいのに、本当にもったいないやつだ。


「いい街……ですね」

 

 テッドがきょろきょろあたりを見回しながら言った。


「そうでしょ~。自分の街を褒めるのも照れるけど、紙邱って住みやすさ抜群だと思うんだよねー。ほどほど自然もあるし、スーパーもあるし。子育てにはよい物件が山ほどあると思うんですよね。それに駅もあるし、バス停もある! どうです、奥さん? そろそろここに決めるのは……」

「お前はどこの不動産屋だ」


 ハリセンは唄華をたたきすぎて折れたので、突っ込みだけ。

 腕を振り回して疲れた。


「そういえば、唄華。お前は中学のときにここに来たんだよな。そのまえまではどこに」

「うーん? つまんないところだったよぉ。というより、深漸くんのいない場所なんてどこも退屈だから覚えていなーい」

「そんなことはないだろう、おおげさなやつだな」

「ほんとだよ? だから……これ以上聞かないで」


 すっと唄華の目が細く見開かれ、遠くを見るような顔をした。

 今まで見たことがない顔だった。

 俺を見据え――――微笑む。


「わ、わかったよ……」


 思わず、声が裏返った。

 怖かったのだろうか。驚いたのだろうか。わからない。

 俺が唄華に――脅えた?

 動揺して言葉が出ないでいると、にやりと唄華がいつものように意地悪そうな顔で笑う。


「あ、でも、ちゃんと結婚式までには教えてあげるからね。夫婦に秘密ごとはいらないもんね」

「じゃあ、俺は一生知る機会がないな」

「いやいやいや。あなた、ゴールインはもう目の前ですよ」

「またハリセン買ってくるか。今度は鉄製の」

「待って! さすがにそれはコンビニには売ってないと思うよ!!」

「突っ込みどころが違う!!」


 いつも通りの会話の流れになって、ひそかに胸をなでおろす。

 なんだったんだ? さっきのは。あれも、唄華の悪ふざけか?

 彼女はにやにや笑っている。

 テッドは俺たちのやり取りがツボに入ったのか、必死に口を押え笑いをこらえている。

 考えるのは無駄か。

 そもそも唄華の行動を、俺が理解できるはずがないのだ。


 唄華は跳ねるようにして、雪のように歩く。

 寒さなんて微塵も感じていないかのように、子供のように無邪気に雪の上に足跡を付ける。

 飛び回る唄華を追いかけるようにたどり着いた、そこは。


「ここか……」

「そうだよ、《公園》」


 土曜日だというのに子供はほとんどいなかった。

 遊具が少ないという理由だけではなく、今どきの子供は屋内でゲームなのかもしれない。


 俺たちの小さいころは違った。

 雪は降っていなかったけど、子供たちは公園でキャーキャーはしゃんで遊んでいた。

 遊具は少なかったけど、駆け回ったり、砂場で遊んだり、たくさん楽しむことができる場所だった。

 俺も、あの子と一緒に――


 そうか……もうすぐ命日か。

 誰も知らない、彼女の死んだ日。


「深漸くん、早くー!」

「…………おう」


 優しく降ってくる雪の向こう側に、あの日の彼女が見えるような気がした。


 



 

ちゃんと最後まで投稿するので、お付き合いよろしくお願いします!!

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[一言]  ホッカイロを買う。  一緒にジップロックも買う。  レッグウォーマーと、腕には手首から肘までを暖めるものを買ってカイロを入れる。  手首から肘の裏の脈、ふくらはぎにカイロを入れると筋肉ポン…
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