第三章 ケイカイすべきデアイ3
コンビニは便利だ。
いろんなものが売っている。
とりあえず大量に買い占めた俺は、コンビニの入口で待つテッドに差し出す。
「はい! これだけあればなんとかなるだろう」
「すみません……」
到着早々また倒れたテッドは、首を縮めて申し訳なさそうにうなだれる。
取りあえずコートを一枚脱いでもらって、服の上からぺたぺたと唄華がカイロを貼っていく。
「テッドくんの体、冷たいー。カイロが暑く感じちゃうくらいだよ~」
「ほい。これでも飲んどけ」
渡したのは「あたたか~い」の棚に置かれていた缶コーヒー。
この寒さじゃすぐに温くなってしまうだろうが、その缶コーヒーを大きな手で包むように持つと、テッドは顔を少し緩める。
「あたたかい……」
なんだろうな。このほっとけない感じ。
妙に心配になるというか……、危うい。
昨日よりも、それを強く感じた。
澱み。
テッドの周りだけ、妙に空気がゆがんでいる気がする。
彼に触れようとするとそこに手を突っ込んでいるような感覚で、怖気が走る。
一度気づいてしまったら、もう無視できないそれは一体何が原因なのか。あくまで勘は勘なので、明確な答えが出ずに苛立つ。
「どう? 少しは暖かくなった?」
「は、はい……大丈夫です」
会った時には真っ青だった唇が少し色を取り戻していた。
だが、唄華が納得いかないように口を尖らせる。
「ほんと? まだちょ~っと震えてない? しょうがないなー、今度はおでこにもカイロを」
「あ……えっと……だ、大丈夫ですから」
「あれ? ほっぺたにも貼ってほしい? ふふふ……よくばりさんですな~。これはもう耳にも首にも貼ってカイロ人間に」
バシーーーーン。
小気味いい音が降り積もる雪に吸い込まれていく。
「いったーい!」
「からかうな。さっさと行くぞ」
俺はミニハリセンで更に頭をぱしぱし叩いて言う。
コンビニは便利だ。まさか、こんなものまで売っているなんて。
この大きさなら持ち歩いていても怪しまれない……かも。
さっそく唄華を止めるのに効果的だったらしく、彼女は不満げに顔を膨らませながらも「はーい」と素直に従った。
「で、テッド。取りあえず街を案内してくれって言われたが、どこに行けばいいんだ。この街には大した観光地もないぞ」
まだ歴史的に非常に浅いベットタウンだからな。
住人もほとんどが新参者だ。
「えっと……どこでも」
「どこでも?」
「この街、全体を」
……範囲広すぎる。
そんな無駄に歩き回るようなこと、ちょっとごめんだ。
「あっ! じゃあ、私のいつものお散歩コースを案内してあげる~。全部は無理かもだけど、この街の大体のことはこのシティマスター唄華様にお任せなのです。ちなみに、シティマスターの和訳はぜひとも市長ってことで……」
「無駄な解説はいい」
パシッとまた軽くハリセンでたたいておいた。
「結構歩くか?」
「そりゃあ、もう! 足が棒になってさらに木屑に分解されるほどまで!」
そんなコースは嫌だ。
でも、ほかにプランも思いつかないし。
「全部はいいから、かいつまんで行ってくれ。……テッドはそれでいいか? この雪の中歩くことになるけど」
「大丈夫……ありがとうございます」
深々とお辞儀する。
なんか様になってなくて、体を折り曲げただけのような不器用な礼儀だったが真剣な様子だ。
俺はその姿に表面は取り繕いながらも、内心では思案する。
《整理機構》の思惑を。
雪の中を歩く。
この街でここまで積もるのを見るのは初めてだ。あちこちの家々の玄関に、大きな個性的な雪だるまが作られているのが目に入る。
今年は暖冬だって聞いていたのに、十二月に入った瞬間にこれだ。
ポケットに入れているカイロを握りしめながら、嬉々としてテッドを案内する唄華の後姿を追う。
唄華が連れまわしたのは、何の変哲もない見慣れた個所ばかりだった。
病院、学校、町はずれの倉庫……。
ほかにもっとましなところはないのかと聞こうとして、止めた。
そうだこの街にそんなところはなかった。
だったら、唄華が案内した場所はあながち間違いでもないのかもしれない。
「次はねー、ちょっと面白い場所かな。今まで見るだけだったけど、あそこなら少しは遊べるかも」
「遊ばなくても、別にいいです……」
「ダーメ。私が遊びたいのです」
歩みがゆっくりなテッドの腕を、いつの間にか唄華が引っ張って歩く形になっている。
ちぐはぐな光景だ。親子にも兄弟にも見えない。
恋人……。
ないないないないないないない。
唄華が普通に誰かとデートをしている様子なんて、とても想像できなかった。
そう! 唄華のデートっていうのはバックの光景が火山噴火とか、そんなありえない出来事の中で行われている気がする。
顔とかスタイルはかなりいいのに、本当にもったいないやつだ。
「いい街……ですね」
テッドがきょろきょろあたりを見回しながら言った。
「そうでしょ~。自分の街を褒めるのも照れるけど、紙邱って住みやすさ抜群だと思うんだよねー。ほどほど自然もあるし、スーパーもあるし。子育てにはよい物件が山ほどあると思うんですよね。それに駅もあるし、バス停もある! どうです、奥さん? そろそろここに決めるのは……」
「お前はどこの不動産屋だ」
ハリセンは唄華をたたきすぎて折れたので、突っ込みだけ。
腕を振り回して疲れた。
「そういえば、唄華。お前は中学のときにここに来たんだよな。そのまえまではどこに」
「うーん? つまんないところだったよぉ。というより、深漸くんのいない場所なんてどこも退屈だから覚えていなーい」
「そんなことはないだろう、おおげさなやつだな」
「ほんとだよ? だから……これ以上聞かないで」
すっと唄華の目が細く見開かれ、遠くを見るような顔をした。
今まで見たことがない顔だった。
俺を見据え――――微笑む。
「わ、わかったよ……」
思わず、声が裏返った。
怖かったのだろうか。驚いたのだろうか。わからない。
俺が唄華に――脅えた?
動揺して言葉が出ないでいると、にやりと唄華がいつものように意地悪そうな顔で笑う。
「あ、でも、ちゃんと結婚式までには教えてあげるからね。夫婦に秘密ごとはいらないもんね」
「じゃあ、俺は一生知る機会がないな」
「いやいやいや。あなた、ゴールインはもう目の前ですよ」
「またハリセン買ってくるか。今度は鉄製の」
「待って! さすがにそれはコンビニには売ってないと思うよ!!」
「突っ込みどころが違う!!」
いつも通りの会話の流れになって、ひそかに胸をなでおろす。
なんだったんだ? さっきのは。あれも、唄華の悪ふざけか?
彼女はにやにや笑っている。
テッドは俺たちのやり取りがツボに入ったのか、必死に口を押え笑いをこらえている。
考えるのは無駄か。
そもそも唄華の行動を、俺が理解できるはずがないのだ。
唄華は跳ねるようにして、雪のように歩く。
寒さなんて微塵も感じていないかのように、子供のように無邪気に雪の上に足跡を付ける。
飛び回る唄華を追いかけるようにたどり着いた、そこは。
「ここか……」
「そうだよ、《公園》」
土曜日だというのに子供はほとんどいなかった。
遊具が少ないという理由だけではなく、今どきの子供は屋内でゲームなのかもしれない。
俺たちの小さいころは違った。
雪は降っていなかったけど、子供たちは公園でキャーキャーはしゃんで遊んでいた。
遊具は少なかったけど、駆け回ったり、砂場で遊んだり、たくさん楽しむことができる場所だった。
俺も、あの子と一緒に――
そうか……もうすぐ命日か。
誰も知らない、彼女の死んだ日。
「深漸くん、早くー!」
「…………おう」
優しく降ってくる雪の向こう側に、あの日の彼女が見えるような気がした。
ちゃんと最後まで投稿するので、お付き合いよろしくお願いします!!