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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第六部:蛇足なゼンザ
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第三章 ケイカイすべきデアイ2

「テッド・コールドネス。こんな所にいたのですか?」


 その声は、針のようだった。

 冷たく張りつめた冬の空気に、突き刺さるようにして耳に響いた。

 その人物は道路を挟んだ反対側にいた。


「いい加減、うろちょろしないでください。あなたを探すために人員を避けるほど、我々は暇ではないのです」


 車が通っていない車道を悠々と横切って、そいつはこっちにまでやってきた。

 言葉の端々から苛立ちを感じ、歩く姿でさえ全てを威圧するかのようだ。

 見た目は普通のスーツ姿、そしてサングラス。オールバックにした黒髪で高身長、それくらいで特に目立つ要素がない人物だが……。

 この雪の中、スーツだけを着て平然と歩いている。

 そのことが強烈な違和感を発していた。


「えっと……テッド君、知り合い……」


 唄華が尋ねたが、テッドは答えない。

 再びうつむき、小さく震えている。

 寒さのせいではなさそうだ。脅える子供のように……。

 そんなテッドの様子を見たら、勝手に体が動いていた。テッドとスーツ男の間に割って入り、尋ねた。


「……あなた、誰ですか?」

「私はただの彼の保護者です」


 俺を見止めると、そいつはニコリと笑った。

 口を無理やり引き伸ばして貼り付けたかのような。


「彼を保護してくれたのですか? それはそれはご迷惑をおかけしました。彼は仕事上のパートナーなのですが、如何せん勝手な行動が多いので我々は困っているのです。これ、お返します」


 自然に取り出した財布と、千円札。

 テッドが手にもつ肉まんの代金ということなのだろうが、気に食わない。


「いいえ、お気になさらず。ただのおせっかいでしたことなので」

「あらあらそうなのですか。さすがこの国の人たちは親切ですね」


 流ちょうな日本語だから気づかなかったが……こいつも外国人ってことか? 

 俺の後ろであたふたしていたテッドが口を開く。


「あの……帰ります」

「その通り。早く帰りますよ、この愚図が」


 俺に向けた笑顔をはぎ取るのを忘れたのか、偽物の笑みのまま男は毒を吐いた。


「あなたにはまだまだ役目があるのですから。それしか価値がないのですから、しっかり果たしてもらわないと」


 丁寧な口調とは裏腹に、侮蔑が込められた言葉。

 テッドはそれを静かに受け止めていた。

 それが余計に俺の怒りを増長させる。


「では、テッド・コールドネス。行きますよ」

「……はい」

「ちょっと!!」


 俺の横を通り過ぎようとしたテッドの腕をつかんで引き留めようとして。


「…………!」


 やっと、気づいた。


「あれあれ、そんなに仲良くなってしまったのですか?」


 スーツ男は俺の動揺に気づかず、茶化すように笑った。


「それでは優しいあなたたちに、一つお願いしたいことがあるのですが……」




「そのスーツ男の『お願い』というのが、テッドのために街を案内してほしいということか?」

「あぁ、仕事でこの街の地理を把握する必要があるんだと。断るわけにはいかなかった」


 テッドの腕を感じた瞬間に、感じた違和感。


「テッドは、否理師……だと思う」

「君にしては自信がない様子だな」

「否理師だとは思うんだよ、自分を中心に世界を歪ませているような妙な違和感とか。でも、弱い……のかな? うまく言えないけど、一目でわからなかったから」


 エンドだけではなく、フォルケルトや『道化』といった色々な否理師にあっていく過程で『勘』の鋭さは増していったように感じていたのだが。


「やっぱり、『勘』は『勘』ってことか……」

「いや、君の勘は馬鹿にはできない。私にそう言わせるほど常軌を逸している鋭さだ」


 そういわれると複雑な気分だ。俺自身でさえ、自分のこの感覚が気持ち悪いほどなのに。

 ……この勘さえなければ、こんな自分にはなっていなかった。


「その『男』とやらはどうだったんだ?」

「テッドと二人で帰ってるのを見ながら、集中して『見』たりもしたけど……何も。変な奴だけど、それだけだ」

「そうか……このタイミングに奇妙な否理師と人間。……いやでも『整理機構』と結びつけてしまうな」


 俺も、そう思った。

 だからエンドにすぐさま話した。判断を仰ぐために。


「とりあえず、明日の土曜の昼間にコンビニで落ち合うことになっている……が、どうする?」

「しばらくは様子見だな。下手に動いて、こちらから襤褸を出すわけにもいかない。正直、私も行きたいところなのだが……」


 エンドが苦い顔をする。

 俺は少し意外に思う。エンドなら俺が来るなと言っても、絶対に同行するといってきかないと思っていたのに。


「何か?」

「……マラソン大会が」


 エンドは悔しそうに歯噛みする。


「クラスで上位十位を独占するって目標が立てられていて……私も巻き込まれてしまった。明日休んだら、尾城儀鈴璃の名誉が……。もっと、手加減して走るべきだったのか」

「なんか……いろいろ大変そうだな、お前」

「在須。君、笑っているだろう?」


 こちらの気も知らないくせに。と、ぶつぶつとエンドがつぶやく。

 笑ってしまうに決まっているだろう。

 頑張って鈴璃になろうとしてくれている様子を見て、『彼女』の代わりを果たそうとしてくれているのを知って。

 『本物の鈴璃』はこんなこと望んでいないかもしれないけど、みんなの中に『鈴璃』という存在が生きているのを少しだけうれしく思ってしまう。この気持ちは……自分勝手なものだけど。

 

「それじゃあ、仕方がないな。大丈夫、無理はしない。しっかり走って一位をもぎ取ってくれ」

「一位……。でも、それは少々目立ちすぎるのでは……せいぜい二位、いや三位くらいか?」


 案外楽しそうじゃないか、お前。

 小学生にちゃんと加減してやれよ。


「……そういえば、在須。明日の件に君の彼女は同行するのか?」

「彼女じゃないって何回言えば……。まぁ、唄華も来るけど、止めさせたほうがいいか?」

「いや、いい隠れ蓑になるだろう。彼女は色々と目立つからな」


 確かに。

 あの後、スーツ男に名刺をせがんでました。すっごい圧迫感だしていた男が、ちょっとたじろいでいるのをみて、すげぇな唄華と尊敬しました。


「彼女がいるなら、君の安全は最低限保証されるだろう。まぁ、適当に無理せずやってきたまえ」

「おう……」

 

 エンドも唄華のことを評価しているのか。

 あいついったい何者だよ。

 人間じゃねーのかも。


 なんてな。




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