第三章 ケイカイすべきデアイ1
「それで、その不審者とはどうなったんだ?」
「明日……この街を案内することになった」
「は?」
エンドが珍妙な顔して首をかしげる。
俺だって、どうしてこういうことになったのかよくわからない。
黒人の男はテッドと名乗った。
たどたどしいが、一応日本語は理解できているらしく、肉まんを買ってあげたら非常に喜んだ。
外国人の年齢はよくわからなかったのでため口で接していたが……
「十九……です」
とのことで、一瞬戸惑ったがもういいやといろいろ投げ出し、そのままため口で接した。
何しろ、コンビニの中でもきょろきょろして落ち着きがないというか……こっちが引っ張らないと店内でも迷子になりそうなほど危なっかしい感じだった。
かといって、言ったことに対しては素直に聞くし……少なくとも俺より年上だとは到底思えない。
コンビニを出た入口のそばで、テッドはおずおずと肉まんをほおばる。
「あたた……かいですね」
「肉まんはねー、神の食べ物なんでちゅよ~。しっかり味わってくれたまえ」
唄華の気持ち悪い猫なで声にも辟易した。
俺は自分用に買った中華まんを口にしながら、彼に尋ねる。
「どうして急に行き倒れたんだ。どこか調子でも? あれだったら病院に」
ぶんぶんと首を振る。年上とは思えない、妙に子供っぽいしぐさだった。
「ちょっと……仕事で。でも、寒くて……」
今年の冬は異常なくらい寒いからな。でも、倒れるほどか?
おそらく暑い国の生れであろう彼には辛いものがあった……ってことか。
もともと体格もいいのだろうが、着込みに着込んでもこもこになっている姿は軽く熊を連想させた。
「……いくらなんでも、暑くないか?」
「寒い……です」
ぶるりと彼の巨体が震える。
唄華がさりげなく彼を気遣う。
「大丈夫? もう一度店内に戻ろうか?」
「いいえ……気にしないでください」
耳を澄ましていないと聞き逃してしまいそうな、小さな低い声。片言交じりのたどたどしい日本語。
俺たちの行動を迷惑……とまでは思ってなさそうだったが、恐縮しているのかあたりをきょろきょろと伺う。
「仕事ってどんなことしているの? 外交官とかだったらかっこいーーー! ね! あ、でもテッド君はそんな感じじゃないね? 見た目はボーディカードなんだけどな~、性格から……ご職業はペットショップ店員ですね!?」
「いいえ。あの……ちょっと……あ、でも犬は好きです」
「犬! いーね。私はラブラドールレトリバーとかゴールデンとかでっかいのが好きなんだけど、テッド君は小型犬っぽいのが好きそうだね。ミニチュアダックスフンドが好きと見た!」
テッドは少し目を丸くした。
「そう、です。なんでわかるんですか?」
「ふふふ、やはりな。実は私は人の心が読めるのだよ!」
……まぁ、あながちウソでもない。
バッとテッドが自分の胸を手で押さえ、顔を青ざめる。
「こ、心を……?」
「ふふふ、そーなのでーす。その証明にそこにいる少年! 君の心を見てやろう!」
楽しそうに呵呵大笑し、俺をズバッと指差した。
「深漸君の心は……『ちょーかわいいよ、唄華ちゃん。ちょーかわいいよ、唄華ちゃん。マジで大好き、俺の彼女!』です!! やったー! これで私と深漸君は両想……」
「妄想豊かだな、お前」
よくもまぁ、飽きもせず。
俺はさっさと中華まんを食べ終え、ごみをちゃんとごみ箱に捨てた。よ
よし、帰るか。
唄華にがっと腕をつかまれる。
「待って! あなた、どこに行こうっていうの? クリスマスは夫婦二人で過ごそうって約束したじゃない」
「妄想が飛躍しすぎだ! だれが、いつ、そんな約束をした!?」
「子供たちへのプレゼントはどうしようか? 私、ちゃんと深漸君用のサンタ衣装買ってきたからそれを着て……」
「そこまで妄想されたらさすがに怖い!」
「ふっ……ふふ」
小さく笑う声に目を向けると、ちょっとだけはにかんで、テッドは笑っていた。
ずっと申し訳なさそうに目を伏せていたが、笑う顔もなんだか子供じみたやつだなぁ。
純粋、というやつなのだろうか。
ふと、関係ないのにエンドの顔が浮かんだ。
鈴璃の真似をして笑う彼女の顔は、はたから見たら無邪気で純粋なものだろう。でも、もう俺にとっては違和感でしかない。
もう記憶の中で薄れてしまった本当の鈴璃の笑顔は、テッドのようなものだったのかもしれない。
「大丈夫、ですか?」
「あれあれー? 深漸くん、どうしたんですか。お顔、暗いですよ?」
二人が俺の顔を覗き込んできた。
妙にシンクロしていて、なんだか「ふっ」と笑ってしまった。
「なんでもない。あと唄華、そろそろ腕を離せ。いい加減、うざったい」
「うわー、酷い! テッド君、私の彼氏ってホント手厳しいの。でも、そこもス・テ・キ」
「それがうざいっていってるんじゃないか。それにすぐに真実を歪めようとするな」
「いつか訪れる未来のことを、前借して言って何が悪い!」
胸を張る唄華。俺はため息をついてそれ以上突っ込むことを諦めるしかない。
テッドは妙ににこにこ微笑んでいる。
さっきまで緊張していたのに、案外人懐っこいやつなのかも。
なんで、そんなことで鈴璃を思い出すのだろう。
もう、鮮明に彼女の姿を脳裏に描くことができなくなるほど、時は過ぎてしまったのに。
胸の奥が苦しかった。久しぶりに、その事実を『痛い』と感じることができた気がした。