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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第六部:蛇足なゼンザ
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第二章 フサグ見えないキズアト1

「ぱ~ふぇくとめきゃにずむ?」

「なんかめっちゃ頭悪そうな言い方だな、それ」


 これで学年一位の秀才だから泣ける。

 唄華はにへへと締まりのない顔で笑う。


「まっさか、否理師の人たちに対抗する人たちがいたなんてねぇ~。どんな人にも敵はいるもんだねぇ。パンダとレッサーパンダは同じパンダって名前が入っているのに全然違くて、かつ動物園の人気者争いが大変だってことと一緒だよねぇ?」

「…………」


 何を言いたいのか全く理解できないのは、例えが高度なせいか、それともあほなせいか。

 うん、あほだからだろう。


「……とにかく、しばらくおとなしくしとこうっていうのがエンドの判断だ。特訓とかも一時取りやめで、久々に《平凡》を満喫してろとさ」

「それがいやだから、深漸くんはこうして図書室に来ているんだね」


 放課後の図書室。

 日が暮れるのが早くなっているのもあるが、暖房が壊れているという理由でほどんど誰もいない図書室。そんな場所に、コートとマフラーという完全防寒の状態で居座り、本をめくる。

 もちろんこんなところに否理師に関しての書籍とか、ましてや世界の滅亡を防ぐ方法とかが書いてあるものとかがあるはずはない。

 でも……妙にマニアックなものはあるんだよなぁ。

 今読んでる『新興宗教の作り方~簡単な洗脳の方法~』もそうだけど、唄華が読んでいる以前俺が読んでいた『武器大全集』なんてのもあるし。

 一応他にも『行き詰った思考を改善する十の方法』とか『英雄の思想』とか、『カルト宗教の潰し方(物理編)』とかいろいろなジャンルのものを積んでみたけど……


「深漸くん、頑張っているね~」


 唄華はもう『武器大全集』を読み終わったらしく、『カルト宗教の潰し方(乗っ取り編)』をぱらぱらめくる。


「そんなに気にくわなかったの? その整理機構って人たち」

「……まぁ、一応知り合いを殺されているわけだから、好きにはなれないだろ」


 というか、理解ができない。

 エンドから簡単に説明されたが、俺はそういう宗教心とは無用な様で。

 狂信としか思えなかった。

 

「神のためにって……そんな簡単に人を殺せるのかよ」


 道化だけではない――秩序がその動きに気づくまでの間に、すでに五人の否理師が殺されていた。

 全否理師に警戒を促す通達が出てからは、死者は出ていないようだが……襲われたという話はすでに何百件と出ている。

 エンドから道化の悲報を聞いてから、わずか二日しかたっていないというのに。


「その整理機構の人たちの言い分って何なの~」


 本を読むのに飽きたのか、本でドミノ倒しを作りながら唄華は尋ねた。

 俺も目が疲れてきて、指で目頭を押さえる。

 椅子に背を持たれて、ゆっくり息を吐く。


「一応、むこうもむこうでこの《終末》に対抗するためにやってることらしいが……」


 神が死ぬ――だから、世界は滅びる。

 なぜ神が死ぬのだろうか?

 寿命か?

 力が足りないのか?

 力とは何か?

 神を神たらしめる力とは、

 それは理を築き、維持する力。

 否理師は理を歪める。歪められた理は自然のうちに修復される。

 当然のようにある営みだが、それは神の御意思、神の御業が働いているからこそこの世界は愚かな人間たちの好きなようにされたままではなく美しい秩序を取り戻すことができる。

 だが、愚かな者たち――人のみでありながら神をまねる否理師が理を歪めるたびに、神は力を使わなければならない。

 その汚された理が蓄積され、神は力を失ってきている。

 素晴らしき世界を守るためには。

 我らが崇高な神を救うためには――


「否理師を撲滅するって言うのが、方針らしい」

「ある意味、筋は通ってる?」

「まぁ、それで世界が救われるって言うのなら」


 殺されてもいいのか?

 殺してもいいのか?


 俺は思わず口をつぐんだ。


「深漸くん?」

 

 唄華が首を傾げる。あれ? ドミノがいつの間にかタワーになっている。


「とにかく……あいつらの考えはてんで的外れだ。……否理師から見たら、エンドの意見だけどな」


 これは昨夜、エンドとみっちり話し合った際に聞いたことだ。

 俺たちが力を使っているせいで、神の寿命が縮むという向うの言い分は正しいのかと言う俺の問いを、エンドは鼻で笑った。


『私達ごときに神をどうこうできるわけがないだろう。届かない存在だからこそ《神》なのだよ。そもそも、私達が理を歪めてもそれが元に戻ってしまうのは、私達が理を完全に支配することができない、つまりは神に敵わないことの証左でもある。彼らは私達が当然のように知っているルールを、学ぶことも理解することもしようともせず自分たちの好きな通りに解釈している。魔女狩りしかり、よくわからないから恐れ、あらぬ疑いをかけ排除しようとする――全く愚かしい』


 おそらく否理師と整理機構には数十年と言った短い期間ではなく、もっと長い――それこそ数百年単位で厄介な因縁があるのだろう。

 エンドは多くを語らなかったが、これまで幾人かの否理師が整理機構によって消され、また――《秩序》に人殺しを禁忌とされるまでは否理師も多くの整理機構の者たちを殺したのだろう。

 目的のためには邪魔者をどんな手を使っても排除する。そういった、ある意味では一般的な否理師は、彼らにとっては傍若無人な悪魔にしか見えなかっただろう。将来に遺恨を遺すから……と、先のことを考える否理師なんて微々たるものだ。

 溝の修復が不可能なほどに、そもそも会話すら不可能になっている。


 世界が終ろうとしているのに――人は人同士で争う。


「神は……だから世界を終わらせようとしているのか?」

「ん?」


 ポツリと吐いた言葉に、唄華が敏感に反応する。

 いや、と俺は言葉を濁して言う。


「その……な、エンドが『神が私たちのせいで死ぬという妄言を吐くという事自体、神を侮辱している』って憤慨してたんだよ。『この世界の全ては、一部の隙もなくすべて神の望みから成り立っている。神が終わるという事は――』…………」

「『それは神の意思によるものなのだ』」

 

 俺の思考を読んだ唄華が言葉をつづけた。

 楽しそうにしてやったりという顔を向けてくるので、何か腹が立って目をそむけた。

 頭の中ではエンドの言葉が反芻されている。


『さぁ、在須。私が与えてあげられる神へのヒントはこれだけだ。すまないとは思っているが……これが精一杯』


 道化が以前言っていた。エンドは神を知っていて、見たことがあって、多くのことを《口止め》されている、と。


『頑張って、神を救ってくれたまえ』


 その声に込められていた《情》は俺だけにむけられたものではないとわかっていた。


「なぁ、唄華。神様が自殺したがる理由ってなんなんだろうな? この世界を創造した、完璧な存在である神が死にたがる理由なんて、俺ごときにわかるはずが……」

「退屈だったからじゃないの? ほらぁ、よく言うじゃん! 退屈は人を殺す!! と、言うわけで深漸くん、いい加減図書室出て、どっかに遊びに行こうよぉ~。ドールハウス作るの飽きた!!」


 いつの間にか本で立派なドールハウス(二階建て)を完成させていた唄華がうだうだ言って、自らの手でその完成された建物を崩す。

 せっかく作ったのに、こいつと言う奴はもったいないことをする。

 ため息を吐いて片づけを始める。人がほとんどいないとは言え、図書室で騒ぐことは遠慮してしまう。

 唄華も俺が片づけを始めたのを見て、跳び上がって本を元の位置に返しに行く。


 吐く息が白い。

 俺が暖かいから。

 俺が生きているから。


 神はなぜ死にたいのだろう。


 そこに鍵があるのはわかっているのに、彼のものの思考にたどり着けないのが歯がゆくて仕方なかった。

 

 


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