第一章 キエル消えるイタミ2
十二月に入ってまなし、初雪が降ってうっすら地面を覆った。
申し訳程度のそれだが、寒さを引き立てるのには十分すぎる演出だった。
「寒っ」
ぶるりと身を震わせてネックウォーマーを口まで引き上げる。
自分の吐いた息のせいで湿って気持ち悪いが、それよりもこの寒さをしのぐことの方が重要だ。
「深漸~、寒いなぁっ!! 寒いぞっ!! なんだこれはぁあああああ」
「騒ぐな、楽士。何を言っても、現状は変わらないんだから」
しゃべるのすらおっくうだ。
自分を抱きしめるようにしてもまだ寒い。
「なんでエアコン壊れたんだよっ! しかも、こんな状況で、こんな背景で、授業は通常通りに行いますって、クソイベントだよっ!!」
あー……もう返事はいいや。
俺は楽士を無視して、絶望的な現状を憂う。
みんなコートを着て、マフラーをして、手袋をして、完全防寒した状態だ。いつもより人数が少ないが、他のクラスに逃亡したものが出たという事だろう。
一限目終了間際で突如としてエアコンが壊れて、冷気を吹き出し始めた。そのため、慌てて教師が職員室にある電源を落とすまで、外よりも極寒の環境が生まれてしまった。
しかも業者は都合が悪く、夕方になれないと来られないそうだ。
「なんで休校にならないんだよ~」
「……校長が、今の子供たちは脆弱すぎるって言ったからだろ…………」
「現代っ子の何が悪い!! そういう社会を生み出した大人がいけないのだっ!!」
寒い……。
手袋をしてるのに、指先に感覚が無くなってるよなー。
だんだん何も感じなくなって……逆に楽かもな。寒さに震えるくらいなら。
凍死が楽だって理由が分かった気が。
「深漸く~ん」
砂糖を煮詰めた上に甘い甘いカスタードを乗せたような声が耳元に響いたかと思うと、途端に机に鼻先をぶつけた。
「ぶっ!?」
「あはっ、ごめーーん!!」
楽しそうにきゃきゃ笑う唄華に、後ろから押しつぶされるようにされる。
「押しつぶしてないよ~。愛の抱擁だよ」
重たい。どけろ。
「私の愛は世界よりも重いのだ」
うるさい。
「ひゅーひゅー、今日もお二人はお熱いね~っ。そこだけ常夏? いや、火山の中かな~。くっっそーーーー!! 俺もアイドル魔法少女エスパー探偵、まこりんに温めてもらうさっ!!」
そう言って、明らかに手作りと思われる、デフォルメされた謎のアニメキャラクターのぬいぐるみを取り出して、頬ずりしはじ……
「あはははは!! 楽士くん、きも~!」
「自嘲しろ」
「リア充に何を言われても痛くないわっ!」
涙目になってる楽士を横目に、俺は深くため息を吐く。
もう否定するのもめんどくさい、唄華と俺の関係。
ただの同級生で、向こうが一方的に言ってくるだけで、俺は別に……。
まぁ、否理師とかもろもろのことで何度か助けられて、それは感謝してやってもいいが。
「うふふ、嬉しいなぁ。でも、ありがとうなんて、言わなくていいんだよ。私はちゃんとわかっているから」
押しつぶされたままの状態で、すっと唄華の手が俺の手を包む。
その手に握られていたカイロのぬくもりが、じんわりと冷えた手に広がっている。
「熱も過ぎれば痛みになるし、寒さも越えれば痛みになるんだよ」
そっと囁くように、唄華が言う。
……痛み。
「深漸くんの『何も感じていない』ときは、そういうことだって覚えていた方がいいよ。ほら、こんなにも冷たくなっちゃって。痛かっただろーね」
俺の体の代弁をするかのように言って、優しく指をさすってくる。
暖かさが伝わってきて、カイロのぬくもりだけではなく、唄華の体温も。
うとうとしてしまうくらい、心地よくて。
「……唄華」
「ん? なぁに?」
「重い。早く、どけろ」
唄華が笑う。
この冷え切った教室に似合わない、明るく弾けるように広がる声。
「素直じゃないなぁ」
本音だよ。
お前、重いわ。肺が潰れる。
「はいはいってか?」
唄華は自分が言った冗談に笑って、俺を押しつぶしたままだった。
本当に勝手な奴だ。
もう反抗する気も起きず、されるがままになる。
背中から伝わってくる体温も。指先に伝えられるぬくもりも。
しばらく、離れることはなかった。
ちょっとだけ日常編ですw




